第92話 慰霊

 敏久が寝台車の手配を行う。そして、ギイとガアを乗せて、信川村へと運んでいく。

 住人達は乗ってきたバスで、寝台車を先導する。それ以外の者はそれぞれの車で、その後を追う。


 勢い良く変わる風景とは対象的に、車内はとても静かであった。

 それぞれの中に有る、思い出を蘇らせ、ゆっくりと時間が過ぎる。

 信川村へと辿り着く頃には、夜が更けていた。


 集会場に遺体を安置すると、住人達はそれぞれの家に戻る。

 そして、翌日の早朝には、葬儀の準備を始めた。


 ほとんどの者達は、瞼の下に隈をつくっている。眠れない夜を過ごしたのだろう。

 それもそのはずだ。村にはギイとガアの思い出が詰まっている。ふっと視線をやると、そこにはギイとガアが走り回ってるかの様に幻視する。

 それを感じる度に、寂寥感が増す。


 皆の作業を行う姿は、さくらの時とは、少し雰囲気が違った。

 いつもと違い、周りをウロチョロしている子供達がいた。そのおかげで、重苦しい空気が、晴れた様な気がした。


 今回はその子供達がいない。ましてやここ一年で、三回目の葬儀である。


 信川村の住人達は、理解している。

 全員が、いつ倒れてもおかしくない。いつあの世に行くかわからない。

 だから送り、送られる覚悟が出来ている。


 しかし、子供が自分達よりも先に逝く事には慣れていない。耐えようもない寂しさが、心を締め付ける。

 子供達が村へ訪れる前に戻った様に、住人達は必要最低限の事しか口にしなかった。


 作業自体は慣れている。しかも準備は、自衛隊が補助をしてくれる。

 淡々と進み、昼過ぎには葬儀の準備が完了した。


 皆で軽い昼食を取ると、男衆は畑に向かい、女衆は各自の家で通夜振る舞いの準備に取り掛かる。

 時間はあっという間に過ぎる。


 皆が集会場に集まり、通夜振る舞いという名の、宴会が始まる。

 やはり前回と違うのは、集会場の空気が重い事だ。そんな時、息を吐くのは、やはり村のリーダーなのだろう。


「おい、お前等! 何をいつまでも、ふさぎ込んでやがる! 特にお前等だ! 敏久、洋子、敏和! お前等は、ギイ達の家族なんだろ! 家族なら、笑って送り出せよ!」


 強烈な一言であった。その言葉は、敏久達の心に深く突き刺さる。

 言われた事は尤もだ、頭では理解している。だけど、まだ整理がついていない。


 敏久と敏和は、ビジネスマンである。

 どれだけ落ち込もうが、表情に表さない技術を持っている。寧ろ、ビジネスマンとして、最低限のスキルと言えよう。

 その二人が、わかり易く表情に表すのは、相当の事だ。


 敏久と洋子は、口には出さなくとも、実孫が欲しいと願っていた。同時に不安も有った。

 父や母がそうであった様に、敏久も多忙である。孫を可愛がる暇など無い。場合によっては、顔を会わす機会すら、作るのが難しいだろう。


 さくらが可愛がっていたのは、単なるきっかけだ。ギイとガアを調べる度に、愛着が湧いたのは事実だ。

 だからこそ、家族になりたいと、心の底から思った。


 やっと家族になれた矢先に失った。その喪失感は計り知れない。

 さくらは、高齢だった。だから仕方無いと思えたのも、嘘では無い。

 だが、ギイとガアは違う。

 

