第14話 強行調査活動
「薄々感じてはいたが、あそこも随分と人材不足のようだな」
助手席でウォードへの状況説明連絡──念のためラウラに監視をつけるようにと追記──のメールを送信し終えたマリオが顔を上げた。「そうなのか?」
ヒューズが運転しているのは私物のバンではなく廃棄物の収集車だった。弱みを握っている職員の一人に金を渡していっとき貸してもらったものだ。ゴミ処理場は特定の車両しか入場できないようになっている。
「いまある機材を操作する以外には何も出来ていなかった。一緒に仕事をしても得るものは少なかったよ」
「出向してきた人間がたまたまヘボだったんじゃないか?」
「そうだといいがな」
「まあ仕方ない部分はあるさ。何しろあらゆる情報が絞られてるんだからな。下層は特にそうだ。大体の人間はいま動いているものをなんとなく使い続けてるって状態で、だからこそたまたま技術を習得する機会があった俺やお前なんかがフリーで稼げてる面もあるわけだろ?」
憤懣やるかたなしといった様子のヒューズ。何事も徹底して妥協をしない男は他人にもそれを許さない。
閉鎖空間内での権力争いは設備、またそれを用いることの出来る技術力の奪い合いであり、優勢を確保した側が当然のようにそれの秘匿を行った。そのため全体としてのレベルは低下しつづけ、特定の高度な技術やセキュリティレベルの高い情報に至っては一部が消失までするという有様だった。
その結果が都市の機能低下となって現れた。人類はかつて自分たちで作り上げたものを維持することすら出来なくなっていた。自己修復機能により永らえてこそいるが、ここ100年で都市を保護するAIを制御する方法をごく一部の人間以外が失ってしまうほどに技術、知識のレベルが衰退している。
気分を変えようとしてか、そういえば、とヒューズがわざとらしく声を上げた。
「お前、ああいうはねっ返りが好みなんてのは初めて知ったよ」
マリオが眉をひそめた。
「ああ……ラウラのことか。一応は顔馴染みだから組織に紹介してやっただけだよ。あとはあいつ次第さ。それに、向こうも他に頼れる人間がいないから俺の所に来ただけだ。確か両親や親族はとっくにくたばってるって言ってたし、悪い妖精にかどわかされたのも、もう俺たち二人しか残ってないからな」
マリオ自身、自分を捨てた両親について行方を調べたことはあった。結果はどちらも消息不明。記憶にある限りまともな生活を送っている様子ではなかったし、特段不可解ではなかった。
「お前こそ、年増趣味はなんとかならねえのかよ」
ヒューズは悲嘆にくれた顔で車内の天井を仰いだ。「歳は関係ない。強く、美しく、聡明な女性にひれ伏したい思うのは男として当然の欲求だ」
「まったく理解できん」マリオは車内から外へ視線を向けた。「おい、くだらねえ話をしてる間に着いたぞ。ハンドルを握れ」
マリオが視界に映った処理場の外壁を指差して言った。
臭気対策で階層の隅の方に位置しているゴミ処理場が見えてきた。壁に覆われた敷地は広大で、多数の収集車を駐車しておくためのスペースが半分、処理施設が半分といった具合だった。外壁は頑丈で、正門と裏門からしか敷地内に入ることができないようになっている。
「男にとって、女の話がくだらないなんてことはある筈がない」
ヒューズが裏門の搬入口に向けて片手でハンドルを切った。もう片方の手でバッグの中から帽子とサングラスを二組ずつ取り出す。
「こいつは?」
「顔が映らないようにカメラを誤魔化してくれる。念のためだから、後で侵入のログを改竄しておけよ」
金属製の格子門。端には入場者用のセンサー。いたるところに備え付けられたカメラは施設へ立ち入った人間をひとり残らず検査する。
無機質なレンズの瞳が二人の胸────偽造した職員のIDカードを読み取る。警報無し。ガードが大挙して押し寄せてくるようなこともなかった。裏口の門は開かれ、搬入口まで伸びる通路が現れた。
塀の内側。塗装の剥げきったアスファルトの通路が搬入口まで延びている。そこをゆっくりと運転しながらヒューズは訊いた。
「それで、何か手は考えてあるんだろうな?」マスク越しのくぐもったヒューズの声。臭いがひどくてとてもではないが顔を出したまま呼吸をする気にはなれない。「また迷子のAIでも生け捕りにするつもりか?」
「いや、実は何も考えてない」
ヒューズの拳が飛んできた。マリオは首を引っ込めて避ける。その拍子にドアに肩をぶつけた。
「まあ焦るなよ、じっくり見物してから考えようぜ。せっかく、わざわざ足を運んだわけなんだから」
搬入口から施設内に入り、通路をゆっくりと進む。二重構造になった扉がいくつも並んでおり、その先にあるピットに捨てられたゴミが焼却炉まで自動的に運ばれる造りになっていた。
その通路内をガードロボがローラーを駆動させて行き来している。作業員の立ち入り可能なエリアであるため今はただ巡回しているだけだが、敵対行動をとろうものなら即座に排除のために動き出すはずだった。
