第20話 受け入れる為

 孝則の食事を用意する為に、みのりが立ち上がる。そして、台所へ向かうみのりの後を、貞江が追った。

 暫くして、お盆に食器を乗せて、みのりと貞江が台所から戻って来る。


 そして、みのりは孝則の前に、食事を置いていく。宿の女将を想起させる、みのりの楚々とした仕草とは対照的に、孝則は膝を立てて座ったまま、食事に手を伸ばそうとする。


「行儀が悪いね! 子供が真似したら、どうするんだい!」

「あぁ。そうだな、悪かった」


 ギイとガアには、何も言わなかったさくらが、孝則にはきつく注意した。

 ギイ達とでは立場が違う。叱られて当然だ。孝則は、寝ているギイとガアに少し目をやり、ちゃんと座り直した。

 

 この村の住人は、誰が家の中に入って来ても、気にしない。それどころか、勝手に上がり込んで、居間で寝ていたとしても、咎める者はいない。 

 村中が家族みたいなものだ。家族の中でなら、多少不作法でも、気に留める事はない。

 

 しかし今は、子供が居るのだ。

 正しいか否かは別にして、子供は大人の行動を見て真似る。子供に間違った事を覚えさせたくないなら、親がちゃんと行動で示さねばならない。

 

 子を持つ親として、それを良く知る孝則は、改めて座り直した後、手を合わせてから箸を取った。そして味噌汁を啜った後、おにぎりと玉子焼きに箸を伸ばす。

 ゆっくりと咀嚼をしながら、味わって食べる。それが、大人の恰好良さであろう。


 腹を満たした孝則は、再び手を合わせると、みのりに礼をする。

 そして、徐に口を開いた。


「若いのなら、心配はねぇぞ。落ち着いたもんだ、今朝も飯を食ってやがった」


 さくらが心配しているだろう若者の事を、孝則は簡単に説明する。それ以降の説明は、貞江が引き継いだ。


 輸血に関する副作用は、心配ないでしょう。

 しかし青年が肩に負った傷は、相当深い物でした。それが塞がっているのが、不思議でなりません。

 本来であれば、抉られた箇所は、骨まで欠損していてもおかしくは無いんです。レントゲン撮影も行いましたが、異常は確認出来ませんでした。

 ただ、レントゲンの結果を持って、完治だと断定は出来ません。他にも、異常個所が無いか、調べる必要が有ります。

 現状では、経過観察の為に入院するのが、最善だと思われます。


「まぁ、そういう訳だ。奴は暫く、診療所で預かる。それでだ」


 貞江の説明が終わり、孝則が締め括る。

 しかしこの時、孝則の表情が少し険しくなる。その表情で、みのりは息を呑む。

 対してさくらは、泰然とした態度を崩さなかった。


「勿体ぶらないで、最後まで話しな! みのりが緊張しちゃってるじゃないか!」

「あぁ、悪かった。いや、まあな。その大した事じゃ、いや、大した事なんだが」

「歯切れが悪いね。それは貞江さんが、患者が居るのに診療所を空けてる事と、関係してるんじゃないのかい?」

「相変わらず、鋭いな」

「変な所を褒めるんじゃないよ! 誰だって気が付くでしょうが!」

「奴には、先生が着いてる。さっきも言った通り、昨日と打って変わって落ち着いてる。多分、お前のおかげだ、さくら。ただなぁ、奴には事情を聞かねぇとならねぇ」

「って事は、先生は言葉を教えに、診療所へ通うのかい?」

「そういう事だ。流石に、先生の送り迎えはするがな。ただ、問題は退院後なんだ」

「そりゃ、心配は要らないよ。うちに来ればいい。元々みんな、あたしが面倒見るつもりだった。あんたには、伝えたと思ってたけどね」 


 孝則は、さくらの言葉を忘れてはいない。だが、青年を含め子供達の件は、既に村の問題になっている。さくら一人に押し付ければ、済むものではない。

 しかし青年と子供達は、一時的だとしても、誰かが面倒を見なければならない。


 どの家も、部屋には空きが有る。しかし、言葉を教える事を提案した三笠は、九十五歳である。自分の事で精一杯で、他人の生活まで面倒見切れない。

 それは、どの家でも変わりがない。

 

 確かにさくらは、面倒を見ると言っていた。さくらは、信川村で三番目に年齢が高い。三名も面倒を見なければならないのは、如何にさくらとて大変だろう。


 だから、言い出し辛かった。

 だがさくらは、無用な心配だと、嘲笑う様に言い放つ。


「だから、あんたは馬鹿だって言うんだよ! いいかい! お人好しなのは、あんただけじゃない。この村のみんながお人好しなんだよ。あたし一人に、迷惑を押し付ける様な気になるのは、大間違いだよ」


