キワモノM嬢 ポニー(2)
「今日はちゃんと、しゃぶるんだぞ」
「うん、頑張るよ」
突き出されたクニオのそれを、親指と人差し指でつまんで口に含んだ。夏場の動物園みたいな湿気った獣臭が顔にまとわりつく。ポニーは眉を顰めずにはいられなかった。呼吸のたびに強いアンモニア臭が鼻から入っては抜けていく。それが幾度と繰り返された。単なる悪臭という域をとうに超えていた。吐きそうだとか気持ち悪いとか、それに止まる程度であればまだよかった。催涙成分を噴霧しているかと疑うレベルに、なぜか眼球に刺すような痛みが走り、眼底がビリビリと痺れ出すのを感じた。たまらず、
「えーん。やだよー」
と弱音を吐き、クニオの顔を見つめ上げた。クニオは聞こえていなかったのか、天井を見上げながら、フー、フーと息を吐き出していて、まるで蒸気機関車のようになっていた。ポニーは目に涙を浮かべながら、必死で陰茎をしゃぶり続けるしかなかった。
次第に、きついにおいには慣れていった。目の痛みもなくなった。
いや──、慣れなのか麻痺なのかはわからなかった。苦しさは最初の五十秒で、それ以降はしゃぶらされているマゾな自分に、だんだん陶酔していくような──、いや、陶酔というよりは、そうであらなければならないという呪いを──、自ら自身にかけているような、そんな不本意な状況に陥っているような気がしないでもなかった。
諦めなのか寛恕なのか、あるいは弱さなのかもしれなかったが、それに気づいてしまうことをポニーは恐れた。ポニーはただ、何も言わずにただひたすらにしゃぶり続けることしかできなかった。
十分ほど続けていたが、クニオのそれは多少膨らみはしたものの、勃起と呼べる状態にはなり得なかった。クニオは大きく溜息を吐きながら「もういい」と言って腰を引き、ポニーの口からそれを抜いた。カウパー液と唾液が混じった白濁の露が、空中を舞って床にボトリと堕ちたのが見えた。
クニオはソファーの上に海驢のように横に転がり、
「おまえ、本当に下手くそだなあ」
と舌打ち混じりに言った。クニオはポニーが来たときよりも、明らかに不機嫌になっていた。
「ごめんねー。なんでだろうねー」
ポニーはたまらず俯いた。前回も前々回も、ポニーはクニオを勃起させることができなかった。今日こそはちゃんとご奉仕しないとと思って張り切ったのに、やっぱり駄目だった──。
「おまえ、誰に対してもそんなヘボなフェラチオをしているのか? ここまで下手くそだと、他の客も勃たねえだろ? 大丈夫なのかよ? 本当に専業で生活できるのか?」
クニオはそう言いながら、ボリボリと尻を掻いて、どこを見るでもなく視線を泳がせていた。それからすぐ、一点に視線が集中したのがわかった。ポニーもつられてクニオの視線の先を見る。カーテンレールにスーツがぶら下がっていた。そういえば、就職活動をしている“フリ”をしてるって、前に言っていたっけ。生活保護を受けている手前、それをやらないといけないだとか──。
「俺はお前が心配だよ」
クニオはそう言いながら、小さく鼻で笑った。
「気持ちは嬉しいけど、大丈夫だよお。ありがとうねえ」
ポニーはそう言って照れたように口を尖らせた。クニオの茎を見つめる。クニャリと萎れたまま微動だにせず、陰嚢の上に鎮座していた。ポニーはこのとき、その陰茎が、まるで世界の中芯に思えた気がした。右に向かって傾く軟らかなそれは、逆らってはいけない神霊であり、くさいだとか勃起しないほうが悪いだとか、そんなことは絶対に言ってはならない、絶対権力のようなものに見えていた。もちろん、ポニーはクニオのほうが悪いだなんて思っていなかった。悪いのは全部自分、自分なのだ。
「おいおい、チンコをじろじろと見るんじゃねえよ。まさか俺のことをインポテンスだと思っているわけじゃあるまいな?」
「そんなこと、思っていないよー!」
