第91話 再会
「すまない、宮川。救ってやれなかった。俺は無力だ、すまない」
看護師がギイとガアの死を告げた後、医師達は涙を流し立ち尽くす事しか出来なかった。
海藤は涙と共に、噛みしめた唇から血を流していた。
そして数分の後、海藤が口を開く。それに続く様に、カールと井川が続いた。
「ギイさん、ガアさん。ヨク頑張った。治してあげられなくて、いっぱい辛くサセテごめんなさい」
カールは、胸の前で両手を握りながら、懺悔でもするかの様に語りかけた。
「神秘や奇跡、そんな陳腐なものじゃない。これは、彼らの意志だ。尊敬するよ、ギイさん、ガアさん。あなた達は、素晴らしい人間だった」
井川は優しく遺体に触れると、目を閉じて僅かな間、黙とうを行う。
そして、医師達と看護師が病室を出ていく。
やがて、耐え切れ無くなった想いが溢れる、堰を切った様に集まった者達の口から飛び出していく。
「こんな残酷な事ってあるか! ギイ、ガア。私はまた家族を失った。大切な物ほど、簡単に失われるのか!」
「ギイちゃん、ガアちゃん。私は、あなた達に何も出来なかった。もっと話しがしたかった。もっと楽しい事を教えてあげたかった。ごめんね」
「ギイ、ガア。幸せにしてやるって、言ったのに。なんでだ。神様! なんでギイとガアを、連れてっちまうんだ!」
敏和は無論の事、敏久や洋子もギイ達と楽しそうにしていたのを、皆が見ている。
家族として迎え入れる為に、歩み寄ろうとしていたのも知っている。
また病室は、二十以上の人が入っても、問題無い程に広い。中には様々な設備が有る。他にも、検査用に別室を用意した。他の病棟と離れ、一般の患者とすれ違う事が無い。
大切な子供達の為ならと、敏久は金を惜しむ事は無い。
そして、名医と呼ばれる医師に、高名な学者まで招いた。
必ず良くなる、誰もが信じて止まなかった。未来は輝いている。誰もがそう願っていた。
しかしこの結果を、誰が予想出来ただろうか。万が一の事に備えて尚、ギイとガアの命を救う事は出来なかった。
敏久、洋子、敏和が泣きながら、遺体にしがみつく。心の内は、一言では語れまい。
それは、信川村の面々も同じであろう。
自分達は、長く生きた。だから、もう充分だ。
だがギイ達はまだ子供だ。何故、こんなに早く死なねばならない。
クミルの話し通りなら、ギイ達は九死に一生を得て、この世界に辿り着いた。
それだけでも、奇跡的なのだろう。
理解はできる、だが納得は出来ない。もっと、生きることが出来たはず。
この先、もっと楽しい事が待っていたはず。そして、幸せになる権利が、彼らにはあったはずなのだ。
悔しいとか、切ないとか、やるせないとか、様々な想いがごちゃまぜになって、心を締め付ける。
しかし、そんな時こそ声を上げなければならない。魂が安らかに旅立てる様に、安心させなければならない。
そして遺体に縋り付く敏久達に、孝則と郷善が背後から、優しく声をかける。
「違うぜ。見ただろ、お前達も。ギイ達の体から、モヤみたいなのが出て、もう一つのモヤに抱き着いた。ギイ達は、さくらに会えたんだ。やっと、さくらに抱き着く事が出来たんだ」
「孝則の言う通りかもしれねぇ。ギイ達はさくらに会えて、嬉しいんだろうよ。見ろこの笑顔をよ」
病室内の誰もが、その神秘的な光景を目の当たりにした。
孝則がモヤと表現した白い霞が、ギイとガアの身体から抜け出た。そしてもう一つの白い霞に、包み込まれる様に見えた。
さくらが迎えに来た。
誰もが、そう理解した。
「ぎい、があ。さくらさん、だいすき」
