第4話 そもそも選択肢など無いという話

 パイプ椅子を引き寄せて工作台の上にラップトップPCを置いた。各所に仕掛けたカメラの画像を回し、サブウインドウで表示。


 確かに、エレベーターが動いている。インジケーター上ではこの階層の近くまでカゴが来ている。

 

 「一通りのツールと手順に関してはそちらの人間に渡したと思うんですが」マリオが画面に視線を固定してキーボードを叩きながら尋ねた。

 

 「うちの人員では歯が立ちませんでした」ウォードがインプラントと直結したサングラス型の視覚補助デバイスの裏でさも恐縮そうに目を伏せる。「せっかく時間を割いてご教授いただいたというのに、汗顔の至りです」

 「その分の代金は頂いてるので別にいいんですがね。ああ、確かに止まりませんね」

 

 何度か停止のコマンドを叩いてみたがアプリ上でも映像の中でもエレベーターが止まる気配はなかった。初めは通信が阻害されているのかと思い周波数を変えてみたが結果は同じで、パケットを見る限り命令の送信は正常に行われている。

 

 どうやら受け側の機器でそれが命令と認識されていない。マリオは前かがみになって考える。思考はモニタを通して現地の機器まですっ飛んでいく。

 

 「多分、エレベーターを動かすプログラムが変えられてますね、こいつは」

 「それは、まずいのでしょうね?」ウォードがこめかみをいじる。

 「制御盤を遠隔操作するのは無理ですね」

 「直接止めるばかりが手でもないだろう」腕を組んで後ろから画面を覗き込んでいたヒューズが言った。

 「まあな」

 

 周辺の機器からコントロールを奪取できそうなものをしらみつぶしに確認────火災報知器。早速それを誤作動させる。音声も拾っているマイクつきカメラの映像からけたたましいサイレンの音が鳴り始めた。

 

 昇降路から伸びるケーブルが痙攣したように震え、激しい金属音、擦過音と共に、エレベーターが動きを止める。

 

 「よーしよし」マリオが拳を握る。

 「えー、つまり、何をどうやったということで?」ウォードが顎髭を撫で、サングラスの奥で目を細める。

 「インフラ設備は都市の地震や火災なんかの災害検知器、またそのシステムと連動してるんですよ。なので、偽の火事を起こすことで、それを利用して無理やり止めたってわけです。差し替えられたプログラムがその辺りの機能をオミットしてないのに助けられた部分は大きいですがね。想像ですが、恐らくは急ごしらえで元のコードをほとんど使いまわすしかなかったんでしょう」

 

 少し首を捻ったウォードが、やがて理解を放棄して笑った。

 

 「とにかく、ありがとうございました。ボスに連絡を入れてきますので少し外します」

 

 通信機を取り出しながら表へと向かっていく。

 

 「騒ぎにしたな」ヒューズの声は楽しげだった。

 「顧客の要望さ。責任は取るって話だしな」マリオはサイレン音の耳障りなウインドウのボリュームを絞り、両手を頭の後に回して伸びをした。

 

 それにしても妙な話だった。この階層に関していえば、マリオは様々な建物、施設のコンピュータにバックドアを仕込み、そのうえカメラ、センサーの類もいたるところに設置している。当然だがブラザーフッドに許可を得た上で。名目は、当該組織における治安維持活動の補佐──つまりこの階層の人間側のテリトリーは、常に彼らの監視下にあるといっても過言ではない。


 だというのにこうも易々とクラックされている。

 

 暫くして戻ってきたウォードに、ヒューズが合成物のコーヒーを手渡した。

 

 「ありがとうございます。とりあえず急場は凌げました。ボスも流石はレッドキャップだと褒めておられましたよ」

 「仕事はこれで終わりですか?」

 

 ウォードが首を振った。

 

 「いえ。もしよろしければ、お二人にはこの後もご協力いただきたいのですが」

 ヒューズが自分もかという顔をする。「つまり、これから一戦やらかすって話ですか?」

 「ええ。我々が仕掛けられた側です。相手はシーヴズですよ」

 「いつもの相手ってわけですか」

 

 この二層と、上層で活動する組織の名前だった。つまりブラザーフッドとは隣人同士、角を突き合わせる関係にある。建前上は両者とも自治組織を名乗ってはいたが、武装勢力としての性格も強く、また営利を目的とする団体でもあった。

 

 だが、都市という外界とほぼ隔絶されたある種の閉鎖空間において、最低限の平穏を維持するには────多少強権的ではあっても、そういった存在が必要であることは誰もが認める事実だった。

 

 ウォードが二人の気を引くように説明を続ける。


 「地下三層の我々の所有地──といっても実質はAIの支配エリアですが、そこを発掘、調査していたうちの構成員がシーヴズの連中に襲撃されました。何かしら目当てのものがあったようで、行動は迅速に行われたそうです。我々もすぐに網を張って報復と奪われた何かの奪還を試みたのですが、裏をかかれて先ほどの有様、という状況です」

 

 ヒューズが啜っていたコーヒーを口から離して持ち上げる。「その、もう一仕事ってやつですが、これからすぐ?」

 

 「はい。先ほどミスタ・マリオの尽力の甲斐あってとりあえずの輸送は阻止できましたが、それで諦めたとは到底考えられません。事実、下に置いている人員からは一層の途中で停止したエレベーターから荷物を引きずり出していたと既に報告が入っています。今度は別のエレベーターを使うのか、それとも道路を使うのかについては判断に迷うところですが、なんにしろ直接的な行動に出てきた以上、奴らもこのままおめおめと引き下がることはないでしょう。こちらも手をこまねいているわけにもいきませんので、守るにしろ攻めるにしろ先手を打ちたいところですが────」

 「ひとついいですか?」

 

 マリオが空になったプラスチックのコーヒーカップを金属屑の残る旋盤の上に置いた。カップは傾いて落ち、コンクリートの上に転がる。

 

 「個人的には、わざわざ戦争ふっかけてまで奪ったそのお宝が気になるんですが」

 「それに関しては、手に入れてみなければ何とも言えません。興味が沸いてきましたか?」

 

 ウォードが肩をすくめた。肝が冷える笑顔。丁寧な物腰程度では隠しきれない本性が滲み出ていた。

 

 「それで、いかがでしょうか? もちろん先ほどの件とは別に報酬は用意いたします」

 

 さてどうするか──組織同士の抗争に首を突っ込むことが得策かどうかという話。悩みどころではあったが、結論はあっさりと出る。

 

 「やりますよ」

 

 そもそも二層に居を構えている時点でそこの元締めと無関係でいることがどだい無理な話なのだ。積極性の大小はあるにしても、いってしまえば住民のほとんどが協力者のようなものだった。


 それに今さらという話でもある。便宜を図るなどこれが初めてではない。シーヴズでは自分の首にどれくらいの値段をつけているのか、マリオは想像した。背中が涼しくなり、自然と笑みがこぼれた。

 

 同じ結論に達したであろうヒューズも無言で頷く。ウォードが椅子の上で姿勢を正して頭を下げる。

 

 「ありがとうございます。早速仕事の話に入っても?」

 「ええ。あまり時間に余裕はなさそうですから」

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