第27話 対策すべき問題

 クミルの話しを聞いた後、孝則は住人達に会議を行う事を告げた。

 そして孝則は江藤に連絡し、予備のVRゴーグルを三つ用意する様に指示をする。そして、一つは病院に、二つはさくらの自宅へ、本日中に届ける事も重ねて指示をした。


 そして、孝則の指示通り、予備のVRゴーグルが届けられる。

 しかしさくらは、会議開始の直前まで、ギイ達を参加させるか否かを迷っていた。

 今回の会議では、不用意な発言に、ギイ達が心を痛める事が有るかもしれない。それを危惧したのだ。


「姉さん。ううん、さくらさん。大丈夫ですよ、うちの人も先生も、それに豪善さんも、みんなみんな、さくらさんの味方ですから」

「そうだね、みのり。全員が味方だ。それに、あいつ等は最善の決断をしてくれる。だから大丈夫、大丈夫なんだ。信じればいい。それにあたしは、守り通すと決めたんだ。だから、絶対にこの子達を守る!」 


 心配は有る。それ以上にさくらは、信川村の住人達を信じた。

 予備のVRゴーグルをギイ達の頭につけて、スイッチを入れる。そして、自らもVRゴーグルを装着し、スイッチを入れる。居間が会議場に変わる。


 幾つかのアバターが見える、そして小さな手が自分を掴んでいるの感じる。


 自分達は、居間でさくらの隣に座っている、その感覚も確かに有る。だが、目に飛び込んでくるのは、居間とは異なる空間である。

 怖い。ギイ達が、そんな感覚を覚えてもおかしくは無い。


 さくらは、ギイ達をしっかりと抱きしめる。

 ギイ達は、さくらの体温を感じて安心したのだろう。不安そうに体を縮こませていた小さなアバターは、さくらのアバターを見上げる様にして呟いた。


「ギャアギャ」

「ガアガ」

「心配しなくてもいい。ばあちゃんがついてるからね」

「ギイちゃん、ガアちゃん。わたしも居ますからね」

「ギギギ」

「ガガガ」


 さくらとみのりは、ギイ達を会議用の円卓へ連れていく。席に着くと、背後から聞きなれた声が届く。


「なんだ? ギイとガアか? 誰かと思ったぞ」

「ギギ?」

「ガガ?」

「アバターだっけか? 俺達のとは、作りが違うのか? お前達の顔は、のっぺりしてんな。表情が読めないのは、俺達のも同じだけどな」

「孝道。ギイ達のアバターは、急ごしらえだったしね。仕方ないよ」

 

 各人が使うアバターは、本人の写真を元に作り上げられている。ただし、表情を豊かに再現する仕組みは、加えていない。

 アバターを使用して会話する事に、慣れきっていない住民も多いのだ。必ずしも、情報量を豊かにすれば、適応出来るという訳ではない。


 少し周囲を見渡せば、貞江の姿が見える。横に立つのは、クミルのアバターだろう。ギイ達程ではないが、クミルも驚いている。

 その証拠に、キョロキョロと忙しなく首を動かし、自分の体や周囲を見渡しているのがわかる。

 そんなクミルの手を引き、貞江は席に着く。


「さくら、さん?」

「あぁ、そうだよ。よろしく頼むね、クミル」

「わかりま。あぁ、ちが。かしこありました」


 さくらとみのりを挟んで、ギイ達が座る。さくら貞江を挟むようにして、クミルが座る。また、貞江の隣には孝道が座り、孝道の隣には遅れて入った孝則と三笠が陣取った。

 そして進行役を江藤と助役の佐川を挟み、他の住人達が席に着く。

 江藤から見れば、わかり易いだろう。自分を中心に、勢力が二つに分かれた格好になったのだから。

 

