第81話 積み重ねていく事

「クミリュ、ごはん、たべよ」

「たきゃみち、まってる。はやく、たべう」


 丁度、三名の意思が纏まった所で、ギイが食事を促す。余り時間が無いとばかりに、ガアが急かす。

 

「そうだね。たべよう」


 一人欠けただけで、食卓が酷く寂しく感じる。

 その寂しさを補おうと、ギイとガアは明るく努めた。


「ギイ。クミリュ、りょうりすき」

「ガア。たまごやき、すき」

「ギイ。おみそしう、すき」

「ガア。おつけもの、すき」


 それは、嘘偽りの無い、純粋な気持ち。だからこそ、言われると嬉しくなる。


 ギイとガアからは、いつも真っ直ぐな感情が、伝わってくる。

 一緒に生活をし初めて、彼から色々な事を学んだ。


 共にさくらさんという、恩人に救われた。そして彼らは、さくらさんを母の様に慕った。

 彼らは少しでも、さくらさんの姿が見えないと、寂しがった。また、とても甘えた。


 それは、子供らしい行動かも知れない。しかし、彼らは人間ではない、ゴブリンだ。

 凡そ人間の常識が、当てはまらないと思える存在。狡猾で残忍で、人を襲い喰らう害獣の一種だ。

 

 ゴブリンが人に従う、それが最初の驚きだった。


 彼らの心が読めなかったら、自分でさえも、彼らの行動を疑ったはずだ。

 従う振りをして油断させ、背後から襲うと。


 今ならわかる。さくらさんだから、ギイとガアが心を開いた。

 そしてギイとガアも、特別な存在だ。


 ゴブリンは、賢い種族だ。他の害獣と違って、人が作った罠を潜り抜ける。

 だから、ギイとガアが、賢いのも頷ける。


 賢くても、特別だとは思わない。彼らが他と違うのは、心の在り方だ。


 あの時、彼らの集落は壊滅した。酷く不安な精神状態で、差し出された手を握った。

 その状況なら、母の様に思うのも、仕方がない。


 しかし彼らの、さくらさんに対する気持ちは、単なる親愛では無い。

 恩を返したい。その一念が、彼らに言葉を覚えさせ、人間の風習に慣れされた。

 

 また彼らは、他の命を奪い生きてきたからなのか、生きる糧になる作物を大切に扱った。

 

 もし先入観が無く、生きる為に殺し合う必要も無ければ。ゴブリンと人間は、友人として手を取り合える。

 その結果がここに有る。


 元の世界で、この事実を知れば、誰もが驚愕したと思う。


 ☆ ☆ ☆


 かつて、私がいた世界では、生まれながらに、身分と役目が定められていた。

 全ては神から与えられた、力により決まる。


 利用価値の高い力を持っていれば、高い地位となり豊かな生活が保障される。


 私の様に、人の感情が読めても、その力が小さければ、役に立つとみなされない。

 そして、多くの役立たずは、奴隷の様に働かされる。例え死んでも、顧みられる事がない。


 それが嫌で肉体を鍛え、冒険者になろうとする者もいる。

 冒険者を保護する組合が有る位だ。それなりに需要が有る職業なのだろう。

 しかし、冒険者になっても、自由は手に入らない。ましてや、力の適正が無ければ、命を落とす。


 商人の小間使いとして、命懸けで獣を狩り、雀の涙程の金銭を得る。狩りの最中に死のうが、誰も心配する事は無い。

 結局、奴隷は奴隷にしか成り得ない。


 また冒険者となり、生きて引退をした者はいない。

 だから、冒険者になる者達は、最初に言われる言葉が有るという。


「お前等が、何処から逃げてきたかなんて、関係ない。冒険者になっても、お前等の様な存在が、ベッドで眠れると思うなよ! 畑や山の連中より、少しましだなんて、勘違いもするなよ! 飢えて死なないだけだ!」


 安全を取るか、生活を取るか。どちらを選択しても、死は隣に存在した。


 誰が飢えて倒れるか、わからない。

 小さい子や、年老いた両親が病気になっても、治す事は出来ない。だから、死ぬのを待つしかない。


 それこそ、病気にかける金があれば、少しでも自分の腹を満たす。

 それが常識であった。


 だから死んでも、悼まない。寧ろ、そんな余裕が無い。

 掘って埋めて、それで終わり。

 

 冒険者達の死に様は、もっと酷い。

 死体が回収される事が無い。埋められる事もなく、打ち捨てられて獣の餌となる。


 食うか食われるか。

 森を住処としていたゴブリンならば、人間より遥かに厳しい生活をしていただろう。


 でも、この世界は違う。この村は違う。ここには優しさが溢れている。

 だからこそ、死んだ者を慈しむ。病気を医者が治療する。生を全うしようと、各々が奮闘する。


 だから、前を向かなくちゃいけないんだ。

 それは、自分の為にも、ギイとガアの為にも、さくらさんへの恩を返す為にも。


 ☆ ☆ ☆


 ギイとガアが喋りかける間、クミルは思い耽っていた。

 いつもと違い、素っ気ない相槌を繰り返す。時折、箸が止まる。固まった様に、動かなくなる。

 しかしギイとガアは、喋りかけるのを止めなかった。


 漠然でも、ギイ達はわかっているのだろう。

 