「そうですね。あの子達は、さくらさんが大好きだった」
確かにギイとガアは、柔らかな笑顔で逝った。
涙を流しながら、クミルと貞江が孝則達に同意する。
大好きなさくらに会えて、それで幸せなら、ちゃんと送ってやろう。
信川村の住民達は、一人ずつ立ち上がる。
「帰ろう! ギイとガアは、ようやく帰れるんだ。一緒に帰ろう! それで送ってやろう!」
「そうだ! 俺達流に送るんだ! こいつからが楽しみにしてた、お祝いをしてやろう!」
「そうね。ギイちゃんとガアちゃんは、頑張ったんです。労ってやらなきゃ」
孝道と洋二が声を張り上げる。そして、みのりが続く。それに住人達が、続いていく。最後に、敏久達が立ち上がる。
涙を流したまま、賢明に笑顔をつくる。
その瞬間、病室は柔らかな光で包まれた。
☆ ☆ ☆
「ばあちゃ、ばあちゃ、ばあちゃ」
「ばあちゃ、ばあちゃ、ばあちゃ」
何度も呼んで、ギイ達はその姿を探す。そして、さくらを見つけだす。
ギイとガアは、さくらに抱き着いた。飛びついて来たギイとガアを、さくらはやさしく抱きしめる。
「頑張ったね。よく頑張った。あんた達は、いい子だよ。ほんとにいい子だ」
「ばあちゃ。いっしょ、いて」
「ばあちゃ。ずっといっしょにいて」
「あぁ、一緒にいるよ。ずっと一緒にいる」
「ギイ。ばあちゃ、だいすき!」
「ガアも。ばあちゃ、だいすき」
「あたしもだ。あたしも、ギイが大好きだよ。ガアが大好きだよ」
それは、目が覚めたら忘れてしまう、夢の一時では無い。
それは、触れれば消えてしまう、儚い幻では無い。
肉体が無ければ、交わす言葉が全てでは無かろう。通じるのは想い。
さくらは、常世から駆けつけた。抱きしめられ、その温かな心を感じる。求めて止まなかった、さくらの温もりを感じる。
それは、ギイとガアから、痛みの記憶を消していく。
ギイとガアは、目を細める。さくらは、柔らかな表情を浮かべる。
ただ、ただ、嬉しい。もう、言葉は不要だろう。
そして、もう一つ。ギイとガアの為に、常世と現世の壁を抜けた、魂が存在した。
その魂は、優しくギイとガアの頭を撫でる。その温もりに応え、ギイとガアは向き直る。
「よかったな、ギイ、ガア。よかったな」
「しぇんしぇ。ギイ、しぇんしぇのこえ、きこえた」
「ガアも。しぇんしぇ、ガアたち、はげました」
「そうか、偉いな。ちゃんと、別れが出来たな。頑張ったな」
「しぇんしぇ。ギイ、しゃべえる」
「しぇんしぇ。ガア、いっぱい、しゃべえる」
「あぁ、凄いな。お前達は、私の誇りだ」
いつもと変わらず、飛び跳ねる様にして話しをする、ギイとガアを見つめ、三笠は目を細めた。
そこは、優しさが溢れていた。そこは、温かさに包まれていた。
少し視線を落とせば、泣き崩れていた者達が、立ち上がろうとしている。
ギイとガアは、少し安心した様に微笑む。
それが全てを、物語っていたのかもしれない。
ギイとガアが、苦しみの最中で見せた笑顔、集まった者達へ告げた感謝の言葉。
それらは残された者達の、支えとなるだろう。
そして時が来れば、小さな二つの魂も、常世へと旅立つ。
その旅路には、さくらと三笠がいる。常世には、さくらの夫である敏則が待っている。
彼らの物語は、まだ終わらない。長い旅路の中で、楽しいは続くだろう。
病室の中に広がった柔らかな光が、徐々に薄れていく。そして、四つの魂は病室の中から消えていった。
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