収集車の窓から身を乗り出して辺りを見渡した。ガードロボはどれもこれもサイズが大きく、抵抗させずに確保するのは難しそうに見える。加えて視界の範囲内だけでも三体ほどがうろついていた。
「それで、何か思いついたか?」
マリオは上を指差した。通路は吹き抜け状になっており、二階にある小部屋の窓が見えている。
「クレーンやらコンベアの制御室だ。半年前はあそこに忍び込んでデータを抜いてきた。構造が変わってなければこの先の階段からいけるはずだ」
タブレットのモニタに半年前の見取り図を表示してヒューズに見せた。
「で、その部屋の前にもガードがいるってわけか? どうせ進入禁止エリアなんだろう? 何も考えずに突っ込んだら一階のやつらと挟み撃ちだな。前はどうやったんだ?」
「ネットワーク経由でウイルスを仕込めたんで、このエリアだけ一時的にフリーにしてから入った」
「今回もそれでいけばいいんじゃないか?」
「あわよくば、と思ったんだが、除去されてる」
都市はハードウェアだけではなくソフトウェアの面でも改修機能を備えている。そのうちこうなるだろうということは想定していたため驚きは無い。
「また仕込めよ」
「実はさっきから忍び込めそうな機器を探してるんだが中々ガードが固くてな。ネットワーク経由じゃ難しそうだ」
じゃあどうするというヒューズの視線。マリオは首を捻る。
「そうだな……じゃあ、目を引き付けるか。AIのプログラムは大体が通常のフローよりは緊急事態を優先する。で、何かしら奴らが気に留めざるを得ないことをやって、手薄になったところで素早く潜入する」
「具体的には?」
「ちょっと威嚇射撃でもして奴らを引き付けてくれ。俺がその間に侵入してくるから」
「ふざけるなよ馬鹿が。蜂の巣になるだろうが」
「いや、他に方法があるか?」
ヒューズが足元のリュックの中身を漁った。出てきたのは手榴弾だ。
「昨日の残りだ。これでどこか破壊すりゃいいだろう」
「今回は管理局から許可を得てやってるわけじゃないから、施設をぶっ壊したのを後で問い詰められるとまずいぜ」
「保険はかけてあるだろう」ヒューズが被った帽子のつばをこつこつと指で叩いた。「それに入るときも言ったが、最終的に証拠が残ってなけりゃいいわけだ。お前の得意分野じゃないか」
それから暫く意見を出し合ったが妙案は出てこなかったため、時限でピンが抜けるように細工をした手榴弾をゴミに混ぜて目標から一番遠いピットに落とした。搬入口を白々しく出たり入ったりし、目標の階段にほど近い場所をうろうろする。
爆発。警報が鳴る。ガードロボがそちらに向けて殺到した。
二人は車から飛び出ると、ショットガンを手に階段を駆け上がった。制御室の手前の曲がり角で一旦足を止め、アーム付きのカメラを伸ばして通路の状態を接続した端末のモニタから確認。二体のガードロボが行き来している。
「手前をやれ」
そう言ってヒューズが飛び出した。立った状態で銃床を肩に当てて狙いをつける。マリオはヒューズの足元に滑り込んでレーザーサイトを近くにいるガードロボに合わせる。
発射音は同時だった。スラッグ弾が装甲を貫き、ガードロボが動きを止める。残弾が続く限りの連射。目的の部屋まで走りながらリロードを行う。
二人が室内に飛び込む。マリオが部屋の中を見回し、ヒューズが入り口から顔を出して警戒にあたった。
部屋の端末で使えそうな差込口を探して接続する。管理システムにアクセスして特権が取得できるかどうかを確認────失敗。機器が施設のネットワークに接続されておらず、独立している。
コンソールの足元の鋼板を引っぺがして内部を剥き出しにした。その中から通信ケーブルを探し出して自分のPCと接続させる。都市の管理システムの既存の脆弱性を突く侵入用のプログラムを並列で起動。数十種のうち、二つが成功する。ケーブルを引き抜き、仕掛けたバックドアに施設の無線経由でアクセスできるかどうかをその場でチェック────成功。
「終わった!」
「おっと、早いな。よし行くぞ」
ヒューズが手招きをしてから走り出す。敵は来ていない。陽動はうまくいっているようだった。
「仕込みをしただけだからな。後は移動中にゆっくりやるさ」
来たときと同様に駆け足で車まで戻り、頭を低くして急発進させる。制圧射撃で窓ガラスを割られながらガードロボの横を突っ切り、閉まる裏門に無理やり車体を割り込ませてサイレンの鳴り響くゴミ処理場を後にした。
収集車を謝礼と共に持ち主に返してミニッツへのデータ送信を終え、ブラザーフッドの拠点まで戻った二人に、ラウラがラップトップの画面を突き付けた。
「あんたたち、いっつもこんな派手にやらかしてんの? 騒ぎになってるわよ」
表示されているのはニュースサイト。トップには不審な警報についての速報が載っている。
「たまたまだ」
「こういうこともあるさ」
やはり自分もいけばよかったかと思案顔のアデル。「一週間に一回くらいね」
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