第2話 目が合わない月曜日
結局、学校に行ったはいいものの、俺たちは
「あれ、
校庭の中心で立ち尽くし、空を見上げて動かない。同じクラスの同級生、鬼負のねな。日曜日だというのに制服姿だった。
「………鬼負、だよな?何してんだ?」
「わあ!?」
軽いノリで尋ねる凪に鬼負はかなり驚いたようで、変な声を出した。フランクな口調で男女共に友好関係が広い
「えーっと、
「そうだけど………名前、覚えてない?」
さすがの凪の口調も心なしか三割増しで暗い。まあ、二月にもなって名前を覚えられていないのは悲しいものがある。
たぶんだけど、俺に関しては下の名前を忘れられてる。凪はまだマシだろ。
「偶然だね。こんな所、休みの日にまで来る意味ある?」
それは鬼負に言われたくない。鬼負だって何しに来たんだ。黙殺。
「私はただ、風によって流れていく雲を見ていただけだよ。急に風、強くなったよね」
「それ、
くるり、と後ろを向き鬼負に背を向け俺と目を合わせる凪。
「……そうだな」
同意を求められても困る。何て返せばいいのかなんて、よくわからずに肯定だけを示した。
「へえ、野分くんは鋭いねえ! これから大変だね!」
「大変って、何がだよ?」
意味が分からないけれど、大変なのは嫌だ。ともかく、何しろ鬼負の言うことなので思わず聞き返す。
彼女本人は認めていないが、一部では“占い師”としての評価が高いのだ。占い師、なんて大それたものでは無いらしい上、女子の話をうのみにすることになるけれど、言うこと言うことが予言者的、というか。はっきり“こうなるだろう”と鬼負本人が言い切るときもあるし。
「詳しくは明日! 待て次回!」
なあんてね、と笑いながら校門へと駆けていく鬼負。自由人すぎる。質問に答えろよ。
「あっ、そうだっ」
あぜんとする俺達を尻目に走っていた鬼負が、叫ぶように呟いて急停止した。そのまま俺達に振り返って。
「白垣くんの探し人は、きっと明日には見つかるよ! じゃあね!」
「えっ!?」
ちょっと待て、と叫ぶ凪を無視して走り去る鬼負。後回しにしたような感じがイマイチあるものの、ここは“占い師”もとい“予言者”を信じ、俺達は帰路についたのだった。
秋和が見つかった、という知らせを受けたのは、午前一時を半分以上過ぎた頃だった。
『……悪いな、急に休むなんて言って』
「いや、俺も本当なら行くべきなんだろうけど」
『いーよ、梨夢は! ノートとっといて!』
月曜日、七時を過ぎると、凪から学校を休むと家電に連絡があった。昨日見つかった秋和の、検査等があるらしい。それに付き添うから休むらしいが、『幼馴染みなら当然』なのだろうか?
凪にはケータイがあるからか、俺の知らないこと(検査とか)を知っている。凪は秋和が好きだから、そばにいたいだけなんだろうけど。
いつもは凪と行く通学路を、今日は一人で歩く。今日は見事な悪天候、雨天だ。走れば数分で着く距離にある中学は、高台の上にある。港町だからゆえに、避難場所とされる学校が海にさらされるわけにはいかない。だけれど毎日、高台へと続く坂道を歩くのはなかなか酷だった。
しんどい。部活やってた時は坂道ダッシュなんて平気だったのに。体力なくなったな、なんて、ぐるぐる思っているうちに着くから不思議だ。
「あっ、おはよー」
髪を揺らしながら跳ねるように近づいてくる鬼負。こいつのことはイマイチ分からない。
「ごめん、ちょっとどいて、私の靴箱ここ」
「悪い」
ヒョイと手際よく履く様子を尻目に階段へ向かおうとすると、鬼負に呼びとめられた。
「わ、野分くん! 待ってよ、重大なお知らせがあるんだから」
パタパタと足音をたてて駆けてくる鬼負の頭を見る。
「重大なお知らせはたいてい重大じゃないだろ」
「ほ、本当に重大なんだから! これからの人生を大きく、変えるくらい」
そんなにも? いぶかしく思いながらも話だけは聞いてやろう、と続きを促す。
「今日ね、私達のクラスに転校生が来るんだよ!」
「また何でこんな時期に」
中三の二月だぞ、中途半端すぎるじゃないか。
「んー? そうかな。転校の理由は『祖父の願い事を叶えるため』だよ」
「何で知ってるんだよ……じいさんっ子ってやつか」
「ちょっと違うけどそんな感じかなあ。転校生への第一印象はよく、だよ。野分くん、校内の案内とか引き受けたら?」
誰がするか、そんなこと。面倒くさいし、と告げると野分くんらしいね、なんて言われた。……俺の名前も覚えてないんだから、性格なんて知らないだろ。
「転校生ね、女の子だよ」
呟いて、鬼負は教室のドアを勢いよく開けたかと思うと、自分の机に一直線に座った。
何がしたいのか意味の分からない鬼負の行動と、予言ともいえる発言を思い返し、
俺は鬼負の手のひらで踊らされているかのように錯覚してため息をついた。まあそんなこと、無いとは思うのだけれども。
「はー……」
さすが“予言者”、鬼負のねな。転校生がやって来た!