 ただ、いつもの会議とは、雰囲気が違った。住人達は、この会議で結論が出ると確信している。

 少し、ピリリとした雰囲気を感じ、ギイ達はさくらに抱きつく力を強める。クミルも、ややオドオドとし、落ち着かない様子を見せている。


 いつもなら江藤の言葉で、会議はスタートする。しかし今回は、江藤が話し始める前に、郷善が口火を切った。


「会議の前に言っておくぞ!」

「なんだ郷善。藪から棒に!」

「先生は黙ってろ! 俺はさくらに言ってるんだ!」

「おい! そんな言い方!」

「待ちなよ郷善! 先生には謝りな! それと、言いたい事が有るなら、早く言いな! 時間は、限りが有るんだよ!」


 さくらの言葉で、ハッとした様に、郷善は三笠に向かって頭を下げる。三笠は、気にするなと言わんばかりに、手を軽く振った。

 だが、そこからの郷善は、怒涛の勢いでさくらに詰め寄った


「最初の会議で、俺は譲歩したつもりだ。確かに、ガキ共の事情は聞いた方が良い、それには納得したつもりだ。それにこの二週間、先生とさくら、それに貞江が、色々頑張ってきたのも知っている。だが、そんな事は関係ねぇんだよ!」

「何が言いたいんだい? 奥歯に物が挟まった言い方は、あんたらしくないね」

「さくら。お前の目的は何だ? 言ってみろ!」

「目的って何の事だい?」

「お前は、この村を次の世代に託すために、色々頑張って来たんだろ? 俺達が、先祖から受け継いだこの村を、残す為によぉ! だから俺達は、お前に協力してきた。お前に感謝もしている。だけどよぉ、今お前がしようとしてる事は、その目的をぶっ壊す事にならねぇのか? 物には順序ってものが、必要だ! 途中の過程をすっ飛ばせば、結果は出ねぇ。出せたとしても、そりゃ中身がスッカスカの、紛いもんだぁ! そうじゃねぇのか?」

 

 強く荒々しい口調で、郷善が糾弾したにも関わらずに、さくらは思わず笑いだしていた。その様子に、周囲は呆気に取られる。それは、糾弾していた郷善でさえも。

 

 郷善は、全部理解していて、ギイ達を含めた村全体の事を考えている。

 それがわかって、嬉しかった。だから緊張感も何も、全てさくらの中から吹っ飛んで、笑いがこみ上げた。

 笑いが納まった後、少し呼吸を落ち着ける様にしてから、さくらは静かに口を開く。


「なんだ。あんたは、そんな事を心配してくれてたのかい? 嬉しいじゃないか」

「さくらぁ、暢気に言ってる場合なのか?」

「暢気に言ってる場合だよ。あたしを誰だと思っているんだい? どんな世界でしのぎを削って来たか、知らない訳じゃ無いだろ?」

「そりゃ、多少はなぁ」

「有難いけど、無用な心配だよ。色々と難しい事は、あたしに任せて起きな!」

「具体的には、どうするってんだ?」

「今は言えないよ。ただ、あたしにも居るんだよ、悪友ってのがね。こんな事が無ければ、借りない力がね」


 さくらの事情は、みのりから聞かされている。

 未だに経済界には、さくらの言葉一つで動く者が多い。そして政界にも知人が少なくない。

 そんなさくらが吐く言葉なのだ、説得力も並大抵では無かろう。


「ったく、郷善。てめぇは、俺の役割を奪うんじゃねぇ!」

「仕方ねぇだろ、孝則! 今回のてめぇは、そっちに肩入れし過ぎだぁ! いつもの、てめぇは何処に行きやがった! まぁ……、わからねぇでもねぇけどよ」

「何にしても、納得したんならいい。それと、会議の前にもう一つ、やる事が有る。クミル、立て! お前の口から、ちゃんと頼め!」


 孝則の言葉に応じて、クミルが立ち上がる。それを見たさくらは、ギイ達を立ち上がらせ、自らも立ち上がった。

 ギイとガアは、立たされた理由を理解しておらず、キョトンとしている。


 さくら自身、孝則の意図を事前に聞かされていない。だがさくらは、これが最も重要な事だと、理解した。

 そしてクミルは、たどたどしい日本語で、話し始める。 


「わたし、かえれません。いくばしょ、ありません。ここにいさせて、ください」


 何度も練習したのだろう。昼間聞いた日本語より、遥かに流暢になっている。

 そして、クミルは言葉の後に、深いお辞儀をした。それに合わせ、さくらが頭を下げる。さくらの行動を見たギイとガアが、さくらを真似て頭を下げる。


 これだけで、充分なのだ。


 あの夜、クミルが道で泣き喚いていた事を、住人達は知っている。もう、帰れないんだろうと、予想はしている。

 ならば問うのは、帰還方法ではない。


 この場合、政府に届けるのが、対処として正解なんだろう。しかし、彼らの意志を確認しないまま、それを選択する訳にはいかない。


 それに、政府に預けた後、クミルはどうなる?

