第3話 やくざ者はどこにでも沸いてくる
ヒューズが軽トラックを運転して持ってきた。荷台にはまた別のスクラップが大量に積まれている。
「使えそうなものや生きてるものは」ヒューズが右手にある近場の山を示した。「こっちの材料用の置き場に置いてくれ。捨てるしかなさそうなのは」今度は遠い方。「あっちのリサイクル処理場行きのやつだ」
ヒューズが指差した二つの山に違いがあるようには見えなかった。「どっちもゴミの山だ」
「その腐った目でも右か左か、近いか遠いかくらいは分かるだろう」
マリオは作業用の手袋を装着して荷台に飛び乗った。油の臭いに顔をしかめながら、明らかに使い道のなさそうな棒材や補強材を掴んでゴミの方に放り投げる。何かのつまみの付いたアルミの箱に収まった機械をヒューズの足元へ。残飯の中から少しでも食いでがあるものを漁るような気分。
「燃料があったら取っておいてくれ」ヒューズが言った。
「ガソリン? 軽油? 何に使うんだ?」
「どっちでもいい。使い道は、まあそのうち教えてやる」
鼻にくる臭いは揮発性の液体だったらしく、ようやく見つけたタンクの中身は空だった。荷台から蹴り捨てたプラスチックの箱がバウンドして視界から消える。その代わり、古いハードディスクを見つけた。カバーに多少の傷はあるが、本体は無事のように見えた。
マリオはPCと繋いでウイルスチェックをかけながら中身を確認する。無数のファイル──動画だった。試しにひとつを再生。スピーカーから壮大な音楽が流れ出し、視聴する者の期待を煽るテロップと映像が表示される。もはや映像の中でしか見ることのできない青い海と白い砂浜で大勢の人間がはしゃいでいる。
別のファイルを再生。どこかのレストランと思わしき建物内で、白髪の目立つ恰幅のいい男どもが向かい合って食事をしている。二言三言冗談を飛ばしあっていたが、やがて急に剣呑な雰囲気になってナイフとフォークを動かす手が止まった。それと同時に後ろで控えていた護衛たちが懐に手を滑らせる。
「映画か? それともドラマか?」スクラップを踏みつけながらヒューズがやってきて画面を覗き込んだ。
「さあな。どっちにしろ戦争前のやつで間違いなさそうだ。もらっていいよな?」
「500」
「ぼったくるなよ、データをちょいと複製させてもらうだけじゃねえか」
「これは全部俺のものだ。俺に所有権がある」分かるな、とばかりに薄ら笑うヒューズ。
「人間、こうはなりたくねえな」
マリオが舌打ちして個人情報が登録してある携帯端末を突き出した。ヒューズも別タイプの機器を取り出してアプリを起動する。電子上で決済が成立し、表示された残高から今日の稼ぎの三分の一が持っていかれた。
「妙な気を起こすなよ」
「分かってるって」
ヒューズが警告する。これも所詮はデータだと、マリオは一度だけ自分の口座の残高が減らないよう取引情報を改竄したことがあった。
結果はろくでもないものだった。
普段は下層のことなど見向きもしない地方政府が、銀行からの不正な取引の通報を受けて数時間もしないうちに武装した警官隊を寄越してきた。階層全体が蜂の巣を突いたような騒ぎになった。ネットワークを介した取引であり、何重にもダミーを用意した上で事に及んだためマリオまで捜査の手が及ぶことはなかったが、その代わりに口座と拠点と通信機材がいくつも犠牲になった。7つの中継地点のうち3つが問答無用で銃撃を受けて穴だらけになり、最初に襲撃されたモーテルなどガスに引火して二度と使い物にならなくなった。
「こんな世の中だってのに暇人ばかりだ。ちんけな泥棒を捕まえるより優先しなきゃならないことなんて山ほどあると思うがね」
マリオは動画を終了させてタブレットをしまう。
「銀行に手を出すのは額の大小に関わらず全くちんけじゃないと思うが。まあ確かに奴らは自分たちの権益が侵されるのを極端に嫌う傾向がある。それをやったのが下層の掃き溜めをねぐらにしているドブネズミともなれば尚更だろうな」
マリオが低く喉を鳴らした。「掃き溜めとは言ってくれるね。俺はここと下にしか行ったことがないが、上ってのはやっぱりきれいなもんなのか?」
「それなりにな。空気はここより多少は澄んでるし、街中がゴミだらけなんてこともない。道路も舗装されていて穴も目立たないよ。浮浪者に限って言えばゼロだな」
「そんな天国からなんだって移ってきたんだ?」
「金も運も尽きたのさ」ヒューズが放り投げた金属材がゴミ山に突き立った。
遠くから凶暴な機械音が唸り声を上げながら近づいてきた。このご時勢に電気ではなくガソリンで動く車両であることを示すエンジンの音。風を切り、急ハンドルでタイヤをすり減らしながら交差点を曲がり、工房の表で耳を震わす急ブレーキ。
マリオとヒューズは顔を見合わせて肩をすくめる。そのうち工房の搬入口のシャッターを壊しそうな勢いでガンガンと叩く音が聞こえてきた。
「ミスタ・スミス! いらっしゃいませんか!」
腹の底に響くような重い低音。聞き覚えのある声。二人は車の荷台から飛び降りて勝手口から玄関まで駆け足で戻った。
「いま開けます」
ヒューズがインターホンで伝えてスイッチを入れる。
ガラガラと上にスライドするシャッターの向こうから現れたのはスーツを着込んだ大男。顔といわず手といわず浅黒い肌のあちこちには大きな傷と縫った跡。
地上部分七層、地下部分三層で構成される都市のなかで、ここを含めた地上の低層と地下に根を張るブラザーフッドの幹部は、二人──特にマリオの姿を見るなり、厳つい顔に安堵の表情を浮かべた。
「よかった。やはり、こちらでしたか」
「こいつを探してたんですか? ミスタ・ウォード」
ヒューズがマリオの方へと顎をしゃくった。
「はい。唐突に押しかけてすいません。なにぶん、お二人とも連絡がつかなかったものですから。もしかしてと思って訪ねてみたのですが、どうやら正解だったようです」
ヒューズの普段よりいっそう冷ややかな視線がマリオの腰の装置に突き刺さった。マリオはさり気ない仕草で切り忘れていたジャミングの電源をOFFにする。
「いったい何の用なんです? ただごとじゃない雰囲気ですが」
「ミスタ・マリオ、今すぐハッキングして九番の搬送用エレベーターを止めていただけませんか?」
「エレベーター? そいつは、市の所有物ですよね?」
「ええ」
「……いますぐ?」
「大至急」
都市の階層間には物資や人員輸送用に複数のエレベーターが設置されている。最下層から最上層まで直通するもの、一階層のみの移動だけ可能なもの、用途に応じて様々な種類が存在していた。
九番は地下三層から地上四層まで各層で停止する構造になっている。都市の物流を支えるエレベーターは全て公共物扱いになっており、ある意味では都市を通る血管、生命線だった。本来であれば個人がみだりに止めていいものではない。
「理由は後でお話します。もちろん、全責任は私が負うつもりです」
ウォードが頭を下げる。見た目通りにいくつもの修羅場をくぐり抜けて組織内でも伝説の多い男。相応の地位もあるというのに、それが必要とあれば二十歳にもならない若造に対してあっさりとこういう態度が取ることができる。まったく油断のならない人物。
断れば大口の顧客がひとつ減るだろう。この階層において彼らの影響から抜けて生きるのは難しい。体のいい言い訳────思いつかない。マリオはPCを起動した。
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