第6話 相見える金曜日

「た、大変だ起きろ梨夢りむ!!」

「わぎゃ!?」

 なぎに叩き起こされた。人生初の寝起きドッキリか……。絶対死んだと思ったし、鬼負や積雲、秋和までまきこんだすごいドッキリだったんだろう、うん。心臓をおさえ周囲を確認するも、『ドッキリ成功』の文字は無い。腹も少し痛んだ。

 しかも保健室のベッドではなく、自室だった。あれから何があったんだ? 記憶がないけど着ているのはパジャマだし、凪も俺を気遣うそぶりはゼロだし、わけがわからない。

「そんな潰されたカエルみたいな声出してないで、俺の話を聞いてくれ! 秋和から……秋和からメール来たんだ!」

 呆けていると、そんなこと知ったこっちゃないとでも言いたげな凪の言葉。てっきり記憶喪失とかになると思っていただけに怖い。何だったんだ。何があったんだ。

「今は何日……いや、何時だ?」

 俺の勢いに押されたのか、え、とガラケーをパカッと開いて現在時刻を確認する凪。

「六時。もう金曜だな。だけど、何? それよりも秋和がな」

「金曜日…………?」

「秋和から『先に学校に行くから、梨夢と学校行ってあげてね』なんてメールが送られてきたんだ!秋和はこの時間から学校に向かっていたのか!?」

 完全に無視して凪が話だした。どうやら俺は昨日、何事もなく帰宅しているらしい。うすら寒い。鬼負が、積雲が怖い。女神って本当に何なんだ。中二病じゃないのか。

「秋和、俺のこと嫌いになったのかな!?」

「…………」

 なんというか。拍子抜けした。

「……梨夢、おい、大丈夫か?」

 今になって俺の様子がおかしいことに気付いたのか、目の前で手を振ってくる凪。そういえば昨日の帰りも気が抜けてたし、積雲にガチで惚れた? なんて言ってくる。能天気すぎてため息が出た。

 無表情ながらに余裕な口ぶりの積雲が思い出される。なんで俺は普通に寝ていたんだろう。それに、どうして秋和は早朝から行く? 戦うことになったから?


 早朝の学校は寒い。それが公立の中学で、二月ならなおさらのこと。はあはあ、と荒く息を吐きながら走って学校にやってきた俺達は教室に入って凍りついた。

 まだ七時だというのに空いていた教室の中に、秋和の姿。教室中の窓が何故か全開で、吐き出される息は白い。下手すれば外よりも寒い、そんな教室で、秋和は自分の席に座り、静かに教科書類を机に入れていた。俺達に気付き、顔をあげると秋和は目を見開いた。

「凪! 梨夢!」

 髪は、前に会ったときよりも延びたようで、いつものようにポニーテールにした毛先が肩よりも下で跳ねているけど、それ以外は普通の、いつも通りの、前に会った通りの秋和だった。

