第82話 報いる為に

 初七日の法要を終え、四十九日の法要が訪れる頃には、山が赤く染まっていた。

 また、朝と夕の日を浴びて、更にコントラストを鮮やかにする。


 道には落ち葉が増え、柔らかなクッションとなる。足を踏み出すごとに、カサリカサリと音を立てる。


 四十九日の法要と共に、納骨式を行う。そしてさくらの骨は、信川村で管理している墓地に収められる。

 各法要には、親族の敏久達を始め、村人全員が参加した。


 納骨式を終えて、集会所に向かう途中、皆それぞれが他愛もない話しをした。

 そんな中で、敏久が養子に関する進捗を、クミルに聞かせる。


「クミル。例の話しは、もう少し待ってくれるかな? 今、阿沼さんと調整してるからね」

「としひささん。ありがとう、ございます」

「なんだクミル。とうとう、社長の息子か? 安泰じゃねぇか」

「ごうぜんさん、すこし、ちがう。わたし、このむらのみなさん、としひささん、さくらさん、ごおん、かえす」

「けっ、真面目な野郎だ」

「そうだぜクミル。貰えるもんは、もらっとけ! 甘えられる時には、甘えとけ!」

「良いこと言うぜ、孝則! どうせいつまでも、甘えちゃられねぇんだ」


 会話に混ざり、悪乗りを始める孝則と郷善を、敏久は咎める事なく、笑って見守る。


 孝則と郷善には、法要等で数回ほど顔を合わせただけ。だが、彼らの明け透け無い態度は、敏久にとって好ましいものだった。

 この村では、腹の探り合いをする必要がない。それだけでも、心が休まる。


 兄弟がいたら、こんな感じだろうか? 少し羨ましく感じながらも、敏久は歩みを進める。

 

「二人共、その位にして下さいな。もし、クミルさんが東京に行ったら、寂しがるんでしょ?」

「うるせぇな、みのり! 生憎おれは、そんな高尚な感情を、持ち合わせちゃいねぇんだよ!」

「気にすんなよ、みのり。先生が居なくなって、孝則の奴が一番のジジイになったんだ。そろそろ、ボケ始めても、おかしかねぇ!」

「てめぇ、調子に乗るんじゃねぇ!」


 互いにヒートアップした所で、喧嘩になりはしない。血圧が上がり、貞江に叱られるのがオチだ。だから皆、平然としている。

 ギイとガアでさえ、気にも留めずに、隆と会話をしている。これも、一つの在り方だ。

 そう思うと、楽しくなってくる。


「ははっ、ははははっ」

「何だよ、どうしたんだ、親父?」

「敏和。思えばお前とは、親子喧嘩をした事が無かったな」

「何だよ。言い合いなら、いつもしてるだろ?」

「それは討論だ、喧嘩じゃない。見ろ、あれが口喧嘩だ! わかるか? 互いに信頼しているから、遠慮なくぶつけ合える。凄い事だと、思わないか?」 

「親父。わかるけどさ、その位にしてやれよ」


 孝則と郷善は、顔を赤くして黙り込む。

 さもありなん、敏久が大声で語ったのは、笑いのネタを解説する様なものだ。やられる側は、羞恥に耐えられまい。

 対して、それを見ていた村の面々は、口々に賞賛の声を上げる。


「村長、郷善さん。旦那の勝ちだな!」

「幸三さん。大企業の社長だぞ! 親父が太刀打ち出来るかよ!」

「それもそうだな」

「それにしても、あんな簡単に止めるとはね」

「私も真似してみようかしら」

「That’s amathing!」

「You are the Man!」


 ヘンゲル夫妻が、大袈裟なジェスチャーと共に、英語を発した所で、一同に笑いが起きる。

 

