第7話 鉄の棺桶
ほどなくしてウォードも作戦の予定地へと向かった。マリオも仕事に取り掛かる。
パイプ椅子の背もたれに体重をかけて組んだ足にラップトップを置く。ウォード達のクライアントに許可を得て接続。全員の位置情報が簡略化された地図に表示される。
二台目のラップトップとタブレットをそれぞれ別の椅子の上に載せて起動し、階層入り口道路の前後に設置したカメラから映像を回す。もともと厳しい検問が敷かれているため交通量の多い場所ではなかったが、いまは侵入規制により車ひとつ見当たらない。
カメラに映る今日の検問の当番たちはそわそわしていた。どうも顔色がよくないように見える。これから何が起こるのか知らされているに違いない。そしてシーヴズに怪しまれないように待機を命じられている。マリオは彼らの幸運を1秒だけ祈った。
「見えてますか?」作戦参加者全員に映像を送る。
『良好です』代表してウォードが応答する。
車両はまだ来ない。マリオは何度目になるか分からない機器とソフトのチェックを行う。ハッカーという職業上というよりは、個人の性格の問題だった。各員が配置についたとの連絡。
車両はまだ来ない。アデルが気を吐いている。ヒューズがどうでもよさそうに相槌を打つ。多少のノイズ。ブラザーフッドの正規戦闘員はウォード含めて雑談すら無し。
車両はまだ来ない。一通のメールが着信。アドレスは見知ったもの。題名:【恨みっこなし】。本文は空欄。相手側に誰がついているのか分かる。
車両────姿が見える。3台のトレーラーが装甲車に囲まれている。かなりのスピードで突っ込んできており、明らかに検問所をぶち破るつもりでいた。
『装甲車のサイズから見るに内部に奪われたものを格納するスペースは無い。トレーラーに積んでいる。そちらは無傷で捕獲しろ』ウォードからの指示が飛ぶ。
「止まれ!」
カメラの映像の中で都市管理局の職員が悲鳴のような警告を発する。止まるわけがないと本人も分かっているため、バリケードの裏ですら及び腰だった。
車が更に加速する。検問から人が逃げ去り、道路を封鎖するために巨大なシャッターがいくつも下り始めた。だが、その途中で動きを止め、今度は逆に開き始める。相手側のハッカーに制御権を奪われた状態。
その途中でまた止まる。仕込んだワクチンが無事作動した。軋みを上げてがくがくと忙しなく動くシャッター。
ここまでは予定通り。
今の制御権はマリオ側にある。管理者の権限でシャッターを完全に閉じるためのコマンドを送る。
『先ほどのカメラの無効化をお願いします』
ウォードからの通信が入る。指示を実行しようとして、マリオは舌打ちをした。最初に確認したよりも電波の反応が増えている。今しがた起動したに違いない。
無効化を試みる。既製品、またはその部品を流用したもので機器自体に脆弱性があるものについては制御を奪うことに成功したが、それでも全体の三割程度しか掌握できなかった。一応パスワードの解析も試みていたが、相手が相手であるため手抜かりは期待できそうになかった。
「さっきのカメラですが、大分残っちまいました。有線の可能性は低いと思うんで阻害は可能ですが、それをやるとこっちの通信に影響が出ます」
『了解です。各班──』
酷いノイズが走った。マリオは思わずヘッドセットを耳から外して首にかける。道路を映したカメラは有線であるため影響無し。その映像にはまずいものが映っている。
スピードを落とした装甲車からひとりの男が身を乗り出し、手に持っていたものを肩に担いだ。
無反動砲。
男を目掛けてまばらに射撃が飛ぶ。火花が散る。だが、他の装甲車に防がれて小銃どころか機関銃の弾すら届かなかった。
後方に燃焼したガスを吹き散らして砲弾が発射される。シャッターに着弾。映像内で爆炎が上がり、分厚い鋼鉄のカーテンが一枚ぶち抜かれた。男が撃ち終わった砲を車内に戻し、装填済みの同型を取り出した。
状況は目まぐるしい。
マリオはカメラの映像を視界の端に置いたまま、ラップトップのモニタに食いついた。自分に可能なことを粛々と行う。通信にはノイズが混じったままであるため、まずはこれを除去する。ブラザーフッドの構成員で組まれたクラスタにアクセスして周波数を細かく変える。
『聞こえるか!』
ウォードの声。雑音が晴れる。ジャミングされていない無事な帯域を探し当て、全体で利用する周波数をランダムに短い間隔で変更するように設定。
「とりあえずですが、通信は回復させました」
映像では無反動砲を構えた男が二発目を撃つことなく鉄帽ごと頭を撃ち抜かれて赤い花を咲かせた。音が遅れて聞こえるほどの遠距離からの狙撃。高角度からのアデルの一撃。自信に満ちた態度を裏付けるかのような相変わらずの射撃センス。