 今まで当たり前のように学校に通っていたかのような姿。見慣れない要素などどこにもない。

 大きく見開かれた秋和の目がすっ、と曲線を描いた。

「おはよう! 早いね」

 笑う顔も、昔と何一つ変わらない。俺達以外に誰もいない教室で、俺と凪はバカみたいに立ち尽くす。

「……はよ、秋和のがはえーよ、早すぎだよ」

 泣き出しそうな凪の声は嬉しさがにじみ出るようで。ああ、こいつは本当に秋和が好きで、心配してたんだな、と思う。思わされる。

「いつまでも立ってないで座ったら?」

「つーか寒みぃよ!? 秋和!? 全部窓を開ける意味ある!?」

「えー、朝の清々しい空気を取り入れないとダメだよ、風邪ひいちゃうよ?」

 この寒さのが風邪ひくよ! とつっかかる凪に、秋和は笑った。いつも通りの、やりとり。凪が秋和につっこんで、秋和は間違ってないんだけど天然なことを言って。

 俺はそれを、保護者みたいな面して聞いて。こんなシチュエーション、何ヵ月ぶりだろう。懐かしすぎて嬉しすぎて、言葉が続かない。言葉が紡げない。

 けれど今日、誰もいない今のうちに今朝の確信を消し去りたかった。聞かなければ、ならなかった。

「なあ、秋和」

「何、梨夢。どうかした?」

「病気が治った、って。もう学校に毎日通える、って本当か?」

「……うん。本当だよ」

 目を伏せられる。聞きづらいけど、腹にぐっと力を入れて、秋和の目を見て、聞いた。

「秋和は“風を司る神”になったのか?」

 凪は驚いたのだろう、秋和の顔に注目して。必然、俺と凪が秋和を見つめる形になる。ぱ、と秋和は目を伏せた。

「……そうだよ」

 小さな声で。けれどその小さな声も、誰もいない教室では大きく響くかのように。俺の耳に、届く。

「私は風を司る女神様になったの」

 秋和は顔をあげて、質問者である俺の目を見て、はっきり言った。

「女神、って……。 なんだよ、それ」

 少し笑って誤魔化すように言う凪が、見ていられない。俺だって女神様って何だよって、そう思うけど、昨日のやり取りから、嘘じゃないんだって思えてしまう。

「私のおじいちゃん、風の男神であるアイオロス、なんだって」

「え、じゃあ秋和の父さんか母さんが神様ってこと!?」

 ええと、と秋和は眉間に少ししわを寄せ、困ったかのように説明し出す。凪の質問に答えるかのように、話し出す。

「お母さんが風の神様、アイオロスと人間の子で半神なんだって。でも劣性遺伝、なのかな。お母さんに風を司る神様の力は、一切受け継がれなかった。―――だから私も、“神様の力”を受け継いだと知らされたのは、この間」

 それまでは、全く知らなかった。知らなかったし、そもそも。そんな力は無かった、と秋和は淡々と告げる。

「私が“神様の力”を手にした、というか、突然そんな力が芽生えたのは、偶然。だけどその力のお陰で、病気は消えたの」

 急に表れた秋和の“才能”は、秋和の体の害となるものを一切合切消去した。病気を、病を、消した。

「私は、ラッキーなんだと思う。凪や梨夢と幼馴染みでいられて、病気が治って。しかも、女神様になれて」

 泣きそうに笑われてしまうと、何も言えなかった。なにかとんでもなく、危ないことに巻き込まれているんじゃないかという予感があるのに。甘言に踊らされているように思えるのに。

「日曜に私は、アイオロスに会ったの。それで、説明を聞いて。嬉しくて嬉しくて……凪からの電話で舞い上がっちゃって」

 それから詳しく説明を聞いたら遅くなって、あんな時間になったと、秋和は語る。語り終えて、凪を見る。

「これが私が二人に言わなければ、と思いながらも言えなかったこと」

 ごめんね、と首を少しすくめて。

「……違うでしょ」

 ガラッと力強く扉を開け、仁王立ちして宣言する。何事も無いかのように扉を開けて。

「まだ話していない部分があるでしょう?」

「……鬼負きふ?」

 鬼負は見下すかのように笑いながら、言い切った。鬼負が、何故。ここに来てこんなことを?

「ああ野分くんに白垣くん、びっくりしてるね」

 鬼負は俺達に気付いたのか、ようやく声をかけた。いつもの意味不明に高いテンションではない。

 早朝の教室に、沈黙が降臨する。他クラスはまだ生徒が来ていないのか静まりきった校内では、沈黙がつらい。だけれど、何から聞いていいのか、分からない。何から、聞くべきなのだろう?