 クミルには、強制送還させる国がない。物理的に強制送還が不可能の場合、政府はクミルをどの様に扱う?

 流石に非人道的な行為はしないだろう。だが、平穏無事にと行くだろうか?


 ギイとガアはどうなる?

 間違いなく、人間とは認識されないだろう。実験動物として、殺されるのが、関の山じゃないのか?

  

 一時でも、この村に居たのだ。無下には出来まい。

 帰れないから、迷惑になるから、放り出すのか? そんな事は、村の誰もが選択出来ない。

 ならば、留まる意志を問いたい。

 

 これは覚悟の問題だ。

 クミル、ギイ、ガア、それぞに事情が有るだろう。辛い思いをしただろう、これからもするだろう。だが、そんな事情よりも、今どうしたいかが重要なんだ。

 直ぐに家族にはなれない。だけど、村で匿う位なら、直ぐに出来る。

 そして、郷善が立ち上がる。

 

「頭を上げろ。お前達の滞在を、俺は認める」


 その言葉が引き金となった。三堂正一、山瀬幸三、三島洋二、ヘンゲル・ライカが、次々に口を開く。


「全部納得した訳じゃないけど、仕方ないな」

「仕方ねぇだろうよ。守るべきは、己の正義ってこった」

「せっかく助けたんだから、命を無駄にする事は、したくないな」

「ワタシモ、どういシマス。よろしく、おねがいシマス」


 男性陣が、言葉で同意を示した後、女性陣は全員が拍手をして、同意を示した。

 そして、ようやく話し合いの始まりが、江藤から告げられる。


「では、皆さん。クミルさん、ギイさん、ガアさん。この三名が、信川村で滞在を続ける事になりました。全員賛成で、間違いは有りませんね?」


 江藤は、一旦言葉を区切り、周囲を見渡す。そして、反対が無いのを確認すると、少し険しい表情を浮かべて、さくらに視線を向けた。


「かいちょ、すみません。さくらさん。社長には、今日の事を全て報告致します。宜しいですね?」

「あぁ、構わないよ。だけど報告は、あの子にだけだよ」

「わかってます」


 江藤はさくらに頭を下げると、再び進行役に戻る。


「さて、彼らの事情を、知らない方が多いでしょう。先ずは、詳しい事情をどなたか、ご説明下さい。その後、直近の問題を洗い出し、対処方法を検討しましょう」

「説明は、わたしからしよう」


 江藤の説明要求に手を挙げたのは、三笠であった。そして、昼間にクミルから聞いた事を、全て三笠は話して聞かせた。

 しかしその内容は、直ぐには信じ難く、荒唐無稽と思える。事情を知らない他の住民達は、昼間の三笠同様に、怪訝な表情を浮かべていた。

 議場の雰囲気は、やや重くなる。

 

