第5話 勝負事はできるだけホームグラウンドで

 「では、手早く進めてしまいますか。事を起こす前にひとつ伺いたいのですが、こちらから向こうへ乗り込むとなった場合、シーヴズの縄張りの設備やシステムをどの程度掌握可能ですか?」

 

 ウォードの質問に、マリオは正直に答えた。

 

 「二割……行けばいい方ですかね。結局のところは事前に準備できているかどうかで決まりますから」

 

 相手の防疫が万全ならそもそもハッキングなど不可能だ。仕込みは無くもなかったが、やはり階層を跨いでしまえば活動範囲外になる。ウォードもそのあたりは承知しているためか表情に落胆の色は無かった。むしろそれだけいけるのかと驚いているようでもあった。

 

 「ま、その状態で攻め込むのはさすがに無茶ですね」

 「こういうのは面子の問題じゃないんですか?」ヒューズが口を挟んだ。

 「それで飯が食えればそうするのですがね」

 

 ウォードが苦笑して目の周りの傷跡を指でなぞる。この場にブラザーフッドの人間が他にいないからこその発言。極端な合理主義と実利主義は彼の強みであり、同時に組織内での全面的な賛同を得られない弱みでもある。

 

 「私の用意できる兵隊にも限りがありますし、可能な限り犠牲を最小限にすることを考えると、やはり誘い込むことになりますかね」

 「そうなると」

 

 マリオがPCに平面、立体の二種類の都市の地図を表示する。

 

 「地上一層から上に行くにはエレベーターを使うか、道路を登るか、それから外を運ぶかですが」

 ウォードがサングラスの位置を直しながら言った。「外は論外でしょうね。クレーンかヘリになるかと思いますが、奴らもそんな機材など持っていないはずです。ちなみにですが、対空兵器は用意できたりするのでしょうか?」

 「今のところ必要が無いので作ってません。データベースに設計図はありますから、材料と試射できる環境があれば作れなくも無いはずですがね」

 

 プライドを刺激されたヒューズの声の調子は口答えに近かった。

 

 「そうなると────」

 

 気にした風もなくウォードがあらぬ方向を向いて頭の中でそろばんを弾く。

 

 「復旧にかかる費用や事業への影響も考えると、できればエレベーターを戦場にするのは避けたいところです。確実に被害が出るでしょうから。道路の方であれば、まあ、比較的安く済むでしょう」

 

 汚染された土壌。淀んだ大気。それら過酷な環境から人類を守り、生活できる環境を確保するため、各地の都市は外縁部に壁を備えている。このS-100732ではその外殻に沿うように内部側に螺旋状の道路が建設されていた。片側10車線にも及ぶ巨大なもので、それが最下層から最上層まで延々と伸びている。

 

 「道路側のセキュリティを緩めて誘い込めますか?」

 「もうやっちまっても?」

 「この件に関してはボスから全権を預かっていますので」ウォードは力強く頷いた。そして通信機を取り出して耳にあてる。「ガイ、聞こえているか? ウォードだ。これから外周の道路を戦場にするから封鎖しろ。残っている者や周辺の住民は全員避難させるんだ。今すぐ」

 

 システムを確認────マリオは自作のセキュリティソフトを使って膨大な数の都市稼動システムのファイルの差分から危険性のあるものをリストアップして選別を行う。偽装されたものを発見。当然のように侵入のログは消されている。

 

 「用意がいい。各層を隔てる隔壁と防火シャッターに対してウイルスが仕込んである。まあ、こっちにとっても都合がいいがな」

 

 管理システムの処理に割り込んで強制的に任意のコマンドを実行させるウイルス。中身も仕掛け方も単純なものであったため、ウイルス起動をトリガーにしてコントロールを奪い返すワクチンをその場で作成した。

 

 「俺も準備してくるか」

 

 ヒューズが立ち上がって工房奥へと引っ込んでいった。扉を開ける重々しい音。箱を上げ下ろしする音。何かを探す音。

 

 その間にマリオはエレベーターの正常化を行う。九番以外のエレベーター三機が検出エラーを吐いた。こちらは制御プログラム自体がすり替えられているためバックアップを取って削除し、スナップショットから元のプログラムに戻しておく。

 

