第6話 お嬢さまアサルトタイプ
塗装の剥がれかけたバンの後部ドアを開けて追加の武器と弾薬を積み込み、そのままヒューズの運転で合流地点まで向かった。
道中、報告がまだだったことを思い出してマリオはラップトップを開いた。椅子を後ろに倒し、ダッシュボードに足を乗せる。
To ミスター・ミニッツ
ご依頼いただいた件についての調査が完了しました。原因はフィルタが使用限界に達したせいでしょう。画像と座標を添付いたしますので、そちらをご確認下さい。恐らくは長い間アラートを無視し続けていたせいでしょうが、もはや取り替える以外ないように思われます。その件に関しては特にこれ以上追求するつもりはありませんのでご安心下さい。また、付近でガードロボに遭遇しましたので、現地に赴くのであれば十分にご注意下さい。再度のご用命の際にはまたこのアドレスまでご連絡をいただければと存じます。
メールを送信。同時にウォードから通信が入ったので、マリオは無線のスピーカーをONにしてドリンクホルダーに引っ掛けた。
『ウォードです。いまどの辺りでしょうか』
「座標を送りますよ」キーを操作してウォード宛に位置情報を送信する。
『……見えました。迎撃ポイントはここにする予定です』
マリオのラップトップに通信が入る。連動して地図アプリが動作し、都市二層の概略図の一点が赤く点滅した。
「入ってすぐのところですか」
一層の天井────つまり、二層の地面。階層同士を繋ぐ道路は、上って暫くの間は平地が続く。その後はまた緩やかに傾斜が始まり、橋梁よろしく脚に支えられ、壁に囲まれた道が続く。延々と。どうやらその根元の平地部分で待ち伏せを行うらしかった。
『ここならこちら側の人員を多く配置できます。封鎖も順調です。警戒されないように表立っては行っていませんが、ま、向こうも先刻承知でしょう』
それでも向かってくる。組織人の悲哀に他ならない。フリーランスのありがたみを噛み締めながらマリオが訊いた。
「集合地点はどこです?」
『ここです』
先ほどの地点から3ブロック離れた箇所。付近の電波状況を確認する。設置した覚えのない機器がいくつか存在していた。その位置をウォードに知らせる。
『これは?』
「知らない間に増えていたカメラ────と思わしきものの位置です。とりあえずは動いている分だけ。これらはシーヴズの管理下にあるかもしれません。スリープ状態だと流石にすぐには調べられないので、全部炙り出せてはいないと思います。とりあえず向かう先は大丈夫そうですが、処置しときますか?」
『可能な限り油断を誘いたいので、それは事が始まってからでお願いします』
「了解」
渋滞に引っかかったバンが通りをゆっくりと横切る。不機嫌そうな顔で模造煙草をふかすヒューズ、あるいは窓を開けて肘をかけたマリオを見かけた通行人が小さく悲鳴を上げる。ぼろぼろの車体。窓ガラス越しに見える詰みこまれた銃器。最初に車内を覗き込んだ男を皮切りに、住民たちは蜘蛛の子を散らすように走り去った。辺りから一斉にシャッターの降りる音。
「そんなに年中ドンパチやってるかね、俺たちは」マリオが食い残しのから揚げ頬張る。
「あの反応を見る限りではそうなんだろう、はなはだ不本意だがな。それと、その油のついた手で車内をいじくり回すな」
手入れのされていない薄汚れたビルの裏手の駐車場に到着する。ウォードに連絡を入れると、都市用に寒色の迷彩服を着た男たちがすぐに数人ほど現れた。ヒューズの指示の下、後部ドアから持ってきた装備が建物に運び込まれる。
ビルの一室は物々しいとしか言いようのない雰囲気だった。顔も体つきも厳つい男どもが、各人割り当てられた武器の具合を確かめている。小銃のベルトを肩にかけ、マガジンをはめ、弾倉帯に予備を詰め込む。上に立つ人間の性格を反映してかウォードの部下たちは比較的お行儀のいい人間が揃っているが、しかしそれが戦意の不足を意味するものではないことをその光景は物語っている。
機関銃と予備の銃身に加えてロケットランチャーまで運びこまれたのを見てウォードが楽しげに口笛を吹いた。
「こいつは楽しくなりそうですな」
「全部あなたがたのものだ。好きに使ってくれ」納品物のリストをヒューズが渡す。
「んで、俺はどうしましょうか?」マリオが尋ねた。
「ここで情報の管制をお願いします。戦闘の予定地からは離れているので安全でしょうが、念のため護衛も少し残しておきます」
「そいつはありがたい。で、旦那は?」
ウォードは明るく笑って小銃を持ち上げ、ストックを肩にあてる。「もちろん最前線です。そういう商売ですからね」
「まさに。それに、醍醐味でもあるわ」
背後から聞こえてきた声に振り返る。他の男どもと同じく迷彩服を着込んだ少女が、自信に満ち溢れた顔つきで腰に手を当てて立っていた。
部屋の入り口では今しがた開け放たれたドアが揺れていた。そのすぐそばでは侵入を許してしまった見張りが申し訳なさそうに目を伏せている。
「何しにきたんだよ。見学か?」
マリオが頭一つ分は小さい少女を見下ろして言った。サイズが合うものがなかったのか迷彩服はぶかぶかで皺だらけ、服に着られているといった印象が拭えない。
ブラザーフッドのボスの一人娘であるアデル・ゴールドバーグは鼻で笑って切り揃えられた金髪をゴムで縛ると、さも当然といった調子で手を前に差し出した。
「私の銃はどれかしら?」
お嬢様がのたまう。ウォードが愛想笑いを浮かべて銃の数がどうのと言葉を濁し、視線を泳がせた。部下たちは顔を背けて目の前の準備にとりかかった。マリオもタブレット型のPCを取り出して画面に集中するふりをした。
見かねたヒューズがM40の模造品を差し出す。「俺がスポッターをやる。さっさと移動して、見晴らしのいい場所を陣取るぞ」
アデルが舌を鳴らして指を振った。「私はそういう腑抜けた真似をしにきたわけじゃないの。体を張らない人間に誰もついてきたりはしないわ。分かるでしょう? 別にハンドガンでもいいのよ」
「お前が一番上手いから言ってるんだ。それに、そのうち指揮を取る立場になるつもりなんだろう? 全体を俯瞰するのに慣れておいた方がいいんじゃないか?」
顎に手を当てて暫く考え込んでいたかと思うと、やがて挑みかかるようにアデルは声を張り上げた。「口車に乗ってあげましょう。ウォード!!」
狙撃銃のほかサイドアームを手渡されたアデルは壁際に陣取って点検を始める。アクシデントをうまくやり過ごしたウォードが胸をなでおろし、気を取り直すように背筋を伸ばした。
「整列!」
準備が終わり、思い思いにリラックスしていた男たちが一斉に立ち上がって素早く並ぶ。例外は外様のマリオ、ヒューズ、そして立場の違うアデル。
彼らはほとんどギャング同然の存在だったが、その言葉から連想される素人くささはまるで感じられず──そのような存在など映像の中でしか見た事はなかったが──その様相は訓練の行き届いた軍隊を強く思わせた。
「作戦を開始する。各人配置につけ。指示は常に流動的だ。位置情報や通信を途切れさせないためにも、端末やヘッドセットを絶対に手放すな」
男たちは頷きもせず、声も上げず、僅かに踵を鳴らしただけで了解の意を示すと、駆け足で退出していった。その手には武器のほか、タブレットやPDAがある。ハードウェア部分をヒューズがジャンク品から組み上げ、マリオ謹製のソフトウェアをインストールしたそれらは、互いの位置情報を相互に伝え合う仕組みになっているほか、各人のヘッドセットと連動してバイタル情報の表示や通信にも利用できるようにしていた。
「俺たちも行くぞ」
ヒューズが声をかけ、アデルお嬢様を連れて出て行く。あっという間に部屋はガラガラになり、残ったのはマリオを含めて数人のみになった。
「先ほどは助かりました」ウォードが軽く頭を下げた。
「丸め込んだのはヒューズのやつですがね。しかし、相変わらずですね、あいつも」マリオは二人が出て行った先を見た。
「血気が盛んなのは意気地がないよりは喜ばしいことではあります。後はもう少し立場を理解していただければ、と」
マリオが椅子を引き寄せて座る。「ブラザーフッドって世襲制でしたっけ?」
「いえ、もちろん違うのですが、どうやらご本人は継ぐ気満々のようでして……それに、ボスのご令嬢ともなれば、やはり無下に扱うわけにもいきませんし」
いきなり20は歳を食ったような声でウォードがぼそぼそと言った。
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