第13話 テストモード
「それで、通信先は?」
ヒューズの呆れたような顔。マリオは表示されたアドレスで検索をかける。「ひとつはこの階層の都市管理局だ。見た覚えがある。それ以外は……各階層の管理施設。つまり、地上七層と地下三層合わせて10個の値ってことだな」
謎から引き出された手がかりが憶測を呼ぶ。想像が膨らむ。盛り上がってきたマリオはさらに勢い良くキーを叩く。
「72.3、74.8、80.1、68.7、54.5、51.8、61.0、44.5、57.7、51.4」
マリオが画面を右から左に眺めながら10個の数字を読み上げる。ヒューズが眉値を寄せた。
「なんだそれは?」
「デバッグしてみると、この数値がそれぞれ対応した閾値を上回っているせいでエラーになってる。ああ、まてよ、このうちの一つには見覚えがあるな」
都市管理局で閃いたマリオは今朝方見ていたニュースサイトを開いてタイムスタンプが午前のものを漁った。発見。
「こいつだ、都市のシステム稼働率低下の記事。『二層が51.8%に』。さっきの数字の中にも51.8がある。こいつは単なる偶然か?」
ヒューズが目を細めて部屋をうろつきながら一つずつ確認するように呟く。
「この鉄箱は管理局にアクセスして都市の稼働率を参照している。閾値を上回っていることでエラー。ということは、つまり、都市の稼働率が下がると、この棺桶が開く?」
「ハードルがこれっきりかどうかは怪しいがな。ただ、その推測が当たっていたとしたら、そいつをクリアするのは到底不可能だな」
都市の天辺から地下までの稼働率をどうこうするなど誰にも出来なはしない。それこそ、この都市の最高権力者だろうと不可能だ。何しろ階層ごとに実効支配している組織が違うのだから、鶴の一声でどうにかなるような問題ではない。
「このセーフモードっぽいのは使えるんじゃない?」
ラウラから新しいメッセージが届く。今見ているものとは別のパスにあるファイル。
「そこの記述、通常の起動処理と似てるでしょ? 使ってるクラスや関数、判定のやり方とか」
コードを見る。確かにいま言った通りになっている。そうだな、と面白くなさそうにマリオが言った。
「そのうえ元のと比べると記述が少ない。加えて類似の処理が10ある」
鼻を明かして気分が良くなったラウラの声のトーンが上がる。「全部がエントリポイントからでは到達できないようになってるし、参照している他のコードも皆無。これって、開発者用のテストモードじゃない?」
憶測に憶測を重ねた状態に過ぎなかったが、だんだんと正解に近づいているような気がしてきた。
ヒューズが言った。「つまりそれは、あれか? パーツごとに正しく動くかどうかを確認するために、細かく分割された処理があるっていうことか?」
「そういうことだな。ま、こういうのは分野が違っても大体あるわな。もしかするとだが、こいつを使えばわざわざ10階層全部のチェックを通さなくても上手くいくかもしれない」
該当のクラス群を指定して平行で起動。いずれもちゃんと処理が行われたように見受けられた。その中からチェック結果の戻り値に51.8が混じっているものを確認する。これが二層に対応しているはずだ。閾値は40でチェックエラー。後は、どうにかしてこれを下回ればいいというわけだ。
メールを送って返答を待つというまだるっこしい真似をする気分ではなかった。マリオは馴染みの職員との通話チャンネルを開いた。
4回目のコールの途中でカメラの動画が開く。首から下の体型が容易に想像できる脂の浮いた顔が表示された。
「ミスター・ミニッツ、ちょっとお聞きしたい事があるんですが」
太った中年の男が泡を食った様子で画面外の何かを操作────恐らくはボリュームを絞っている。チャットでの通信が入る。
『いまは会議中なんだ。勤務時間中に直接コールするのは控えろと言っておいたはずだが』
数秒前までの醜態など忘れ去ってしまったような顔をしてミニッツがキーを叩くが、目はまだ落ち着かない様子で左右に動いていた。
