第32話 暴かれた秘密
事前の予定なら、今頃は山での撮影を終え、役場へ戻り食レポも済んでいる。
昼が過ぎてから、ようやく撮影が始まった。
太郎と三郎、それに幸三を先頭に、一行は山へと足を踏み入れる。
山菜の取れる場所は、麓に近い。それでも、多少の傾斜は有る。ここでの洋二は、実に紳士的であった。
パンプスを履いたリポーターを気遣うだけでなく、スタッフにまで注意を払う。そして山の植物、採れる山菜やキノコなどを、詳しく紹介する。
洋二の活躍で、撮影は順調に進んだ。
一通りの撮影を終えると、休憩を挟む。
休憩の時点で、関は既に息切れをしている、リポーターも限界だろう。その後は、洋二とカメラを担いだスタッフだけで山を登り、他の面子は幸三を先頭に、山を下りる事になった。
基本的に、人見知りの激しい幸三は、積極的にコミュニケーションを図るタイプではない。特に、関には悪印象を持っている、何を問われても口を開く事はない。
また撮影の為、緩やかな坂を登り下りした。体を動かす習慣の少ない都会の人間には、辛かったのだろう。
ぜぇぜぇと呼吸を乱し、悪態をつく余裕が関には無かった。
山から下りて来た関を見やると、佐川は鼻で笑う。
完全に主導権は、老人達に握られた。この状況は、関の望む物では無かった。
関は、一緒に下りて来たスタッフを呼ぶと、耳打ちする。
「いいか。何が何でも、トラブルを起こせ。後は、編集で何とかする」
実の所、当初予定していた撮影は、上々の出来であった。
洋二の丁寧な説明、そしてぶっつけ本番の割に、良いリアクションをするマネージャー。二人のやり取りで、それなりに面白い映像が撮れたと、関は感じていた。
ただしそれは、番組の目的であって、関の目的ではない。
この村に住む、宮川さくらという人物を引っ張り出す。そして、難癖をつけて、トラブルを起こさせる。
それを、上場企業の元会長ご乱心とでも、銘を打って放送すれば、騒ぎになる。
言わば、コンプライアンスのしっかりした企業の、牙城を崩す事さえ出来れば、根も葉もない噂など、簡単に広まる。
しかし関の思惑は、孝則によって阻止される。孝則という男は、それほど甘くは無い。
暫く待つと、熊の痕跡を撮影しに登った、洋二とスタッフが下りて来る。
山に慣れている洋二は、特に疲れた様子を見せていない。また、若さ故と言った所だろうか、スタッフは多少の疲れを見せているものの、元気な様子であった。
「関さん、凄いっすよ! 熊の足跡だけじゃなくて、爪痕までバッチリっすよ!」
「ひろしぃ、なに興奮してんだ馬鹿野郎!」
報告の為に近寄って来たスタッフを、関は苛立った様子で足蹴にする。
そして、スタッフからカメラをひったくると、撮影内容を確認する。
「とりま、ロケバスの中で寝てる、馬鹿を起こせ。冒頭は馬鹿でいく」
「繋がります?」
「繋がるか、馬鹿! 台詞は変えとけ、後はアテレコだな。そのまま馬鹿には、食レポさせろ」
「了解」
山から下りると、冒頭の挨拶を撮影する。それが終わると、片付けて役場へ移動となる。
出番の終わった幸三と洋二は、そのまま自宅へと戻る。佐川はロケバスに乗って、役場へ向かった。
役場では、みのりが準備を整えていた。
使う者が少なくなった、役場の二階に有る食堂で、地元料理が振舞われる。そして、食レポの撮影も順調に進む。
食レポの最中、村の撮影を願い出たり、さくらの話題を振ったり、孝則らを挑発したりと、関は様々な策を弄した。
しかし孝則は、たった一言で、関を一蹴した。
「関と言ったな。お前達の酷い対応を、TV局と番組制作会社に報告した。謝罪は、後日改めるとの事だ。これ以上は無い。言っている意味がわかるよな?」
特ダネを作り出す以前に、自分の社会的地位も危うくなったのだ。
関は、歯噛みをする。その憤りは、表情にも現れる。ただ、最後まで撮影を続けたのは、プロとして意地だろう。
しかし、全てはこの瞬間に、終わりを告げたのだ。誰もがそう思った。
予定していた撮影が終わる。
そして、撮影の終了と同時に、関の態度が一変する。サングラスを外し、深々と頭を下げて、非礼を詫びた。