「私は二人の仲を取り持つ仲介役、仲買人、審判だよ」

 さらっと、何でもないことのように言って。

「……二人?」

 凪が隣で首を傾げるのが見える。まずい、だって凪は秋和が積雲と戦わなきゃいけないことを知らなくて。だからきっと真っ先に、そこに食いついてしまった。

「ちょっと待って、そもそも、何で鬼負が?」

 混乱しているのだろう、凪の指摘に秋和が少しほっとしたような気がした。復讐とか、あんなきな臭い話、そりゃあできれば、したくないのだろう。

 鬼負はちらりと俺を流し見て、質問に答える。なんで俺のこと見たんだ。昨日の件のこともあるし、元からだけど、鬼負のことが分からない。

「私は仲介人。全ての“運”と“偶然”を司る神様、テュケの娘」

 何でもないかのように言う。積雲に会うより、秋和が力を手に入れるより先に。鬼負に俺達は会っていた。神様に、出会っていた。

「鬼負は神様……だったのか」

「そうだよ、私の知らない“偶然”と“運”は無い。万丈、知覚済みの確認事項」

 秋和が神様になることも。積雲が転校してきたことも。すべて、予定調和の茶番だったのか。この問答すら、以前から鬼負には分かっていたのか?

「昔のことだけど、神々は規制があった。ルール。それは“神は模範にならなければならない”絶対規制。でも、規制を破った者が出てしまった」

 流れるように、説明しだす。

 先日のように何かされてしまいそうだから聞きたくないけど、もう足をつっこんでしまっているからだろう。鬼負は淡々と続けた。

「規制を破った神様は、罰を受けることになった。それを、一度目は見逃がそうと、ある神様が言い出した。なにしろ、前例がない」

 鬼負は口をつぐんだ。真剣に、おどけた所は一切なく。

「けれど見逃せるはずもないと、数々の妨害工作により、規則を破った神様の名誉は墜とされた」

 溜めて言って、鬼負は秋和を見た。積雲は復讐だと、言っていた。じゃあ風を司る神様、アイオロスは。

 ……もしかして今、話すから、俺の記憶を昨日、鬼負は消さなかったのだろうか。

「だから三千年の時を経て今日、“風の神様の力を継ぐ者”と“天候の神様の力を継ぐ者”との戦いを決行する」

「…………恨んでる、ってことか。でも、どうして秋和が!」

 それは神様同士の、遥か悠久のような過去に起こってしまったことで。今の俺達にはどうしようもないんだろうけど。それでも、そうだと頭で理解していてもなお、秋和の為に必死になれる凪は。

 凪はスゴいと思う。誰か一人を、自分以外の誰かを、守ろうとすることができて。自分に好意が向けられていることにも気づいていないのに。

「ごめんね、凪」

 秋和が凪の手に触れる。それを鬼負は、特に何を言うわけでもなく見ていた。

 秋和にだけ伝わればいいとでも言うかのように、続ける。もしかするとこんな早朝に秋和が誰もいない教室にいたのは、鬼負に呼び出されたり、していたのかもしれない。

「“風の末裔”、岩見秋和。“天候の末裔”、積雲雨月。二人の戦いは今日中に、授業後三十分後から開始します」

 神様の力を行使するもしないも自由、と鬼負は続ける。自分が好意を向けられていないかもしれない相手を本当に思える凪は、本当にスゴい。

 だから俺も少しはみんなのために。嫌われるかも知れなくても、聞きにくくとも聞かなければならないであろうことを。

「私は見届けるだけ。せめて両者、平等に。だってどちらも、あなたたちは、悪くはないはずなんだから」

「え?」

 鬼負がつぶやく。外には活気が、他の生徒がすぐそこにまで来ているのが聞いて取れる。聞き返しても鬼負は応えない。

「六限が終わったら、屋上に集合。付き添いは、自由だから」

 それだけ言って、ざわざわ、と人が増えて騒がしくなってきた頃合いを見かねてか、鬼負はそう締める。六限まで、あと、九時間。


 授業はこういう時に限ってスムーズに進む。全く集中できないままに、いつの間にか昼休みになっていた。

「……梨夢」

「どうした?」

 俺よりひどい状態の凪は、担任から雑務をこなすように言われていたので、食事が遅くなってしまったが、丁度よかった。秋和と一緒に食べてたが、一体何を話していいのか分からず、困っていたから。

