ワタシ(前)

 先生は気づいていないの? この世界はフィクションなんだって。先生も私も、机も照明も、天井もベッドも、格子の向こうに見えているあの空も、存在なんてしていないんだ。

 え? 何を馬鹿げたことを言っているんだって?

 馬鹿なのは、それに気づかない人のほうだよ。じゃあ、世界の存在を証明してよ。できないんでしょ? ほら、やっぱり──。

 みんなが嘘つきなのは、世界が存在しないからだよ。努力は必ず報われるとか、勉強していい大学に入れば幸せになれるとか、みーんな、嘘ばっかり。

 国語や数学、物理なんかを勉強するのは、幸せになるためなんかじゃないでしょ? この腐った社会を──、いい感じにして造っていくとか、綻びた場所を直していくとか、そういうために必要なんでしょ? なんでみんな嘘つくの? 社会のために勉強しろなんて言えないから? そうだよね、社会はクソで、それに適合して飛び回って忙しくしているやつらはハエだもんね。ブーン、ブーン、ブンバブーン。


 ねえ先生。もうみんな、無理しないで世界が存在しないことを認めればいいと思わない? ていうか、先生もこんな仕事してだるくない? はい、お疲れ様でした。世界はこの世に存在しません。そう、大事なのは世界の否定。自己否定とか他者否定なんかより全然いいよ。ワタシもアナタも存在しない。面倒くさいことなんて、全部ロボットに任せちゃえ。人間なんてみんなポンコツ。存在しない世界のことなんて、私はどうなったって知らないの。もう全部、どうでもいいの。

 なに? 厨二病っぽい? 仕方ないじゃん、十四歳なんだから。リアルの中学二年生なんだから。


 まあ、いいよ──。

 もしさ、もしもワタシがここから出て、それでもやっぱりしんどくなったら、またきっとここに戻ってくるよ。だってみんな、そうじゃない。一回ここに来た人たちは、もう普通の大人になんてなれないんでしょ? あの人もあの人も、みんな一回出て戻ってきているじゃない。クルクル輪廻、山手線。西武池袋線にはつながりません。


 え、なに?

 フィクション?

 いいよ、わかった。だるいけど、最近カミュの本を読んでいるし、思うことも色々あるし──。

 そうだ、先生。その代わり、私の体育をナシにしてよ。私、体育が大、大、大嫌いなの。

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