 やはり温かい村だ。優しい人達だ。この人達なら、母の最後の願いを叶えてくれるかも知れない。

 敏則は思い立った様に、孝則達に視線を向ける。そして、真剣な面持ちで、口を開いた。


「村長、郷善さん。集会所に着いたら、皆さんに提案があります」


 敏久の表情をじっと見つめた後、孝則と郷善は視線を交わした。


 さくらの葬儀以前から、親族たちには悪い印象を持っていない。

 寧ろ、クミル、ギイ、ガアの為に、積極的になろうとしている様子は、好印象すら感じる。


 特に敏久は、あのさくらが、会社を託した男だ。この男の言葉は、信用しても良いのかも知れない。

 孝則等には、そんな期待が芽生えていた。


 ☆ ☆ ☆


 集会場に着き、敏久の挨拶で会食が始まる。そして、歓談が終わる頃、敏久が席を立ち、衆目を集めた。

 すかさず、息子の敏和が皆に資料を配る。


 資料は、弱った目でも読める様に、極めて文字が大きい。そして、絵や図柄が入り、一読しただけでも、理解し易い出来になっている。

 概要に関しては、周知の事実だ。しかし孝則だけは、敏久を睨め付けた。


「おい、敏久よ。信川村再生計画案ってのは、どういう事だ」


 元々さくらを村に招いたのは、それが目的だ。それには、宮川グループが深く関わっている。

 そんな事は、孝則で無くとも知っている。


 しかし、再開発を行うには、様々な検討を重ね、計画案を策定し、知事の認可を得る必要が有る。


 今は認可の段階では無い。しかも、具体的な計画の打ち合わせすら、出来てない。

 それなのに何故、計画案なんて物が、出来上がっている?


「あんたは、もう少しわかってると思ったが、違ったか?」


 少なくとも、さくらが村に来て直ぐに、インフラ整備を行った。

 これから行おうとしているのは、インフラ整備の比ではない程、莫大な金と時間が必要な案件だ。

 しかも、調査隊による規制が行われている。だから、計画を進める事が出来なかった。


「我社の商品を、皆さんにモニターして頂いているのは、ご存知かと思います」

「それが、どうした? この再生計画も、あんた等のビジネスにしようってか?」

「ご察しの通りです」 

「てめぇ! 幾らさくらの息子だからって、勝手な事はさせねぇぞ!」


 孝則は勢い良く立ち上がると、敏久の胸ぐらを掴む。

 一触即発の雰囲気に、流石の郷善も止めようと立ち上がる。

 しかし敏久は、首を横に振り、郷善を制する。そして、説明を続けた。


「そもそも我々が、単に事業の一環として、信川村に関わったとお思いですか?」

「それは……」

「インフラ整備の際、舗装工事は行いませんでした。用水路は改修のみに留めました。それに対し、電線を埋設しました。通信設備を新設しました」

「それがどうした? それは、俺が納得した事だ!」

「母が計画したのなら、こんな中途半端な結果にはならない! この現状は、過程に過ぎない!」


 敏久は、孝則の手を振り払うと、声を大にした。そして周囲を見渡すと、思いの丈をぶつける。


「母は、この美しい風景を愛していた! この美しい村を、このままの形で残したかった! 母が旅立ち、計画が頓挫としたと、お思いですか? 現状の規制が皆さんを縛り付けていると、本気でお考えですか? 我々は、宮川さくらが残した物を、その意思を継ぐべきだと思いませんか?」


 気がつけば敏久は、怒鳴る様に声を張り上げていた。

 怒鳴り声なら、散々耳にしている住人達でも、敏久の迫力に圧倒されていた。

 それ以上に、敏久の言葉は、住人達の心を揺さぶる。


 住人達が協力的であったのは、さくらの考えに賛同したからだ。

 今更どうして、反対などしようか? ここに居るのは皆、さくらの思いを継ぐ者達なのだから。

 

 静まり返る集会場で、敏久は再び口を開いた。


 ☆ ☆ ☆


 ここに住んでいるのは、全員が六十歳を超えている。確かに、最新の設備を村に導入すれば、年老いた世代が暮らしやすくなる。

 それも、一つの街づくりだ。


 だが、この村にあるのは、世界から、いや日本からも消えようとしている、自然という宝だ。

 この村が、昔の姿そのままで残ったのは、奇跡に近い。


 また、自然と共に生きる村は、一見すると不便かもしれない。

 だがその不便さこそが、現代に蔓延る病を癒す。


 三堂隆の件は、奇跡かもしれない。クミル、ギイ、ガアが、奇跡の一端を担ったのかもしれない。

 しかし、この村の自然が彼を癒した。そうは思えないだろうか。


「この村と、この自然は、次世代に残さなければならないのです!」


 そして息子の敏和が、父に続いて口を開く。


 クミル、ギイ、ガアの三名が、異なる世界からこの村に訪れたのは、果たして偶然なのか?

 もし、彼らが現れたのが東京であったら、穏やかな生活が出来ただろうか?

 日本人とコミュニケーションを図り、友好的な関係を築けただろうか?


 祖母が異なる世界に呼ばれた事、彼らがこの村へ現れたのは、必然としか思えない。

 ならば、異なる世界の住民が、安心して暮らせる村は、決して無くしてはならない。


 ☆ ☆ ☆


 敏和の熱弁が終わる頃に合わせ、敏久は鞄の中から一つの資料を取り出す。そして、皆が見える様に掲げた。


「これは、母のPCに残っていたデータを、印刷した物です。皆さんにご覧頂いているのは、これを纏めただけに過ぎません」

 

 この瞬間、孝則は江藤と佐川に視線を送った。

 江藤は、さくらの指示を受けて、行動していた。佐川は何度か、さくらに同行して、県議員等と協議を重ねた事が有る。


 村長として、その位は把握している。

 この二人なら、敏久が提示した資料を、確認出来るのではないか?

 

 孝則の視線に応える様に、江藤は立ち上がると、敏久から資料を受け取る。その後、佐川に資料を渡す。

 資料に目を通した二人は、順に口を開いた。

 

「確かに、さくらさんの作成した物です」

「さくらさんが仄めかしていたのを、覚えてます」

「江藤、佐川! そんな大事な事を、何で言わなかった!」

「誤解しないで下さい。調査が万全ではなかったので、話す段階ではなかったんです」

「あぁ? 江藤、どういう事だ?」

「私は、さくらさんと一緒に、村中を回りました。水質、地質から始まり、色んなものを調査しました。そして、どんな方なら村に呼べるかを、検討していました」

「村に呼ぶ?」

「そうです。例えば、川近くで採取出来る土は、陶芸に向いています。他にも、どんなものなら売れるか。どんな業態なら、環境を壊さずに営業が出来るか。人口増加、企業誘致等の側面も含めて、調査を進めていました」

「はぁ。ほんとに、あいつは」


 江藤から説明を聞いた孝則は、ため息交じりに呟いた。

 

 確かに、ギイ達が訪れてから、色々な事が起きた。それに対して不満はない。只々面倒、それだけだ。

 悔いるとすれば、計画自体を任せ切りにした事だ。

 

「情けねえよ。ぎゃあぎゃあと、ガキみてぇに騒いでよ。すまねぇ、敏久」


 胸ぐらを掴んだ非礼を詫びる様に、孝則は頭を下げる。

 気にしていないと言わんばかりに、柔らかな笑みを浮かべると、敏久は居住まいを正した。


「今ここにいる皆さんが、暮らし辛くなる事は、決して行いません。皆さんの幸せを先に考える事が、重要なのだと考えています。どうか、我々に力をお貸しください。母を受け入れて下さり、母と共に歩んで下さり、母を看取って下さった皆様に、恩を返させて下さい」


 敏久は全てを言い終わると、頭を畳にこすりつけた。敏和と洋子も、敏久の後に続いた。


 さくらには、返しきれない恩が有る。そのさくらが村に残した遺産を、無下に出来ない。首を横に、振れるはずがない。


「ありがとうな、敏久。さくらに世話になったのは、俺達の方だ。俺達こそ、さくらに恩返しをしなくちゃならねぇよ。だから改めて、こちらからお願いする。手伝わせてくれ。その計画をよ」

「ギイ。てつだうよ」

「ガアも、てつだう」

「ギイ、ガア。お前等もやる気か?」

「あい!」

「あい、あい!」

「決まりだ! じゃあみんな、乾杯だ! 今日が新しい信川村の始まりだ!」


 そして、再び賑やかな酒盛りが始まる。


 環境は変化していくだろう。それでも、ここにいる仲間達となら、乗り越えていける。

 この夜、皆が夢を見た。輝ける未来の夢を。

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