「つかれたー! もう、考えすぎなのもあるし! わけわかんないから!」

 ぐでー、と机に大きく張り付くように伸びて、凪は宣言した。疲れた、ね。そりゃあ朝から色んなことを急に知って、大変だったろう。

 こんな異常、といって何ら遜色無いであろう事件が勃発する中、普通の反応をみせる凪。凪は変わらない。いつでもどこでも。

「疲れたー、なんて言ってないで、はやくごはん食べなよ」

 くすり。思わず、という風に笑いながら秋和が凪に話す。

 一番これからのことが不安だろうに、こいつも“普通”に過ごしている。馴染んでいる、といってもいい。場にすでに、馴染んでいた。ずっと休んでいたはずなのに、これから戦わなくてはならないのに。そんな素振りを、一切見せない。

「うん。でも、さ」

 弁当を広げる凪。いつもと同じ、大きな弁当箱。

「なに?」

「やっぱり秋和の口から、聞きたい。神様とか、鬼負に言われたって、分かんないし」

 びくっ、と体を震わせる秋和。ゆっくりと箸を置くから、俺も食事の手を止める。

「だから秋和が話してくれるまで、俺は待つ。だから今日は悪いけど俺、先に帰るな」

 今朝、鬼負は付き添いは自由だと、言った。見に行くとなれば、“止めさせたい”と思わさざるをえない。それは迷惑だと分かっているから。だから、見に行かない。

 凪はそれだけ言うと、すぐに弁当に目を向ける。他に気付かないように。

「凪、俺も……」

「あ、梨夢は俺に付き合うことないからな!」

「ええ……?」

 それは俺にどうしろと。そう思いつつも、一人で帰りたい気持ちは、何となく察せられた。

「絶対、凪に会いに行くから」

 終わったらすぐに、と。俺に関せず顔を見合わせて、照れ笑いをして。そんな二人は微笑ましい。寂しいけど。俺は何も言わないで、へらへら笑っていられることができた。

 親友の応援もできないようじゃ、親友じゃないもんな。


 授業が終わると、凪はノロノロ帰っていった。呼び止めてほしそうに振り返ってくる姿が、とてもめんどくさかったが、仕方ない。凪だって本音を言えば、傷ついたってここにいたいに決まってるだろうから。秋和の前では、えーかっこしいなのだ。

「あれ、野分くん」

「…………積雲」

 思わず身構える。もう腹パンされたくはない。昨日だって女子とは思えない力で殴ってきたし、神様ってもしかすると、そういう身体強化があったりするのかもしれない。

 ちらりと天候を確認する。晴れだ。

「“晴れ”はハイテンションじゃなかったっけ」

「これは“晴れ”でも“曇”でも、“雨”でもないから」

 世間話のつもりで話してから、締まった、と思う。積雲は俺の記憶が消えていると思っていたかもしれない。けれど、しれっと。意味不明なことを言われた。皮肉屋なのか。とりあえず怖い。ふう、と一息ついて積雲は話し出す。