 患者が居なくなった、探して欲しい。

 それだけで、見知らぬ他人の為に、村中が動いたのだ。


 そして孝則は心配して、さくらと子供達の様子を見に来た。

 息子の孝道から、凡その状況を聞いていてもだ。

 翌朝、住人全員が、さくらの様子を知りたがった。そして、孝道とヘンゲル夫妻は、委細の説明を行った。


 また、さくらとギイ達が目を覚ました事は、みのりが掲示板に書き込んだ。その後、掲示板の書き込みは、さくらが目覚めた事を喜ぶ言葉で溢れた。

 

 そんな住人達が、さくら一人に面倒を押し付ける事を、するはずがない。

 さくらが大変だと思えば、ひっきりなしに、手伝いが現れる。ここは、そういう村で、そういう人々が暮らしているのだ。


「あたしだって、介護が必要になるよ。今の内に、若い労働力を確保しておくのが、賢い選択ってもんさ。あんたと、あたしじゃ、頭の作りが違うんだよ! 先を見て行動しな!」

「姉さん。それは流石に……」

「そうだな。お前の弱点は、嘘が下手な所だ」


 照れ隠しに嘯くさくらを、みんなで笑い飛ばす。それでいいのだ。笑う事が出来るなら、何も心配は要らない。

 たださくらは、この場で告げておく必要があった。特に、村長の孝則には、知らせるべきだと判断をした。


 会議の場では、彼らが帰れる可能性を、肯定も否定もしなかった。

 予想するだけなら、可能であった。しかし安易な推察は、返って情報を撹乱させ、判断を鈍らせる恐れがある。

 さくらは敢えて、帰還について言及をしなかった。

 

 それは、今この状況においても、確実な事ではない。

 しかしさくらは、嘆いている青年を見た時に、理解してしまった。

 

 もう、彼らは元の世界に帰れない。

 異なる世界を繋いだ不思議な力は、完全に失われてしまった。


 青年に尋ねれば、はっきりと答えは出るだろう。

 これは、心構えの問題でも有る。帰れない事を知っているなら、事前に対応すべき事が、見えてくるはずなのだ。

 特に村長という、行政の立場に居る者なら、尚更であろう。


「でも、何だってそんな事が? お前が、行けたんだろ? それで帰って来れた。それは、何だったんだ?」

「あの時、何かが光った気がしたんだよ。それで、傷が塞がった。帰って来る時もだよ」

「不思議な力って事か? まさか魔法なんて言いだしゃしねぇだろうな?」

「知らないよ。何が有ったか、見当もつかないよ。だけどね、あたしは呼ばれたんだよ」

「どう言う事だ、さくら」

「神隠しみたいな不思議な事は、現実には有り得ないんだよ。その有り得ない事が、起こったんだ。それはもう、運命みたいなもんじゃないのかい?」

「さくら。神様ってのは、人の願いを叶えたりはしねぇぞ」

「そりゃあ、あんたみたいな頑固ジジイの願いは、叶えないだろうさ」

「でもさくらさん、この国には法律がありますよ。そう簡単な事じゃなのは、さくらさんが一番ご理解されてますよね?」

「貞江の言う通りだ。まさか、お前。妙な事を考えてねぇだろうな?」

「あんたらが、何を想像しているのか、わかんないよ。でも、心配する事は無いんだよ。この子らは、来るべくして来た。ならばあたしは、この子らの面倒を見る。ただそれだけだよ」

「慎重なのか、呑気なのか。わかんねぇババアだな!」

「頑固ジジイには、到底理解出来ない話だよ」


 さくらから聞いた話しは、住民全員に周知するべきだと判断したのだろう。孝則はスマートフォンで、会議を開く事を住人達に告げる。

 

 夕方になり、皆が畑から引き上げる頃、孝則は自宅へ戻り、貞江は診療所へと戻る。

 そして、ギイとガアが目を覚まし、残ったみのりと共に食卓を囲む。

 

 夕食が終わる頃に、会議が再び行われる。ただその内容は、ギイ達を不安がらせるものにはならなかった。

 住人達に不安は有った。しかし会議の時と違い、否定的な言葉は上がらなかった。

 不思議な出来事が、立て続けに起こる訳が無い。住人達も、薄々は気が付いていたのかもしれない。そして、受け入れる為の提案が、住人達から上がり始める。

 それは、さくらの表情を綻ばせる光景であった。


「やっぱり、あんた達は最高だよ」

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