第33話 偏向報道
異変に気が付いたのは、江藤であった。
夕食を終えた江藤は、ネットのニュースを漁っていた。その中に、とんでもない記事を見つけた。
怪異! 日本にUMAは存在した!
明らかに、ゴシップ記事と思われる見出しで有る。
これが、ただのブロガーが作成した記事で有れば、気にも留めなかっただろう。しかし、江藤が閲覧していたのは、キー局と呼ばれる大手テレビ局が配信している、ネットニュースである。
如何にTV局と言えど、あからさまなゴシップを報道する事は無いだろう。
しかし、UMAなど現実には存在しない。最近のTV局は、でっち上げもするのか?
いや、流石にそれは無いだろう。だったら、この記事は何だ?
見出しだけでは、疑念を感じるのも仕方があるまい。また江藤の中では、タイトルのUMAと、ギイ達が結びついていなかった。
何故なら、順調に撮影が終了した旨の報告を、孝則から受けていたからだ。
そう、記事を読むまでは。
☆ ☆ ☆
この日本には、地図に載らない村が存在している。
その村は、同県の住人でさえも、知る者が少ない。また、その村は姥捨て山と呼ばれ、高齢者だけが住むと噂されています。
訪れる者が無く、秘境と化したその村に、当局の取材班が突入しました。
村の景観は、廃村そのものでした。廃ビルが並び、その奥には廃れた商店街が、放置されています。
恐らく、廃ビルの撤去や再開発資金の捻出以前に、新規参入企業が存在しないのでしょう。
実際に、この様な限界集落は、日本全国に幾つか存在しています。限界集落が抱える問題は、住民が離れていく事だけでは無く、不随する事態が過疎に拍車をかけています。
例えば、当の村に行くには、細い山道を一時間ほど通らなければなりません。無論、電車は通っていません。
交通の便が悪い事は、過疎化の一因となっているでしょう。
また、生活環境や経済状態の悪化は、各地の限界集落でも顕著に表れています。それに加え、産業の発展を見込めない。
これは、都市集中型における負の産物と言えるでしょう。
取材班が調査を進めると、住人が存在する証拠を見つけます。それは、トマト等の夏野菜が実りを付ける、畑でした。
住人達は、自足自給の生活をしているのでしょう。
調査を開始して一時間が過ぎ、ようやく取材班は住民を見つけます。住民達は、噂通り高齢者ばかりでした。
この時、接触を試みた取材班は、酷い脅迫を受けます。
取材班は、住民達の激昂ぶりに、違和感を感じました。
もし排他的感覚を持っているならば、村から排除しようと試みるはず。住民達の反応は、それとは全く異なっていました。
住民達は、取材班を軟禁すべく取り囲みます。強引に脱出を試みれば、怪我をさせる恐れがあります。
仕方なく取材班は、住民達の言うがままに、とある建物に足を踏み入れました。
違和感を感じていた取材班は、監視の目を掻い潜り、建物内部の調査を敢行しました。
そこで、取材班はとんでもない物を目にします。それがこの写真です。
写真が合成でない事は、専門的知識が有れば理解が出来るでしょう。
明らかに人間ではない。だが、動物でもない。人間によく似た、何かとしか言いようが無い。
その正体は何か。日本はおろか、世界中どこを探しても、こんな生き物は存在しません。
この存在を、生物学的に証明する事も、出来ないでしょう。
それこそ、閉鎖された村を隠れ蓑に、違法な動物実験をしているとしか、考えられません。
住民達の激昂ぶりや、取材班を軟禁しようと試みた事を考えれば、妥当な推論でしょう。そして何かしら力を持った組織が、背後に存在すると見て間違いは無いでしょう。
命の危険を感じた取材班は、直ぐに村から脱出しました。そして、この異常な事態を世に送り出す為、命がけで証拠を局に届けたのです。
この日本の中で、何か得体の知れない計画が進んでいます。我々は、真相を明らかにする必要が有ります。
取材班は、今後も調査を続ける予定です。続報が入り次第、速やかに情報をお届けします。
我々は、真実をお届けし続けます。
☆ ☆ ☆
記事の内容は、根も葉もない嘘で塗り固められていた。だが、信憑性を高める為に、幾つかの写真が付けられている。
実態を知らない者が読めば、それを事実だと誤認しかねない。
場所までは明示されていない。だが、記事に添えられた廃ビルや、放棄された商店街跡の写真は、この村の物である。
また近隣の住民は、姥捨て山という表記で、信川村だと断定するだろう。
脅迫や軟禁の事実は無い。しかし、幸三が殴りかかろうとしている所、孝則が威圧的な態度でスタッフに迫る姿が、写真になっている。
激昂と誤認してもおかしくはない。
何より一番の問題は、ギイとガアがベッドに寝ている写真だ。しかも念入りに、寝返りを打つ姿までが、掲載されている。
商店街や、幸三らの写真は、今回撮影した映像を切り取ったのだろう。
しかし、ギイとガアに関しては、どうやって入手したのだ?