 記憶が消えてないことも悟られたようなので、普通に話すことにしよう。鬼負が昨日のうちに何か言ったんだろう、たぶん。

「今日の天気は“曇”だったはずなのに、風で雲が飛ばされたみたい」

「そういえば積雲はサイコロで天候を決めるんだよな。秋和は自由自在に操ってるようにみえるけど、積雲はハンデが大きいんじゃないのか?」

 純粋な疑問だ。サイコロは確率が全て平等、自由自在に操れる人など、神様など、いない。いるとしたら“運”と“偶然”を司る、あいつだけだ。

「心配してくれるの? これから自分の幼馴染みと戦う、クラスメイトを」

「それとこれとは別ってか……戦いがどういうものか俺は分からないし」

 復讐だとか“戦いだとか言っているが、具体的に何をするのだろうか。天候と風、戦いの要素が見つからない。不利そう。

「戦いって、普通に、だよ」

「風はなんとか分からなくもないとして、天候って戦う要素が無くないか?」

 繰り返しになってしまうけれど。風は、一般的に知られる“鎌鼬かまいたち”とか色々あるんだろう、と推測できる。でも、天候。“晴”や“雨”で戦うなど、想像がつかない。

 積雲は無表情にリアクション無く、俺の目を直視して言う。

「ほとんど使えないよ。体術に頼りっぱなし。強いといえば人格によって運動神経も左右されるから、そこら辺は気をつけるけど」

 サイコロは気をつけたって変えられるものではない。野暮な気がするのでそんなことを言うのは黙っておくが。

「な、何か無いのか……!?」

「うーん、…………雪を降らせる、とか?」

「それ積雲の力で左右されてるの!?」

 まさかすぎる。子供の願いが積雲のサイコロに左右されているなんて!

「本質的にいえば風のが強いと思うよ、まあ、」

 変に言葉を区切ってシニカルに積雲は笑った。

「―――私だって、負ける気は無いけどね」


 積雲と話している間に丁度、鬼負が今朝言った授業後三十分になりそうだったので、二人で屋上へ向かった。

 さすがは“運”と“偶然”を司る女神様、というべきだろうか。生徒、教師は一切学校内にいないのではないかと思うほど静まり返っている。実際『いない』と言われても驚かない。どんな“運”や“偶然”だろうか。普段は部活をやっているはずの校庭にも、人が一人も見当たらない。

「積雲は、何か落ち着いてるな」

「そう? 私だって緊張しているけど。だって三千年の恨みのこもった復讐、なんだから」

 確かに一介の女子中学生がすることではないだろう。ふっ、と儚気に笑う積雲が視界に入った。

 積雲だって秋和だって、“一介の女子中学生”じゃないんだよな。

 今思わなくともいいようなことを、思う。女神様。その存在は、俺からしたらとても遠い。隣に立てる気なんて、しないくらいに。

 ……ちょっと待って、俺、普通に来てしまったけど場違い感がすごい。

「あれ、遅かったね……というか、野分くんは来る必要性無いよ?」

 扉を開けると、すぐそこにいた鬼負に言われた。自分でも思っていただけに他人に言われるとグサッとくる。やばい。視線がきつい。

「梨夢は帰んなかったんだ、へへへ、なんかありがとね」

「?」

「いや、その、あれだよ……梨夢は優しいから、私の帰りを待ってくれるんだね」

 ………、そういうことにしておいてくれると助かる。何の“偶然”だか俺が『神様同士の戦いってどんなだろ』と興味本意で残ったことを鬼負は分かっているようで、秋和の発言に俺が返せないでいると不思議そうに秋和と積雲が首をかしげるのを横目に、鬼負はケタケタ笑った。何て奴だ。

「さて、そろそろ始めようか」

 笑いが収まった頃に腕時計を見て言い出す鬼負だが、今朝感じたような威圧感は皆無だ。

「風の女神、岩見秋和。天候の女神、積雲雨月。それでは両者、向かい合って」

 何度目かになるだろうか、二人の名をフルネームで言い切って。審判らしく、場を仕切る。

「制限時間はありません、思う存分―――」

 こーん、と五時を告げる鐘の音がどこからともなく響き渡る。二人は対峙したまま、地面を蹴った。


「ん、な……!?」

 地面を蹴って秋和は、ふわりと。舞った。浮いたのだ、その場にふわり、と。風の力を利用しているのは頭では理解できている、けれど。

 人間の体を浮かせることができるまでの風を、操ることは出来るのか?

