第31話 忍び寄る悪意
「お~。いい感じに、廃墟感出してるねぇ! 向こうのは、商店街かぁ? どのくらい放置したら、あんなに糞ぼろになるんだ?」
「関さん。あのアイドル、駄目みたいですね」
「仕方ねぇな。山口、ジャーマネの方を準備させろ! ひろし、お前はこの辺と向こうを、押さえとけ!」
「向こうって、昔の商店街みたい所っすか?」
「それっぽいアングルでな」
「了解っす」
普段なら、人すら滅多に通る事ない静かな役場前は、来客の到来で賑やかになった。
二時間近く待たされ、持て余していた洋二が、窓から外を覗く。
役場の前には、大型のバスが停まっている。そして、サングラスをかけた男が、二人の男に指示を飛ばしていた。
一人は、車と外を忙しく出入りしている。もう一人は、カメラを担いで、建物を撮っている様に見える。
「何か、来たようですよ。でも村長、この辺の撮影は許可したんですか?」
「してねぇよ! おい、佐川。奴らを止めて来い! いや、俺が行く!」
「ちょっと待って下さい、村長。私が対応します、村長は控えて!」
「そうですよ。やくざの親分みたいな人が現れたら、向こうさんびっくりしますって」
「うるせぇよ! 心配なら、お前等が仲裁に入れ!」
「ほら、喧嘩する気マンマンじゃないですか! 村長、今日は大人しくして下さい。お願いします」
洋二の言葉に反応した孝則は、立ち上がると直ぐに佐川へ視線を向ける。
許可も無く、勝手に録画を始める取材班に対し、自らクレームを付けようとしたのだろう。ガンガンと足音を立てて、孝則は事務室の外へ向かう。
一瞬にして、事務所内に緊張が走った。
撮影が中止になるのは、望む所だ。それより隙を与えず、無難に今日という日を乗り越えるのが、最善だろう。
その為には、憤ったままの孝則に、取材班の対応をさせる訳にはいかない。
孝則の様子に、慌てて佐川と洋二が立ち上がる。
直ぐに洋二が、羽交い絞めする様にして、孝則を止める。佐川は、出入り口に立ちふさがり、孝則を落ちつかせるべく、懸命に宥めた。
苛立ちが抑えられない孝則を、羽交い絞めにさせたまま、佐川は役場の外へ出る。
そして、佐川は思い知る。さくらが、取材班の対応に、佐川を指名したのかを。また、この場所に郷善が居なくて良かったと。
「あれぇ? 村長さんですか? いや~、タレントさんが、体調崩しちゃってぇ」
「いえ、私は助役の佐川です。多少の事情は、電話で聞いてます。それより、何をなさってるんですか? 許可なく撮影をしないと、お願いしてあったはずですが?」
「まあまあ、そんな硬い事を言わずに。こんだけ廃ビルが並んでるとこは、そうそう無いんですよ。だから素材用に撮らせてもらってます。もちろん住所なんかは、撮りませんのでぇ」
「はぁ。まあ今回だけ、多めに見ます。以降は、事前に申し出て下さい」
「許可は、そちらさんで良いですか?」
「ええ、私で構いません。私から、村長に確認を取りますので」
「そっすかぁ。それで、名人って方は、どちらに?」
「あなた方の到着が遅いので、麓で待機しています」
「そうですか。じゃあ、現地で落ち合う感じですね? その後、ここに戻って、食レポにしましょう。ちょっと押しちゃってるんでぇ、ナルハヤでいきましょっか」
佐川が役場の外に出たのを目ざとく見つけ、話しかけて来たのは、サングラスをかけた男だった。
ただ男からは、酷く軽薄で無礼な印象を受けた。
話し方もさることながら、到着遅れの謝罪は無く、社名と名前すら名乗らない。更には、撮影を止めようと歩き出すと、サングラスの男は佐川の行く手を阻む様に動く。
貼り付けた笑顔の裏に、作為的な何かを感じる。初対面の印象としては、最悪の部類に入るだろう。
孝則ならば、怒鳴りつけているはずだ。郷善なら、手が出ているかもしれない。
取り敢えずの牽制が終わっても、直ぐに取材場所へは出発しなかった。素材という撮影が終わるまで、三十分ほど待たされる。
佐川という男は、驚く程に温厚な男である。声を荒げたのを見た者は、誰一人としていない。妻でさえもだ。その佐川が、苛立っている。
TVの取材は、最悪のスタートとなった。
待たされている間、佐川は孝則に事情を話し、役場で待機する様に願い出た。
流石の孝則も、言葉の端々から苛立ちを感じたのだろう。事を荒立てない様に、洋二へ言い聞かせると、自席に座り書類仕事を始めた。
やがて素材撮影が終わり、取材場所である山へ向かう。佐川を乗せた洋二の車が、大型の車を先導する。山に近づくと、幸三の車を見つけて、それぞれ車を停める。
車を停めると、二名のスタッフが、迅速に撮影準備を始める。そして、幸三が合流した事で、ようやく挨拶と簡単な打ち合わせが行われた。