少なくとも、漏洩する様なミスは、犯していないはずだ。
記事にざっと目を通した江藤の顔は、真っ青に染まっていた。また、酷く混乱をしていた。
しかし江藤は、直ぐに我に返る。
自分の勤める会社の社長宛に電話をかけ、子細を報告する。報告を終えると、村のネットワークを使い、住民全員に警告した。
緊急事態発生! 全員、TVを見る様に!
何人かは警告に気が付き、TVを点ける。そして報道の内容に唖然とし、他の住人へと連絡をする。
偏向報道も甚だしい内容の放送が、夕方の番組を席捲していたのだ。村中が混乱し始めていた。
これは、酷く悪質な手口だと言えよう。
幸三が殴りかかろうとした一部だけが切り取られ、暴行を受けた証拠として映像が流された。
脅迫を受けた証拠として、孝則の映像が流された。孝則の映像に関しては、幸三よりも酷いと言えよう。
食レポの最中にした発言の一部を切り取り、電話で苦情を入れた際に録音した音声の一部を加えて、あたかも一方的に脅している様な映像を作り上げたのだ。
当然ながら、これらの映像に当事者の関は、一切映っていない。
編集した映像で、記事に信憑性を持たせ、報道自体の信頼度を上げる。
そして、最後に登場するのは、ギイとガアの映像である。
作り物ではない事を証明する為に、TVでは敢えて動画を流した。動画には、寝息等の音声も入っている。
また番組自体が、記事を証明する為の演出をしたのだ。
あらかじめ決められていた、コメントなのだろう。言わば、コメンテーターという名の役者だ。
一人のコメンテーターが、記事に有った企業の関与に触れる。その発言を受けて、他のコメンテーターが、警鐘を鳴らす様な発言を行う。
そして話題は、謎の組織を追求する事と、謎の生物の正体を探る事に絞られ、白熱した討論が展開し始める。
放送を見た当事者達は、怒りの余り強く拳を握り、TVに向かって怒鳴りつけていた。
孝則は、直ぐにTV局へ電話をかける。しかし、専門部署に繋ぎますと待たされたまま、一向に繋がる様子が無い。
その間、幸三は何度も孝則に電話をかけていた。この時、孝則に電話をしていたのは、幸三だけでない。
当事者である佐川と洋二、それに事態を案じた郷善と三笠が、同時に電話をかけていた。
五分、十分と過ぎる毎に、苛立ちは募っていく。
それを察した江藤は、みのりを経由し、孝則にクレームの電話を止めさせる。そして、孝則に電話をかけていた者達へ、TV電話でかける様に告げる。更に江藤は、さくらへ仲裁役を依頼する。
こうして、自由参加型の臨時信川村会議が行われた。
「俺は殴ってなんかいねぇぞ!」
「幸三。そんな事、わかってんだよ! 洋二からちゃんと報告を聞いてる」
「それより、村長のあれも、かなり酷い内容でしたけど?」
「三島さん。村長は、決してあの様な発言をしていません」
「佐川。なら、全部嘘だってのか? それなら何で、ガキ共の映像が流れてやがる!」
「郷善さん、私もそれが理解出来ない」
「なら、お前はどうだ、孝則!」
「郷善、俺にもわからねぇ。いや、そうだ。飯食ってる最中に、トイレに行った奴が二人居たな」
「いや、村長。データが有るとすれば、事務所のPCです。でも、事務所の鍵はかけましたよ」
「皆さん、落ち着いて。データは、私のPCにも入ってます。それと、事務所のPCには、セキュリティをかけて有ります。データが抜かれる筈が有りませんし、万が一データが抜かれたとしても、直ぐに警報が鳴って察知出来ます」