 秋和は人間ではない。四分の一、風の神様アイオロスの血を受け継ぐクォーター。俺の幼馴染みは、秋和は、女神様なんだ。目の前で見せつけられて、目撃して、確信する。やっと初めて、理解する。自分が理解できていないことすら、知る。

「彼女、すごいね」

 すると、隣に立つ鬼負が話し掛けてきた。ひょっとすると審判なんて形ばかりで、実はいらなかったりするのかもしれない。

「もう自分の力を使いこなしているみたいだ」

「………そうか?」

 俺には秋和が力を使いこなしているようには見えないから。

「ただ大技をぶっぱなして、見た目だけ優勢にたってるだけなんじゃないか?」

「きびしーね、野分くん。風を操れる技量にもっと驚くべきだよ」

 分からなくて、少し鬼負から離れた。距離の、間合いの取り方が分からない。測りかねる、というべきか。審判だとか実は神様だったとか、鬼負はただのクラスメイトから秋和や積雲と同じ女神様、に変わっているから。

 女神様、とは。彼らは一体、何なのだろうか。

「ははは、ねえ野分くん、雨月と秋和、どちらが勝つと思う?」

「…………何でそんなこと聞くんだよ」

 鬼負の顔をうかがうと、鬼負は以前までのように軽薄そうに、クスクス笑う。心底、楽しいみたいに。鬼負には“運”も“偶然”も分かっているはずなのに。

「女神様だからって、天候や風や、運を司るからって、私たちは“普通の女子中学生”と特に変わった所は無いんだよ。そういう力だって、代償を払って手に入れている」

「神様なのに、か?」

 神様だからだよ、とへらへら笑う。神様なのに、神様だから、代償を払って力を使いこなしている。

「例えば天候を司る彼女。あの子は自分の性格が天候に左右されている。自分で天候を操ることはできない、けれど。管理は、できる」

 スッと手を上げ、浮いている秋和にジャンプして迫ろうとしている積雲を、鬼負は指した。

「天候を無理に変えられた彼女は、管理していたものを管理しきれなかった管理人。だけど、だからこそ」

 その時、積雲の顔つきが、変わった気がした。

「今の彼女は“天候”に左右されず、自分のままでありのまま、行動できる」

 大きく、およそ人間にはできないであろう大きすぎるジャンプ。浮いているはずの、舞っているはずの秋和の、さらに。積雲は上にいく。

「ゔ、わ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!!!」

 意味を成さない積雲の絶叫。彼女はそのまま、下に落下した。落下。フリーフォール。

 落ちていく積雲は、途中に停滞する秋和の手首をグッとつかんだ。見ていて分かるほどに強く。

「きゃ!?何し、」

 相手の言葉が終わるより、続くよりも速く、積雲は秋和を屋上へと投げ下ろす!

「わ゙、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!?」

 風の流れが急に、荒々しくなる。この季節に相応に、身を切りつけるような、無作為な激しい突風。

「秋和!?」

 ゴスン、という爆音と共に、上空から落下してきたものが屋上の床へと叩きつけられた。

「これで、あたしが勝ちで、いいんだよな?」

 乱暴に、すとん、と見事に着地して鬼負に冷たい目をして言う積雲。これはどの天候の積雲なのだろう。攻撃力が、運動神経が一番高い“自分”に意識的になるというのは、どういう気分だろう。

 多重人格。それとは違うけれど、―――いい得て妙だ。

「まだ、私は!!」

 よろよろと、立つ砂ぼこり、というよりも瓦礫によってできたゴミによる埃を風で吹き飛ばすち秋和。どうしてそんなに頑張るのか。俺にはよく分からない。

「天候が、何よ。私は『風の女神様』。負けない、負けない、負けない!」

「へえ、立つんだ。でももう、そこに立ったなら私の勝ちだよ」

 雰囲気が一変、気だるそうに、面倒くさそうに言う積雲。彼女の手には、縄跳びの綱くらいのロープ。

「残念、今朝から仕込んどいたのよ、罠」

 右足首だろうか、積雲が引っ張ると綱がギュッときつくしまった。

「屋上に先に来てたなら、ワナがないか探したり、しなかったの?」

 開始から何分が経過しただろうか。あっさりとした、認めるより他ないような、積雲の勝利。

 鬼負はそのままその場を動かずに、言葉を発した。

「もう抗えないでしょう。そもそも復讐なんて、ろくでもないしね」

 あっけなく、こうして一連の事件は幕を閉じたのだった。

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