 人間は、考え込む時に表情が変わる。多分、解決するか、しないかで、変わるのだろう。

 そして、クミルの表情は暗くない。


 だから、心配は要らない、大丈夫。


 先に食べ終えたギイとガアは、クミルが食べ終わるのを待つ。話しかけつつも、決して急かさない。


 孝道から、食事をしたら直に帰って来いとは、言われていない。

 直に飛んで行けば、ちゃんと休憩しろと叱られる。

 時間は、充分に有る。焦る事は無い。だから、待てる。


 それは、短いながらも築き上げた、信頼なのかも知れない。

 そんな信頼に応える様に、クミルはすっと顔を上げた。


「ねぇ。ギイ、ガア。たかみちさん、いっぱい、おしえてくれる」

「ギイ。たきゃみち、すき」 

「ガアも」

「そうだね」


 クミルは目を細めると、優しくギイとガアの頭を撫でる。


「いつか、いちにんまえ、なりたい、おもう?」

「ギイ、おもう」

「ガアもおもう」

「わたしたち、いちにんまえなる。じぶんたち、はたけもつ、どう?」

「ギイ。やりたい」

「ガアもやりたい。ばあちゃ、おそなえ、すりゅ」

「ギイ、ガア。ありがとう。わたし、すぐ、たべる。かたづけよ」


 意欲を示すギイとガアの頭を、クミルは再び撫でた。

 そしてクミルは、勢い良くご飯をかきこむ。続いて、味噌汁で喉の奥へと流す。

 クミルが食べ終わると、ギイとガアは勢い良く立ち上がった。


「ギイ。おさら、もってく」

「ガア。おさら、ふく」

「ギイ。ちゃぶじゃい、ふく」

「ガア。ちゃぶじゃい、すみ、やる」


 手分けをすれば、あっという間に片付けが終わる。

 そして、さくらの位牌に手を合わせると、畑へ向かった。

 

 クミルを中心にして、手を繋ぎ歩く。

 手を振って歩くだけで、心が軽やかになる。ギイとガアに釣られる様に、クミルの顔が綻ぶ。

 

 丁度、郷善の畑を、通り過ぎようとした時だった。

 畑の方から、大きな声が聞こえた。


「おい! ギイ、ガア! 今日はこっちだ!」

「ぎょーぜん?」

「郷善だ! 練習したんじゃねぇのか!」

「ぎょうじぇん!」

「練習が足んねぇなぁ、ギイ。後、さんをつけろ!」

「ぎょうじぇんしゃん?」

「ギイ、ごうじぇんよ」

「微妙に惜しいな、ガア」


 上手く呼べない名前を注意しつつ、郷善は歩み寄って来る。


「収穫が有るんだよ。ライカは正一、マーサは隆子の所へ、手伝いに行かせた。クミル、お前は孝道を手伝え。ギイ、ガア。お前らはセットで、夕方まで俺の手伝いだ」

「ギイ。おひるから、たきゃし、いえ、いくよ」

「ガアもよ。たきゃし、てつだうよ」

「そっちは、みのりが行ってくれる」


 突然に予定が変わり、ギイとガアは不安そうな表情を浮かべた。

 しかし、次の一言で、ぱあっと笑顔に変わる。


「お前らは、もう戦力なんだ! 収穫が優先だ!」

「ギイ。やく、たつ?」

「ガア。いちにんまえ?」

「馬鹿野郎、調子に乗んな! 役には立ってるけど、一人前じゃねぇ!」

「ギイ。ぎょうぜんしゃん、やく、たつよ!」

「ガアも、ごうじぇんしゃん、やく、たつよ!」

「おう! こき使ってやるから、覚悟しとけ!」


 恐らく、朝食時に言ったクミルの言葉が、頭に残っていたのだろう。

 ギイとガアは、ぴょんぴょんと郷善の周りを飛び跳ねる。


「ギイ、ガア。よかったね」

「他人事みてぇに、言ってんじゃねぇぞ、クミル! てめぇは、孝道にしごかれて来い!」

「わかりました、ごうぜんさん!」

 

 郷善から話しかけて来る様になったのは、村に来て暫く経ってからだ。それまでは、目も合わせようとしなかった。

 それが今では、戦力だと言ってくれる迄になった。

 これも、積み重ねた結果なのだろう。


 荒っぽい言葉の裏に隠された、溢れる程の優しさを受け取り、クミルは笑みを深めた。

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