 その喪失感は、共に過ごして来た村の住人達よりも、大きくのしかかってる事だろう。

 割り切れない思いに、苛まれているのだろう。僅かな間でも、ギイ達と共に暮らした敏和のショックは、更に大きいだろう。


 敏久等の浮かない表情は、自然と周囲に伝染していく。

 しかし、孝則は鼻息を荒くした。


「孝道! お前は言ったよな! ギイ達を祝うんだってよ! その言葉は嘘だったのか?」

「嘘な訳ないだろ!」

「だったら、下を向くな! あいつらは、優しい子なんだ。こんなんじゃあいつらは、俺達が心配で旅立てねぇよ!」


 ぶっきらぼうに言い放たれた言葉は、集まった者達の顔を上げさせた。


「親父に言われるまでない! わかってんだよ、そんな事!」

「孝道の言う通りだな。みんな、受け止めきれてないだけだ」

「そうね、正一君。あの子達の記憶が、残ってるんですもの」

「どこに行っても、あの子達が笑ってる姿が、見える気がするの」

「みのり、華子。俺も同じだ。たった半年だけど、あいつらは村の一部だ。でも、孝則の言う事も尤もだ。俺達がしょげた顔してたら、あいつらは心配しやがる」


 郷善の言葉は、正しい。

 ギイとガアを送る為に、村へ帰って来た。誰もが寂しい、誰もが辛い。

 しかしギイとガアは、もっと辛い事に耐えた。

 そんな子供達に、今の情けない顔は見せられまい。そんな資格など、誰にも有るまい。


「みんな! グラスを持て! 今夜は、飲み明かすぞ! あいつらを、笑って送り出す。あいつらに、いろんなものを貰ったから、だから安心できる様に送り出す! 乾杯だ!」


 喪主の敏久を差し置いて、孝道は乾杯の音頭を取る。本来であれば、乾杯という言葉は相応しくない。

 だが、乾杯でいいのだ。旅立ちの前祝なのだから。


 本来、粛々と行われるべき通夜振る舞いは、朝まで続いた。皆が、ギイとガアの事を語り明かした。

 そして、誰一人として眠らぬまま、しかも泥酔している様子を一欠けらも見せずに、葬儀の時間となる。

 葬儀には、海藤、カール、井川も参列した。


 そしてお経が終わり、別れとなる。そこからは、親族だけが焼き場へと向かう。普通ならば。


 今回は、全員で焼き場へ向かった。そして最後の別れを、全員で済ませた。

 別れの言葉は、何度も告げている。それ故か、皆が一様に同じ言葉を告げた。


「さくらと一緒に、幸せに慣れよ」


 それから精進落としに移る。昨夜とは打って変わって、賑やかなものになった。


 それは、精進落としでも、別れを惜しむ場でもない。まるで送別会の様な、雰囲気に包まれていた。

 飲んで騒いで楽しんで、おまけに蛍の光の大合唱が何度も行われる。

 自分達は大丈夫だと、ギイとガアに見せつける。


 二晩続けての宴会である。段々と、酔い潰れて寝始める者が現れる。

 そんな中、考え混む様にじっと黙って、食事に手を付けない者がいた。

 敏久が近づくと、その者は気配に気が付き、顔を向ける。


「隆君、君にも世話になったね」


 敏久の言葉に、隆は横に首を降る。


「さくらさんは、僕に勇気を下さいました。ギイさんとガアさんは、僕に希望を下さいました。僕にどんな恩返しが出来るか、ずっと考えてました」

「それで、考えは纏まったのかい?」

「はい。隆久さん、お願いします。僕に、ギイさんとガアさんの物語を書かせて下さい。彼らがここにいた事を、後世に残したいんです」


 隆は、真剣な眼差しをして頭を下げる。

 本来ならば、言語道断の願いだ。何の為に国が先導し、ギイとガアの存在を隠蔽したのだ。記録に残せば、国が国民を騙した事が明らかになる。

 それは、有ってはならない事だ。


 しかし敏久は、子供の戯言と切って捨てる事をしなかった。


「そっか。君は、どんな形の物語にしようと思うんだい?」

「絵本にしようと思います」

「確か、君は絵が上手かったね」

「はい。ギイさんとガアさんの愛らしさ、そして純真さを、僕の絵で表現したいです」

「そうか、良いアイデアだ」

「ギイさんとガアさんは、何も知らない、言葉も通じない世界で、種族の壁を乗り越えて来ました」

「それを絵本にするんだね。素晴らしいね、大人の事情は私が責任を持とう。完成したら、是非見せてくれないか?」

「はい。一番に持っていきます」


 かつて敏久は、母に関する事を、全て調べ上げた。それ故、隆の事も知っている、絵の才能も知っている。

 隆だからこそ出来た、提案だろう。敏久には、考えも付かなかった。


 そしてクミルは、そんな幸せな光景を見ながら、ぽつりと呟いた。


「ぎい、があ、よかったね。たくさん、あいされた」

「そうだな、クミル」

「としかずさん?」

「なあ。あいつ等は幸せだったよな?」


 クミルの呟きに、敏和が反応した時だった。


「クミリュ、としかじゅ。ギイ、しああせ」

「クミリュ、としかじゅ。しああせ、なって」


 振り向いても、そこには誰もいない。しかし、声が聞こえた気がした。

 その声と共に、クミルの心に感情が流れ込む。

 

 その感情を、一言で言い合わすなら、感謝。それは、ギイとガアが最後に残した想いなのだろう。

 それを知ってか知らずか、敏和が再び口を開く。

 

「なあ、クミル。俺は兄貴だからな。ギイとガアの、代わりって訳じゃ無い。だけど、これから俺が一緒に居る。駄目か?」

「いいえ、うれしい」

「これからも、宜しくな」

「こちらこそ」


 彼らの物語も、続いていく。

 時代が移り、人が変わり、文化も変化を遂げる。その中で、廃れていくものも有るのだろう。

 変わらないとすれば、心の在り方かも知れない。どんな時代でさえ、仲間を、家族を想う心は変わらないのだから。

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