クニオが睨みをきかせて言うものだから、ポニーは首をブンブンと横に振って大きく否定した。そんなこと絶対に思っていなかった。
「本当にごめんねー。私、下手っぴなんだー。もっとバナナとかでちゃんと練習するよお。まだまだ修行が足りないよー」
無理してつくった笑顔のせいで、微妙に言葉がカタコトになる。そんなポニーの献身っぷりに、クニオは安堵したように鼻で笑った。
それからすぐ、家の奥の別室から、古時計の鐘が三回重く響いたのが聞こえた。二人は黙ってそれを聴いた。ああ三時か、とポニーは思った。クニオは何を思っていたかはわからなかったが、もう怒ってはいないようだった。
鐘を聴き終えてからクニオはすぐ、
「とりあえずポニー、お前も全部脱げ。その俗悪奇異な素っ裸を視姦してやらあよ」
と言ってニヤリと笑った。横に倒していた身体を起こし、ソファーの上に踏ん反り返って座り直す。
「はあい。でも恥ずかしいから、あんまりじっと見ないでねえ」
ポニーは歯をむき出しにして笑った。
「だからお前、イチイチうるせえなあ。見ないと視姦にならねえだろ。つべこべ言わずさっさと脱げやい」
「えー、はーい。ごめんなさーい」
ポニーは歯をしまって含み笑いし、言われたとおり、服を手際よく脱いでいった。スーパーの三階で買ったスウェット、ロングスカート、肌着、ブラジャー、ショーツ──。全部一番大きいサイズを買って着ていた。脱いだそれらを全裸姿で正座して、ご丁寧に畳んでいく。クニオはそれを、足の先で突っつくような素振りをしながら、じっとりとした目で眺めていた。
ポニーの腹が正月の餅のように三段に重なっているのは言うまでもなかった。乳よりも腹のほうが出っ張っていて、妖怪じみた女体だった。乳輪はデロンと大きく広がって、DVDのようにまん丸い。下着の締め付けの跡は黒ずんでいて、股ずれの跡も浅黒くて小汚い。
「じゃあポニー、四つん這いになりなさい」
素っ裸になったポニーを見て、クニオは低い声でそう言った。ポニーはクニオにスイッチが入ったことを察した。ああ、ここからが本番だ。ここから先は、ちゃんと、ご主人様と雌豚の関係をちゃんと演じていかなければいけない。
「はい、ご主人さまー」
ポニーは言われたとおり、床の上に膝をつき、掌で上半身を支える体勢をとった。
「いつも言っているだろう? もっと尻を高く突き上げろって」
「はーい、ご主人さまー。ごめんなさーい」
ポニーは言われた通りに上半身を倒し、尻を高くあげた。羞恥心は微かにあった。だけど、初めて売りをやった日と比べたら、随分と恥知らずになれていた。いや──、生きているだけで恥なのだから、もうどうでもいいのかもしれない。自分にはこうやって生きていくほか術はない。無様な生き様で、無様に死んでいく。それ以外の生き方も死に方もわからないのだから。
これは、絶望だろうか──。ポニーは尻を突き上げながらに考えた。
いや、案外そうではないかもしれない。むしろもう、ジタバタとせずに済むのだ。これはこれで幸せなのかもしれない。そう、幸せなんだ、これは──。
「いい格好だなあ、おい」
クニオはそう言って、ソファーから立ち上がり、ポニーのすぐ脇にガマガエルのように脚を広げてしゃがんだ。尻の肉と腹の肉を両手で同時に掴み、ブルブルと震わせる。ポニーは性的快感を覚えたわけでもなかったが、「アーン」と高く声を出して喘いだ。
「おい、声は抑えろ。そんな大声で喘ぐんじゃねえ」
「そうだったー。ごめんなさーい──」
ポニーはハッと息を飲み、声を小さくして謝まった。クニオは平手で軽くポニーの尻を数回叩いた。そのたびに、ポニーは小さく吐息を漏らした。
「よし、そのまま待っていろ。いいものを持ってきてやる」
クニオはそう言って立ち上がり、リビングを出てどこかに行った。ポニーは従順にそのままの体勢で待ち続けた。しばらく、待ち続けた。古時計の鐘が一度鳴るのが聞こえた。三時半だ。