「受験に差し障りがない程度に仲良くやれよー」
教室中が軽くざわつく。教師の言うことじゃないよなと思うものの、クラスでもノリがいいやつ数人が緩く返す。大丈夫かこのクラス。
「よし転校生、入って来い」
ガラッ、と教室の扉を開き、廊下に向かって言う先生。近くの席の奴が、何故か必死に覗こうとしていた。
「!」
息を吸い込む音。その後に、ゆっくりとしきいをまたいで、入ってくる女子生徒。学校指定のセーラー服ではない、ブレザーの制服を着ている。珍しい。一瞬だけ目があって、すぐにそらされた。
「……あれ」
思わず小さく声が出た。隙間から見えた、目が鮮やかな青色。髪色も明るい気がするし、日本人離れしている。もしかして外人さんだったりするのか。
「まあ、そう緊張するな」
じろじろ見てしまっていたことに、先生の言葉で気が付いた。身を引くと、クラスメイトも同じだったようで、椅子を引く音が響く。
転校生、相当あがっているようだった。ぎこちなく、ゆっくり。室内に入るにあたり顔を上げたはいいものの真っ赤で、しかもすぐ顔を伏せる。見ていて可哀想になるくらいだった。
やっとのことで教卓横まで来た転校生に、先生は軽く笑いながら言う。
「自己紹介、するか?」
声とか小さそうだ。こんなにかちんこちんで、できるんだろうか。
「……きう、……づ、……です」
途切れ途切れに聞こえる言葉。うつむいたままの転校生は、自己紹介をしたようだった。前の方の席に座る俺でもぜんぜん聞こえなかった。まばらに拍手が送られる。がんばったで賞。
「転校生の
ばりばりの日本人のようだ。勝手にちょっとがっかり。転校生、積雲が全然話せないのを見切った先生は静まりかえった教室に明るく言う。
なんというか、紹介が重い。軽い言い方なのに重すぎる。
「危篤!? 先生って本当に不謹慎ですね!!」
クラスの中でもリーダー格の奴が、噛みつくように叫ぶように突っ込む。確かに先生の言った言葉は、本当でも嘘でも、どっちにしてもかなり不謹慎だ。
「鬼負の“予言”はやっぱ当たるのか……」
じいちゃんっ子というか、さすがに危篤なら言うことを聞かざるを得ないか、なんて。誰にも気付かれないように小さく呟いた。
下校時刻、後ろに転校生を連れて、鬼負がひらひらと手を振りながらやってくる。嫌な予感しかしなくて踵を返す。
恐ろしいことにこの教室には、他のクラスメイトの姿はなくなっていた。何でいないんだ、いつも女子が遅くまで駄弁ってるのに!
「野分くん、ちょっといい? 私、今日、用事があるんだ。だから学校の案内、頼んでもいいかな」
「えっ」
「お願いねー!」
ここで逃げられちゃ困る。なんで昨日からこんなに急に話しかけてくるのか知らないけど、俺はそんなに女子と話す方じゃないし! 適任じゃない! 無理やり今朝の予言めいたものを現実化しないでくれ!