「そうなると、どうしてガキ共の映像が流出したんだ? あぁ? 事実、ああやって放送されてんだろ!」
郷善が怒るのも無理はない。
世間を賑わせ、村の立場を悪くしない様に、苦言を呈して来たのだ。
ただ、郷善の怒号で、会議の場が緊迫したのは、間違いない。そんな会議の中、冷静に事態を観察している参加者が二名ほど存在している。
その二名の発言で、一気に会議の場が正常化する。
「待て、待て。怒鳴らんでも、声は聞こえるぞ、郷善。それに皆もだ。我々は等しく被害者だ。犯人捜しをしても、始まらんぞ!」
「あぁ。先生の言うとおりだね」
「おい、さくらぁ! てめぇも他人事じゃねぇんだぞ!」
「わかってるよ。一々怒鳴るんじゃないよ、郷善。まぁでも、あんたらも犯人は知りたいだろ? 先ずは、データを抜かれた状況を、教えてあげるよ」
さくらの一言で、次の言葉を待っているかの様に、参加者が静まる。そして、さくらは少し息を吐くと、言葉を続けた。
「孝則。あんた、スマホの中に、ギイ達のデータが有ったんじゃないかい?」
「あぁ、そうだ。万が一の為に、PCだけじゃなくて、スマホにも入れといたんだ」
「そのスマホは、食事中どうしてた?」
「事務所の机に置いといた」
「なら、決まりだね。スタッフの二人が、トイレに行ったんだろ? そいつらが、事務所の鍵を開けて、孝則のスマホからデータを抜き取った。江藤、孝則のスマホを調べな。メールの送信履歴だ」
指示をしてから数秒も経たずに、江藤から答えが返って来る。
「確かに有りました。見た事の無いアドレスです。会社じゃなくて、個人のPCに向けた送信でしょうね」
「なら、やる事は簡単だ。知り合いの刑事に連絡しておく、ピッキングなら指紋が取れるだろ? 佐川さん、あんたが被害届を出しな!」
「待てさくら。警察の捜査が入って、PCの中身を見せろとなれば、不利になるのはこっちだ! 向こうだって、こちらが警察に届けない事を、狙っているんじゃないのか?」
「だから、効果的なんだよ。それに、罪に問うのは、あくまでも建造物侵入罪だよ。調べたけど、何も盗まれてないって、言い張ればいいのさ」
「そんなに上手く行くのか?」
「脅すだけなら、充分さ。こういうのはね、ビビらせたもん勝ちなんだよ」
「だが、それだけでは、事態は治まるまい。それに、奴らはお前の息子が継いだ会社を、ターゲットにしようと企んでいるじゃないか?」
「その通りだよ先生。周作、報告は済んでるね。何か言ってたかい?」
「さくらさんと村の力になれ、こっちの事は任せろと、社長は仰ってました」
「そうかい。ようやく、らしくなって来たかい」
「さくら。よく意味がわからんぞ」
「簡単な事さ。明日の朝には、村に大勢の人間が詰め掛ける。暫くは、仕事にならないだろうね。どれだけマイクを向けられても、何も話すんじゃないよ! それと孝則には、弁護士を紹介する。名誉棄損の訴えを起こしな」
「それで、上手く沈静化するのか? 普通の状況じゃないんだぞ! ギイ達の事は、どうするんだ?」
「どうもしないよ。まあ見てなよ、金持ちの喧嘩ってのをさ。三下風情が、あたしに喧嘩を売ったんだ。世の中の広さってのを、教えてやらないとねぇ」
さくらが指示した事を進める事で、今後の方針が固まる。
だが、さくら以外の参加者は、理解していなかった。人間の悪意がどんなに恐ろしいのかを。
信川村に、最大の窮地が訪れようとしていた。
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