それ以降も、ずっとポニーは待ち続けた──。待った。待ち続けた。
しばらくして、トイレの水を流す音が聞こえた。足音がこちらに近づいてきて、リビングのドアが開く。
「おお、いい子にして待っているじゃねえか。ほら、土産だ」
戻ってきたクニオは、手にしゃもじと電マ、口枷を持っていた。しゃもじは、尻を叩くために持ってきたものだというのがすぐにわかった。前回はハエたたきだったが、それは音がでかいと言ってクニオは嫌ったのだった。
「しゃもじなら、そんなに大きな音は出ねえだろ。あとこれよ。ネットオークションで送料込みでセットで八百円で仕入れたんだ。これはなあ、おまえのために買ったんだよ」
クニオは嬉しそうに笑いながら、電マのコードをコンセントに挿した。
「ご主人様、嬉しいですー。それで、私を虐めてくださーい」
ポニーはそう言って喜んだ風に尻を振った。
「おうおう、可愛いじゃねえか」
クニオは電マのスイッチを入れ、弱と強の感度を確かめるようにして震わせた。
クニオは一度電マを置き、ポニーに口枷を装着した。ポニーはもう言葉をうまく喋ることができなくなった。それは意外にも心地よかった。苦行でしかないこれまでの人間生活から離脱できたような気がしたのだ。本当に、人間以外の動物になれたような気がして気分が安らいだのだ。
ポニーはこれまで、ありとあらゆる言葉に傷つけられてきた。また、喋り方に特徴があって、伝えたい言葉をうまく話せないことでも傷ついてきた。こんなことなら、言葉なんて最初から話せないものになりたかった。豚でも牛でも馬でもよかった。人間以外になりたかった。そんなことに気づいた気がした。
ああもう、人間じゃなくていいんだ。もう、人間でいる努力をしなくていい。
クニオは再び電マを持ち、ポニーのサイドに回り込んだ。腹肉を捲って陰核部分にそれをあてがう。
「いいか? 声は絶対に出すなよ」
ポニーは、首をうん、うん、と大きく縦に振り、それから思いっきり左右に腰をくねらせ続けた。息が上がる。全身が熱く、電気が走ったように痺れる。腰が電マから逃れようと激しく動いた。気持ちいいはずなのに、なぜ逃げるのかわからなかった。逃げても逃げても電マはずっと追いかけてきた。それからすぐ、尻の頬に強い痛みが走った。左右交互に痛みが走る。それは何度も何度も繰り返した。ポニーは全身汗だくになりながら、声をじっと我慢して、腰をぐねんぐねんと回し、ただただ身体を震わせた。
こうやって、生きていく──。こうやって、死んでいく──。
何十回叩かれただろうか──。
ポニーはだんだんと痛みが快感になっていくのを感じた。もうそろそろイキそうだった。ああ、イク。ああ──。
しかし、寸前のところでクニオの手が止まった。
いや──、手が止まっただけではなかった。
クニオはいきなりキレたようにして叫んでいた。
「なんだお前! どこの小僧だ!」
「おういうああ?」
ポニーはよだれをダラダラと垂らしながら、口枷ごしにご主人様を呼んだ。イカせてください、イカせてください。だけどそんなことは言ってはならない。
次第にポニーは冷静になっていく。
一体何が起きたのだろう。
白濁した意識が、少しずつ鮮明になっていく。
誰か、いるの?
「ママをいじめるな! なんでママのこと叩く! ひどい! お前は誰だ!」
聞き覚えのある声がする。まさか──。
「痛えな! なんだこのクソガキ!」
ポニーは後ろを振り返った。全裸に口枷、四つん這いの姿のまま、涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになった、つり目の息子と目があった。
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