「待て、積雲はそれでいいのかよ」
「え、わたっ……?」
責任転嫁じゃないけど、当の本人に聞く。話を振られて驚いたのか、どもる積雲。今さらだが、本人を前にしてこんな言い争いをするのは失礼だと思う。
「いいってさ! じゃあね!」
「ちょっ、待てよ鬼負!」
そんなに用事が急ぎなものなのか、飛び降りるかのように階段を駆けて行ってしまう鬼負。なんてやつだ。
「……あ、……あの」
また恥ずかしがってか顔を赤くさせ、うつむきがちに言葉を紡ぎ出す積雲。しまったなあ、ダッシュで帰ればよかった。凪と一緒に病院に行けばよかった。
「えっと。女子同士の方が気楽だろうけど、ごめんな。俺は野分梨夢。よろしくな」
「あ、うん……はい」
自己紹介もまだだったと思い、今更感あふれるもののそれっぽいことを言っておく。他の女子に頼んで変わってもらってもいいけど、その女子が見当たらないのが残念過ぎる。無念。
「……昇降口から回ることにするか」
とりあえず、頼まれてしまった責務は果たさねば。俺は積雲を連れて、昇降口に向かった。
「……じいさん」
会話が無いのも不自然な気がして、何とか話題をひねり出す。
「じいさん、大丈夫なのか? 危篤……って」
「大丈夫、です。心配してくれて、ありがとう」
数歩下がった後ろから声だけで返される。教卓での時のように声が震えているわけではないが、いかんせん音量が小さい。しかも恥ずかしいのかどもりまくり。
ううん、間が持たなさ過ぎてしんどい。鬼負、さてはこの空気がしんどくて逃げたな。うらむぞ。
「で、教室に戻ってくる」
言わなくても分かる見れば分かることを口に出して案内終了。二十分ほどで終わった案内に、これでよかっただろうか不安になる。こんなこと初めてだし。
「うん……分かった」
こくこく、と遠くからでも分かりそうなほど大きくうなずく積雲。視線はやはり下向きで、雨は降りやんでいなかった。
「じゃ、帰るか」
「遅くまで、ありがと…………」
後ろから掛けられた声が少しだけ嬉しかったけど、社交辞令なんだと思うと寂しく感じた。ありがとうって、何度も言わせてしまうのも、申し訳なかったし。
止まない雨はないけれど、今のところ雨が止まない。別に雨が嫌いなわけじゃないけど、びしょびしょになってしまったスクールバッグを持ち直す。ぐしょぐしょに濡れてしまうのは浸水するし、困ったなあ。
坂を下る。そういえば凪に『ケータイなんて持ってない』って言ってない、俺って嘘ついたままだ。幼馴染みに見栄で嘘ついて、バレなきゃ大丈夫かなんて考えて。
「……はあ」
何とはなしにため息がこぼれる。嫌だな、こんな自分が一番嫌だ。
「梨夢! 今、帰り?」
ぱたぱたと、傘をさした凪が走り寄ってくる。病院行った帰りだろうか。
「秋和、元気そうだったよ、話せる時間は無かったけど」
からりと、明るい笑顔で話す凪。
「こんなに検査、時間かかったのか?」
「おう、俺もびっくり。病院ってものすんごくスローだよなあ。ナマケモノか、っての。梨夢こそ、遅いじゃん。何かあった?」
「転校生が来た」
「こんな時期に?」
首をかしげる凪の様子から、凪も鬼負から聞かなかったのだろう。そういえば鬼負も朝、言ってたしな。
「学校の案内でもしてたのか?……ってことは男子か」
「いや女子」
え、と目をむく凪。
「どうしたんだよ梨夢、女子相手に校内を案内!? 秋和に言わなきゃ……」
「いや、全然そんなんじゃなかったからな」
今ならわかる、はっきりと分かる。だって、
「俺、あいつと一度も目が合わなかった。あいつは、積雲は、誰とも目を合わせていない」
だからよく分からないような気がする。分かりそうにない気がする。
「会話中に、凪は相手の目を見るだろう?」
「……基本じゃねーの? そんなこと」
確かに基本と言えば基本だろう。幼稚園で先生に『話をするときは人の目を見て話しましょう』と言われた覚えがある。
でも、合わなかった。コミュ症(疑惑)だからって、歩きながらの会話だったからといって。目が一度も合わせないのは、むしろ不自然だ。
「目が合わない、なあ」
ふーん、と分かったのか分からなかったのか不明だが、口に出す凪。
「明日は俺も行くからさ、だから心折んなって」
「……いや、折れてはいないからな?」
雨は結局、夜になっても止まなかった。
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