『忙しいところすいませんね』
『前置きはいい。緊急の要件なのか?』
『ええ。都市の稼働率ってどうやって算出してるんです?』
画面に映る丸い顔が怪訝そうに歪む。
『なんだって?』
『そのままの意味です。ニュースで発表してるあれですよ』
やや間があっての回答。『担当者に聞かないと詳細は不明だが、都市の管理システムの出力した値をそのまま使っているはずだ』
『そいつをちょっと触らせてもらってもいいですか?』
『駄目だ』
今度は即答。
『どうしても?』
暫く待っても回答無し。
『例えば私があなたの依頼をときおり受けていて、管理局の怠慢のツケを払ったり特定の個人へ融通を効かせるためにログを改竄したりシステムに想定外の挙動をとらせたりしていて、さらにそれを誰にも言わずに胸の中にしまったままにしているとしても?』
『仕事である以上、守秘義務は当然だ』
『最近、新しい秘書と上手くいってるみたいじゃないですか? 彼女とのデートの費用を捻出するために電気を売る手はずを整えてルートを紹介したり、質素な生活を見かねて生産プラントからの配給品を誤送させたりもしましたよね? いえ、俺が結構尽くしてるんじゃないかって話ですよ』
泳いでいた太っちょの目が震えながら笑みの形を作る。
『確かに、思えば君とも長い付き合いだ。我々の間には友情が芽生え始めているのかもしれない。だが、本当に無理なんだ。システムにアクセスするには色々と制限があって、資格を持つ限られた人員しか触る事が出来ないようになっている。当然、それは私ではない』
妥当なセキュリティだ。役所もまったく仕事をしていないというわけではないらしい。
『その担当者と直接会話できませんか?』
『駄目だ。とても紹介などできない』
『では、どうやれば稼働率が下がるか分かりますか?』
ミニッツは今度こそ本当に分からないといった顔をした。
『なんだって?』
『これも本当にそのままです』
『記憶している限りだが、メンテナンスで施設を停電させた場合には一時的に下がる』
『そういやたまにやってますね。どうやって停電をさせるんです? 管理局が施設を自由自在に動かせる技術を持ってるなんて初耳ですが』
『至極簡単だ。送電線を一時的に断線させるのさ』
単純明快な答え。思わず苦笑が漏れる。
『なるほど。ちなみに、稼働率を40%未満にしようと思った場合、どいつを止めればいいか分かりますか?』
『なんだって?』
『今日はそればっかりですね』
『今日の君が突飛な質問ばかりしてくるせいだ』
『それで、どうなんです? 発電所を停止させれば一気に下がりそうなもんですが』
『各施設はしばらく予備電源で稼動を続けるだろうが、そのうち期待通りの結果にはなるだろう。だが、それは絶対に無理だ。他の施設と違って実行するには発電所自体の完全な掌握が必要だ。自己修復、自己増殖するガードどもを排除するための人員や費用など簡単には捻出できない。そもそも、電気だぞ? それを止めるとなると、命に関わる問題だ。入念な準備が必要だし、少なくとも半年前には告知を出しておかなければならない』拒否反応の強さを示すように長文が一息で打たれる。『それはそうと、君も隅に置けないようだが』
ラウラがマリオの肩に肘を置いてミニッツとのやり取りを流し見ていた。カメラを止めてチャットを続ける。
『発電所以外では? 空調施設、食品プラント、ゴミ処理場、製鉄所、その他諸々』
相手側もカメラを切った。腹を探り難くなる。
『製鉄所は無理だな。一旦火を落とすと再稼動にどれだけのコストが掛かるか考えたくない。その他の三つは定期的にメンテナンスとしてやっているから出来なくもないがね』
ラウラが自分の口を指差した。喋っていいかというジェスチャー。マリオはマイクも切断する。
「何だよ?」
「なんか施設をダウンさせる方向でガンガン話すすめちゃってるけど、確証は無いわけでしょ? 全部単なる早とちりでしたってことになる可能性もあるわけで」
「分かってるさ、そこまで考えなしじゃねえよ」
ミニッツとのやり取りを続ける。
『次のメンテナンスっていうのはいつ頃の予定なんです?』
『実は一週間後だ。なんと、空調施設と汚物処理場の二箇所を一気にやる』
二箇所。40を切るかどうか────微妙なラインのように思える。『もう一つ、二つを一緒に手入れできませんか?』
『そろそろ目的について教えてほしいのだが。まさかテロリズムに目覚めたわけじゃあるまいね?』
『そこまで暇を持て余しちゃいませんよ。ブラザーフッドからの依頼に関係してるので詳細はお教えできませんが』
『そうなると破壊活動ではなさそうだな。連中はあくまで支配したいだけなのだから、その対象が無くなるような愚かな真似はすまい。先ほどの質問の答えだが、難しいと言わざるを得ないね。何しろ二箇所同時ですら結構な特例だ。偶然にも先日に空調施設にアクセスした誰かがいて、現在のAIの巡回路や自己修復後の構造がある程度判明したために、これ幸いと急遽実施されることになったのだ』
『そういうことですか。ちなみになんですが、偶然、他の施設の状況も分かったりしたらどうなります?』
『同時にやるのは難しいかもしれないが、メンテナンスには数日かかるものもある。せっかく集めた制圧用の人員や装備を使ってそのまま立て続けにやってしまうというのも、まあ悪い案ではないように思えるね』
マリオは残りのめぼしい施設のうち規模の大きな順から食品プラント、下水、ゴミ処理場の三つを比較した。規模の大きさでいうならば前二つだったが、それらで何かヘマをやらかした場合は住民の生活に即座に影響が出る。取り返しがつかなくなる可能性が高い。こっそりやるにはリスクが大きすぎた。
『ゴミ処理場なんかはどうです?』
『無難な選択だ。あと、取り掛かるのは早い方が良いとだけ言っておこう。何しろ実際の作業より準備の方にこそ時間を要するのだからな。実を言うと、今やっている会議もそのためのものだ』
『ご忠告どうも』
マリオはチャットを終了させて立ち上がる。
「おい、ヒューズ、出発するぞ」
「ちゃんと説明しろ」
ヒューズが自分の作業をしながら声を上げた。
「都市の管理システムとこの棺桶が連動してるかもしれない、ってところまではいいな? で、管理局のお偉いさんに聞いたところ、メンテナンスで一時停電させると稼働率が下がるそうだ」
マリオはPCを畳んでケーブルを巻き、出発の準備を進める。
「それで?」
「次のメンテナンスは一週間後、同時に二箇所をやるそうだ。で、三箇所、四箇所を同時にやれないかどうか相談したら、設備の内部状況が分かればできなくもないかもしれないと言われた」
「随分と曖昧な返答だ、いかにもお役人といった風情だな」
「立場のある人間が軽々しく断言する方が信用ならないってこともあるさ」
「それで、どっかの適当な施設に忍び込もうって腹か。定期作業にかこつけて裏で検証するだけだから少なくとも責任を被る必要はないと。ついでに言うと、施設情報を拾ってくるのも個人的な損にはならない、か? 相変わらずそういう狡いのが上手いな」
「辣腕だと言え」
「それで、どこにするつもりなんだ?」
「ゴミ処理場だ。ラウラはここで解析を進めておいてくれ。何か分かったらチャットで」
ラップトップの画面に目を向けたままラウラが頷く。マリオは先ほどから押し黙っているアデルを振り返った。
「話についてこれてるか?」
「当然でしょう」拳銃をホルスターから抜いてくるくると回す。「侮辱罪を適用したいところだけど許してあげるわ」
「それで、どうする? 一緒に来るか?」
「パス」
てっきり食いついてくると思っていたマリオは眉をひそめた。
「一応理由を聞いておくけど、何でだ? お前の好きなドンパチだぞ?」
「このスーツ高いから。ゴミ処理場でしょう?」
マリオとヒューズは顔を見合わせて肩をすくめた。
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