それは、クレームを入れた事で、態度を変えたのだと、孝則らは理解した。
全てが順調とは言えなかった。だが、何とか無難に過ぎたはず。関から謝罪を受けた事も大きかったのだろう。
孝則らが安堵したのは、言うまでも無い。
謝罪を受けたなら、それ以上は追及しまいと、孝則は取材班を遅い昼食に誘う。元々、食レポ用だけでなく、スタッフ全員分の食事を用意して有る。
ただ安堵と共に、ほんの僅かな油断が有ったのだろう。
食事が始まると、関は世間話を交えて、その場を盛り上げた。
孝則らは、態度の変化を疑う事は無かった。この油断こそが、致命的となる。
少し経った頃、関はスタッフの一人を見やる。すると、スタッフは立ち上がり、孝則に声をかけた。
「トイレ借りていいっすか?」
「ひろし。失礼だぞ!」
「いや、構わねぇよ。一階の奥だ、案内するか?」
「いや、いいっすよ」
スタッフの一人、ひろしと呼ばれた男の行動で、状況は一変した。
関は、最初から狙っていたのかも知れない。万が一、目論見が外れた場合の事を。
また、ひろしが特殊な技術を持っている事は、関しか知らない。
ひろしがトイレに向かった後、関はもう一人のスタッフに、さり気なく視線を送る。
「食事中に、すみません。俺もトイレに」
「ったく、先に済ましとけよ。村長さん、申し訳ありませんねぇ。二人も外す事になっちゃて」
「気にすんな、行かせてやれ」
トイレは一階廊下の奥に有る。その途中には、事務所の扉が有る。
もう一人のスタッフ、山口が一階へ下っていくと、ひろしが針金を使って、錠を開けている姿が見えた。
山口は、思わず声を上げそうになる。しかし山口は、必死に声を押し殺した。
普段から関に圧力をかけられ、精神的支配下に置かれていた為、耐えられたのだろう。
山口は、口を閉じたまま、静かにひろしへ近づく。
そして、ひろしが錠をこじ開けたのを確認すると、一緒に事務所の中に入っていった。
「あんまり時間はかけれないから、素早く済まそう」
ひろしは、声を潜めて山口に話しかける。山口は軽く頷いて、書棚に向かった。
山口が書棚を漁っている間、ひろしはPCを操作しようと、孝則の席に近づく。
その時だった。ひろしは、机の上に置きっぱなしになっている、スマートフォンを見つける。そして、何の気なしにスリープモードを解除し、アルバムデータを閲覧した。
次の瞬間、ひろしは目を見開いて、固まっていた。
ほんの数秒だろうか。
ひろしが、目を見開いてスマートフォンを握りしめているのに、山口が気が付く。
「何か見つけ」
「山口。データを移し終わるまで、お前は見張ってろ!」
山口が声をかけようとした所で、我に返ったのだろう。山口の言葉を遮るように、ひろしは言い放つ。
ひろしは、関の個人PCアドレスを宛てに、写真データを送る。そして、元の位置にスマートフォンを置くと、確認する為にSNSを利用して、関に連絡をメッセージを送った。
一方、メッセージを受け取った関は、重要な連絡かもしれないと、孝則に断りを入れて席を外した。
スマートフォンを使い、自宅に有るPCのメールを閲覧すると、とんでもない写真が届いている。
関は驚きの余り、声を上げそうになる。だが、必死に堪えた。
ベッドに眠る、見た事もない二匹の生き物。
関は、それが何なのか、理解が出来なかった。しかし、作り物の写真では無い事は、直ぐに理解した。
ひろしへ戻る様にメッセージを送ると、元の表情を作りテーブルへと戻った。
スタッフの二人が帰って来るなり、関は次の予定を仄めかして、食堂を後にする。
ロケバスに乗り込む前に、関は再度非礼を詫び、丁寧に礼をする。
そして、ロケバスは役場前から去って行く。車内では関が、興奮しながら電話をかけていた。
「特ダネだ! 世界がひっくり返るぞ! UMAだよ、モノホンの未確認生物だ! この村に、居るんだよ。日時と時間も入ってる。最近の写真だ、作りもんじゃねぇぞ!」
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