「信じられないのも、無理はない」

「いや、先生。疑ってるとかじゃねぇんだよ」

「うん? よくわからんな、郷善」

「だからよぉ。常識が違い過ぎて、理解が追い付かねぇんだ。あんたらは、よく理解出来たな、こんな話しをよぉ」


 映画や物語ではあるまいし、非現実的過ぎる。郷善の意見に、ほとんどの住人が頷いた。

 それに拍車をかける様に、孝則が口を開く。


「いや、豪善。お前だけじゃねぇぞ、俺も半分理解出来てるかどうか」

「ったく、あんたらは、揃いも揃って! 孝則、特にあんたは、あの場に居たじゃないか! もう、そういうもんだって、覚えな! 暗記の試験と一緒だよ!」


 確かに、理解出来なくても、それが事実なら、そのまま受け止めるしかない。

 そしてこれは、ただの説明でしかない。


 先程、法に係る問題は、さくらが引き受けると言い切った。それ以外に自分達が関わる問題は、対処方法を考えておかなければなるまい。


「ただなぁ、さくら。これを聞かせても、他の奴らは聞く耳持たねぇぞ!」

「だから、あんたは馬鹿だって言うんだよ、孝則! 外部の人間に、教えてやる必要が何処に有るんだい?」

「待てよさくらぁ。それなら、大学との共同研究はどうなる?」

「やり方を変えな! 大学にだって畑は有るんだ。研修目的の学生を、来させる必要はない。指導なら、向こうに行けばいい。それに、品種改良の実験は、サンプルデータと詳細な工程を提出すれば、終わりだろ?」


 郷善の疑問に対し、さくらは即座に答えを出す。周囲からは、どよめきが起きる。

 続いて、幾つかのレストランに、直接作物を降ろしている孝道からも、疑問がぶつけられる。


「さくらさん。取引先にも黙っとけって事か? 不義理には、ならないか?」

「ならないよ。聞かれても、黙っときな。向こうが欲しいのは、安全で美味しい野菜だ。自信を持って、それだけ届けりゃいい。こっちの事情を、詳らかにする必要は無いよ。他の卸しも一緒だよ、みんな自分の野菜に自信を持ちな!」


 その後、次々にぶつけられる問いに対し、さくらは素早く答えを返す。

 そして質問が止まり、さくらが大きく息を吐いた時だった。助役の佐川が、重々しく口を開く。


「あの、さくらさん。実はですね、TVの取材が入ってるんですよ」

「はぁ? 何の取材だい? それは何時だい?」

「取材は明後日です。山瀬さんへの取材です。何でも山菜採りの名人を取材したいとか」

「明後日? 佐川さん。なんで、それを先に言わないんだい! 孝則、幸三、あんたらは知ってたんだろ? そういう事は、先に言いな!」

「悪かった、さくら」

「俺は、忘れてた。すまねぇ」

「いえ。村長達のせいでは有りません。色々ごたついてましたから」

「言い訳は止めな! 取り敢えず、取材は中止の方向で、話しをしな! 無理なら、その日はギイ達を外に出さない」

 

 そこまで話した所で、さくらは会議の終了を提案した。

 既に夜も更け、いつもなら寝ているギイとガアは、さくらの膝を枕に寝息を立てている。

 疲れているのは、皆も同じだろう。直ぐに提案が受諾され、会議は終了となった。

 

 一早くVRゴーグルを外したさくらは、みのりと共に、ギイ達を寝床に運ぶ。

 その後さくらは、スマートフォンを手にすると、とある番号に電話をかけた。数コールすると、相手が出る。


「久しぶりだね」

「そうですね、三年になりますか? お元気そうで何よりです」

「あぁ、元気にしてるよ」

「暢気な田舎暮らしは、どうですか? さくらさんの事ですから、息子さん達を心配している頃だと思うんですけど」

「そりゃあ心配だよ。でも、あの子達なら上手くやるだろうさ」

「そうですか。信頼されていて、羨ましい限りです。所で、今日はどうしたんですか?」

「今日は、あんたに頼みたい事が有ってね」

「私に? さくらさんが? 珍しい事もあるもんだ」

「そんな事はないさ、頼めるのがあんたくらいでね。実はさ……」


 そうして、さくらは事情を電話の相手に、これまでの経緯を話し始める。


「さくらさん、流石に信じがたい。でも、あなたは嘘をつく人間じゃない」

「信じてもらえるかい?」

「今すぐにお伺いしたい所ですが、生憎」

「それは、仕方ないさ」

「ただ、TVですか。それにして急ですね。取材は受けた方が良いでしょうけどね。余計な事を勘繰られても、困りますから」

「一応、やり過ごすつもりだよ」

「いずれ時期を見て、そちらに伺います。緊急の場合は、電話で」

「あぁ、頼んだよ。阿沼さん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る