 紙袋を脇に抱えたヒューズが大きな台車を片手で押して戻ってくる。口径の違う弾丸の詰まった箱を山ほど。それと、何丁もの銃。ハンドガン、サブマシンガン、アサルトライフル。

 

 「弾代についてですが」

 

 催促するヒューズに、通信を終えたウォードが頷いた。

 

 「もちろん、こちらに回してくださって結構です」

 

 ヒューズが抱えていた紙袋を作業台の上でひっくり返した。中からごろごろと手榴弾が出てくる。

 

 「セーフティーレバーが赤いやつは普通の手榴弾。黄色はフラッシュ、黒はスモークです。数は足りますか?」

 「もう少しごついのを用意してもらっても?」

 「毎度あり」

 

 二人はほくそ笑み、さっそく状態をひとつずつ確認し始める。

 

 マリオがキーを叩いて顔を上げた。「とりあえずこっちの仕込みは終わりました。道路だけ空けておいたんで、そこを通ってくるはずです。これで向こうが尻ごみしたら笑えますがね」

 ウォードの苦笑い。「私としてはそちらの方がありがたいですよ。やれ無駄弾を撃つなだの、治療費がかかるから負傷者を出すなだの、金庫番がうるさいのです」

 

 ひと仕事終えて気が抜けたせいか空腹感に襲われる。マリオは朝から何も食べていないことを思い出して声を上げた。

 

 「おい、ヒューズ、何か食い物ないか?」

 銃の点検を手伝いながらヒューズが応じる。「冷蔵庫は空だ。その辺まで行ったら屋台が出てるだろう。俺の分も買ってきてくれ」

 「まあいいけどよ。ミスタ・ウォードはどうします?」

 「よろしければ、お願いします」

 

 表に出てバイクで交差点を三つ四つばかり曲がったところで路肩で商売をしているワゴン車を見つけた。最早なんの店だか分からないメニュー。チリドッグ、トリッパのパニーニ、フライドポテト、餃子、から揚げ、炭酸水を頼んで会計を済ませ、ターバンを巻いてインディアンジュエリーの模造品を首に巻いた店員から商品を受け取った。

 

 工房に戻って買ってきたものを木工の作業台の上に並べる。男三人、顔をつき合わせての無言の食事。おしゃべりが得意な人間が誰一人いない。回線の復活した工房のラジオがDJの与太話をノイズ混じりに垂れ流す。

 

 ウォードのポケットからコール音が鳴った。口の中のものを水で流し込み、油のついた手で応答する。

 

 「私だ。ああ……ああ……分かった、引き続き監視を続行だ」ウォードが歯を見せて笑った。「奴ら、トレーラーと装甲車を用意し始めたそうです」

 

 「奮発してますね」ヒューズがフライドポテトに手を伸ばしながらマリオの方に顔を向けた。「裏の倉庫に復元したM2があるから運ぶのを手伝ってくれ」

 マリオは思わず吐きそうになって口元を手で押さえた。「先に肉を食っておいてよかったぜ」

 「あのサイズとなると、流石に私の車に積むのは難しいかもしれませんが」ウォードがハンカチで手の油を拭う。

 「こっちで運びますよ。アフターケアです」

 「助かります。先に向かって準備しておきます」

 

 ウォードが立ち上がってスーツの上着を脱いだ。ボタンを外してブラウスの袖をまくり上げ、ジャケットを肩に力強い足取りで工房から出て行った。

 

 戦意と闘志が放出される背中を見送った二人は、工房の裏手の倉庫まで足を運んだ。シリンダー錠、ダイヤル錠、電子錠、念入りにかけられた鍵を外す。

 

 中は火薬庫だった。ここで煙草でも吸おうものなら工房全部が吹っ飛びそうなほどの銃器と弾薬の山。

 

 背板の無い棚の間を行き来してヒューズあちこちに視線をやる。重機関銃のほかにロケットランチャーが台車に載せられた。

 

 「お宝がぶっ壊れねえか?」マリオが言った。

 「ミスタ・ウォードはともかく、やくざ者の目的なんぞまずは報復さ。そうしなきゃ組織が成り立たない。出し惜しみしてしくじりでもしたら俺の評判に傷がつくしな」

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