だが、この打ち合わせでも、諍いが起きる。
「ところでぇ、熊って出るんすかねぇ?」
「出るよ。でも、危ないから、連れてかないよ」
「三島さんでしたっけぇ? お弟子さんなら、黙ってて貰えませんかねぇ?」
「てめぇ!」
「落ち着いてくれ、師匠!」
幸三は、関の人を小馬鹿にする態度に、怒りを感じていた。だが、洋二が明るく振舞い、和やかな雰囲気を作ろうとしていたので、我慢をしていた。
しかし関に、大切な相棒を馬鹿にされた事で、その怒りは頂点に達した。
幸三は、殴りかからんと、関に詰め寄る。その行動を察知した洋二は、幸三を食い止める。
一色即発となる中、三島は以前さくらに貰った言葉を、思い出していた。
「孝則だけじゃない。郷善と幸三も、短気で喧嘩っ早い。それなのに、あんたが冷静じゃなくて、どうするんだい! あんたは、孝則の補佐役ってだけじゃ無いんだよ! 基礎ってのはね、揺らがないから、上物を支えられるんだよ! 縁の下の力持ちってのは、そういうもんさ!」
三島は、端から関という男に、違和感を感じていた。
挨拶をする際にも、決してサングラスを外さない。目上を敬うどころか、馬鹿にする様な態度を崩さない。
この男には、何か他に狙いが有るのか?
例えば、挑発する様な言い回しで、喧嘩を誘発させる。その後、有りも無い被害請求を行うとか。
的外れな考えか? そんな事をしても、彼にどれだけのメリットが有る?
もしかするとトラブルを起こして、それを面白おかしく放送した方が、番組制作側としてはメリットが有るのではないか?
ならば、冷静に。さくらに言われた通り、自分は縁の下の力持ちとして、長年この村を支えて来たのだ。
「応対は、三島が行います。それは、事前に通達済みです。ご理解してなかったんですか?」
「あれぇ、そうでしたっけぇ? まぁ、それよりも佐川さん。足跡だけでも、無理ですかねぇ?」
「危険だから、許可は出来ない。それに、リポーターさんでしたか? 悪いが、山に入る恰好じゃない」
「あぁ、彼女は代理なんですよ。何せタレントが、急に体調不良になりましたから。衣装はタレントのサイズですから、合わなくてねぇ」
「そもそも、山菜採りの名人を取材すると聞いています。山の植物を色々と紹介するなら、理解が出来ます。撮影に、熊は必要ですか?」
「佐川さん、頭硬いねぇ。立派な猟犬が居て、猟銃持って山に入るんでしょ? マタギって言うんでしょ? そっちの方が、華が有ると思うけどなぁ」
「冗談じゃない! 山瀬と三島は、遊び半分で山に入ってないんだ! これ以上要求するなら、今すぐにTV局へ連絡させてもらいます。撮影は中止だ!」
佐川は、語気を強めて言い放つ。荒げずとも、重く響く言葉は、関を怯ませる。
そこからは、佐川の独壇場となった。
現れたリポーターは、スーツにパンプス。タレントの代理と言う位だから、致し方ない事情も有るのだろう。
それに、本来の依頼である山菜採りの取材なら、山の奥までは入らない。多少の傾斜なら、歩き辛いだけで済むかもしれない。
しかし、熊が出没した場所まで登るなら、登山用の装備が必要だ。一見する限り、スタッフを含め、山に慣れていると思える者はいない。
準備も無く山に登るのは、熊以前の問題だ。
そもそも、マタギの仕事が見たいなど、言語道断だ。
山瀬と三島の二名は、面白半分に猟銃を持って山に入るのではない。命を賭けているのだ。そして、自然環境を保護する為に、命を奪うのだ。
見世物じゃ無い、軽々しく撮影の許可なんて出せない。
これは、至極真っ当な意見で有る。多くの人間が、佐川に賛同するだろう。
しかし、関を始めスタッフの二名は、佐川の話しを聞き流していた。
「で? 結局どうすんの? やるの? やらないの?」
流石の佐川も、関の言葉には唖然とした。それは山瀬もだろう。ただ、こんな時に口を開くのは、洋二なのだ。
洋二は、関に敢えて笑顔を見せる。そして、佐川に視線を向ける。
「良いですよ、佐川さん。行きたいって言うなら、連れてってやりましょう」
「三島さん!」
「まあまあ、安全は確認してます。それに彼ら、時間が押してるって言ってましたよね? その割には、潰れた商店街の撮影なんかして、時間を使ってるんだ。休憩なんか挟みませんよ。死ぬ気でついて来る事だね」
「わかりました。なら、三島さん。お客様を、持て成して下さいますか?」
「心得ましたぁ、はっはっはぁ」
洋二の執り成しで、ようやく撮影が始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます