第10話 格付け
「まっとうな方法で開けろ、ってことね」
ラウラが目元を鋭く細めて受け取ったラップトップPCを開いた。
手段を問わないのであれば無理やりこじ開ける方法はいくらでもある。しかし、それでは中身の安全が保障できない。
「つまり、これを値打ちものだと思ってる? 中身が何だか分かってるってわけ?」
ラウラが帽子を少し持ち上げ、何かを探すように視線を巡らせた。マリオは目配せでその背後を示した。ラウラの後ろには搬入されたばかりで畳まれた状態のパイプ椅子が折り重なっている。
「ここの連中は相応の価値があるものだと思ってる。間接的な理由だが」
この物体が何なのかブラザーフッドには皆目検討がついていない。だが、シーヴズにあの襲撃を強行させた何かがあると考えた。そのため子飼いの技術者に今こうして解析させている。
調査の理由はそれだけではない。内容物が人体に対してまったくの無害ではないとも言い切れない以上、荒っぽい手段をとるわけにはいかなかった。何もかも情報が足りない。
「あんた、いくら仕事を受けてるって言っても部外者でしょ? こんなのにお呼びがかかるなんて、ブラザーフッドって人手不足なの?」
「それもある。特にソフトウェアに関してはその傾向が強いな。ただ、まあ、色々あるのさ。お前が無理やり昨日の一件に加担させられたみたいにな」
ここにマリオとヒューズがいるのは、ひとえにウォードの意向だった。彼が組織内での影響力拡大と地盤の強化を目論んだ。しかし、根っからの戦争屋の彼にはこういったことに使える手勢が少ない。そのため、フリーではあるが付き合いのある二人にお呼びがかかった。鉄箱を手に入れた功績、加えて前々から仕事をしていたこともあり、マリオたちを招き入れることに関しては簡単に要求が通ったらしい。
マリオ個人としてはウォード自身が権力闘争に興味があるようには見ていなかったが、いくら人間の形をした戦闘マシーンでも人付き合いがある、そういうことだろう。部下から期待のまなざし、仲の良い同僚からの催促、そういったものにせっつかれて苦笑する姿が目に浮かぶ。
「あんまり深入りし過ぎるのもどうかと思うけどね」
ラウラがパイプ椅子を組み立てて腰を下ろし、胡坐を組んでラップトップをそこに乗せる。背筋が伸びているせいで座禅でもしているように見える。
「言われなくても仕事のやり方は心得てるさ。だから余計な口出しは────」
地下のフロア奥の会議用ルームのドアが開いて中から数人が姿を現す。その先頭の人物を見て、機材に寄り掛かってリラックスしていたマリオは慌てて居住まいを正した。他の連中も似たり寄ったり。技師どころか、ヒューズですらも。
姿を現したのは、肩にコートを羽織った背の高いパンツスーツの中年女────ややとうが立ってこそいるが、それでもまだ十分すぎるほどに美女の範疇。こちらの姿を認めると、にっこりと笑って滑るような足取りで向かってくる。
マリオとヒューズの畏まった様子を見て、ラウラも慌てて座ったばかりの椅子から立ち上がった。
次に続くのはアデルだ。「来たわねフリーランスども!」先頭の女とおそろいのスーツ。こちらはサイズがふた回り小さい。背の低さを補うように尊大に胸を張っている。
部屋からは続けて二人の男が現れた。片方はウォードで、昨日と同じく盛り上がった筋肉でスーツを歪に変形させている。もう片方は2ボタンスーツを粋に着こなしたオールバック。隣の巨漢と比べれば上背では見劣りこそするが、ごつごつした手の甲を見るに上着の下がどうなっているかについては容易に想像がついた。
「いらっしゃい」
ブラザーフッドのボス、レベッカ・ゴールドバーグはウェーブのかかった豪奢な金髪を揺らし、歓迎の意を示すように片手を上げた。「先日の活躍は聞いてるわ。前々から言っている通り、うちとしては好待遇で迎える用意があるのだけれど」
本当に申し訳なさそうな顔をしてヒューズが頭を下げた。
「ミズ、まことに恐縮ですが、私もこいつも独りが性に合っていまして」
「ええ、そうでしょうとも。言ってみただけだから気にしないでちょうだい。調査、よろしく頼むわ」
「そちらについては全力を尽くします」
普段の様子からすれば薄気味悪いヒューズの追従の笑み。レベッカの方はまんざらでもなさそうな表情をしている。それから思い出したようにマリオへと視線を向けた。
「そっちもね」
「いただいた料金分は働きますよ」
「それで結構よ」赤い三日月。小僧の減らず口など屁でもないといった微笑。「ところで、後ろのお嬢さんのことだけれど」
逃げ隠れするのは得策ではないと判断したラウラが帽子を脱いで後ろに回した。
「お初にお目にかかります、私は」
「ラウラ・サルトールね? 前のレッドキャップの教え子の一人で、先日の一件ではシーヴズ側に組していた」
流石の地獄耳────お付きの二人は知らなかったようで、表情がやや強張っていた。
レベッカが覗き込むように奇抜な緑髪へと詰め寄る。自分がやられているわけでもないのにマリオは冷や汗が出る思いを味わった。当のラウラは一瞬たじろいだ様子を見せたが、開きなおって値踏みするような女傑の目を正面から睨み返した。
レベッカがにやりと笑い、ラウラの肩に両手を乗せた。「素敵な目ね」
「あの」
ラウラが口を開きかけたが、レベッカがそれを遮る。「大丈夫よ、気にしてはいないわ。こういう商売だもの。今後はいい関係を築ければ、ね?」
レベッカはそのまま三人を通りすぎて地上への階段まで向かっていった。肩越しに手を振る。かと思えば、唐突に振り返って声を上げた。
「ああそうそう、うちの娘を残していくから、せいぜい仲良くしてやって頂戴」
レベッカの姿が消える。ヒューズが名残惜しそうにその後姿を見送る。オールバックは茶目っ気のある笑顔を残して付き従い、ウォードは手を真横に揃えてヒールの音が聞こえなくなるまで45度の姿勢を崩さなかった。
ラウラが脱力してパイプ椅子の山に倒れるように寄りかかる。そこにウォードが無駄のない足運びで近づいて手を差し出した。
「はじめまして、ミス・サルトール。ジム・ウォードです」
ラウラが石膏から削りだしたような手を恐る恐る握り返す。「どうも、ミスター。ええっと──」
「お二人が連れてこられた、ということでよろしいでしょうか?」ウォードが振り返って訊いた。
マリオが頷く。「ええ。使える奴であることは保障します。多少やかましいかもしれませんが」
「昨日のことで身に染みましたよ。進捗状況については主任の彼に聞いてください」
ウォードがスタッフの中で一番の年かさの男を呼びつけて紹介した。白髪の混じる、疲れた顔をした猫背の中年男。目の光や顔の皺にやや卑屈なものが混じっている。
「そうさせてもらいます。ちなみに、さっきの伊達男はどういった? 初めて見る方でしたが」
「ゴードン・フィッツジェラルド。組織の運営資金の半分は彼が稼ぎ出しているといっても過言ではありません。この階層の不動産や金融関連は彼が牛耳っているようなものです。ですがああ見えて────我々はよくギャングのようだと揶揄されますが、その中でも最もギャング然とした男でもあります。立場上は私と同格ですが、年次はあちらの方が上なので、実質は上役のようなものですね。では、何かあったら呼んでください」
事務室へ引き返していったウォードを見送り、マリオは仕事道具を準備した。
「さて、それじゃやるか」
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