一枚目のシャッターを抜けたところで二枚目に阻まれ、シーヴズの車の足が止まる。
『B班は射撃で頭を押さえろ! 今から背後に回り込む!』
相手側も人員を展開して反撃に出た。銃弾が飛び交う。車両の表面を銃撃の火花が蛇のように這う。シーヴズの連中が頭を引っ込める。狙撃が的確に敵の数を減らす。
映像と漏れ聞こえる音声だけでも現場の混乱が手に取るように伝わってきて、遠くにいるというのに汗が出る。
その渦中にあるはずのブラザーフッドの実行部隊の動きは驚異的なほど的確だった。モニタに表示されためいめいの位置情報を示す点滅は敵側のカメラの位置を避け、建物をうまく使ってじりじりと包囲を狭めている。通信を阻害された混乱にも動じていない。バイタル反応から見て欠員はゼロ。心拍数は高めだが平常値の範囲。
十分に近づいた一人が手榴弾を投げ入れる。頭数が減り始めていた敵の数人が更に倒れる。
『ミスタ・マリオ、退路を絶ってもらえますか?』
足を止めていたシーヴズのトレーラーが動き出そうとしていた。方向は後ろ──バックで来た道を戻るつもりでいる。
マリオはウォードの要求どおりに隔壁を操作する。二層入り口の坂になった部分の道路が外れ、中から分厚い鋼板がスライドして地面の大穴を塞ぎ始めた。
『そのまま釘付けにして街に向かわせるな! 自棄を起こさせるなよ!』
逃げ道の無くなった車両に小銃、機関銃の弾がばら撒かれる。トレーラーの側から動けない装甲車のタイヤにロケット弾が命中した。
爆発。銃撃。狙撃。
目を閉じろとの怒号が通信内を飛び交う。
投げ入れられた物体の黄色いレバーが目に入った。マリオは思わず目を瞑って画面から顔を背けたが、まぶた越しでも閃光手榴弾の光は強烈だった。
ウォードが突撃を命じる。あてずっぽうの反撃。それでも一人、二人が被弾したと思われる箇所を押さえてアスファルトの上に転がった。
多方向から銃撃を加えながらの前進。1分も経たないうちに抵抗は完全に沈黙していた。ハンドサインを使って次々と味方がトレーラーに取り付く。生きている者は乱雑に拘束され、死体と死にかけには止めの一発が撃ちこまれていった。
銃撃戦自体は珍しいものではなかったが、ここまでの規模は久しぶりだった。積み上がった死体の山とアスファルトに広がる赤黒い染み。これに加担した一人であることをマリオは記憶に刻み込む。
罠が仕掛けられているかどうかが念入りに調べられ、やがて多数の銃口が向けられた状態でトレーラーの後部扉が開かれた。
数人が中に入る。通信内にどよめき。誰かを呼ぶ声。ウォードが足を踏み入れる。
『お二人とも、まだいらっしゃいますか?』
ウォードの声はやや困惑しているように思えた。椅子の上で胡坐をかいていたマリオは慌てて応答する。「そりゃ、いますが」
ヒューズ。『こっちもです』
『いますぐ、こちらに来ていただいてもよろしいですか?』
どうやら想定もしていなかった事態のようだ。見張りに使える車両があるかを聞くとバイクのキーが手渡された。表の電動バイクで戦闘跡地まで向かう。
到着したマリオをブラザーフッドの面々が周囲を警戒しながら迎えた。先に着いていたヒューズがトレーラーに向けて顎をしゃくった。アデルは落ち着かない様子で両腕を組んだままうろうろとしている。
薄暗いコンテナ内に足を踏み入れる。やけに大きな金属製の物体が目に入った。その脇でウォードを含む数人が銃を手に立っている。途方にくれた顔をしているように見えた。
「これを見てください」ウォードが金属の塊を爪先で小突いた。
マリオはそれを観察した。塗装はされておらず、鈍色がむき出しになった長方形の物体。端っこにはコンソールが付いている。トレーラー内には鉄塊とは別に持ち運び可能な電源が置いてあり、それとケーブルで繋がっていた。どうやら塊は箱らしく、上部に水平方向の切れ目が入っているのが見えた。
鉄箱は上面の一部がガラス張りになっていた。そこからうっすらと見えるのは気泡だ。中に水が溜まっており────その奥にも何かが見える。
コンテナの入り口から差し込む階層天井の照明だけでははっきりと分からなかったため、マリオは腰のポーチからライトを取り出して直接光を当てた。
女の顔。一分の隙もない見事な造形のかんばせ。箱の中を満たす水が淡緑色をしているため肌の色艶が分からず、瞼を閉じた女が寝ているのか死んでいるのか判断がつかなかった。
マリオは一呼吸おくために首を回した。我ながら間の抜けた感想。人間は水の中では呼吸できない。
「棺にしちゃあ、やけにごついですね」
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