89 ── 一つ〝約束〟をしてみせろ
7月23日 0835時
【
『──…着弾は間違いありません 〝
第一艦橋の複合スクリーンに被弾した〝叛乱艦〟〈カシハラ〉の映像が戦闘管制を司る第二艦橋の方から転送されてきていた。最大望遠の粗い光学情報を画像処理によって補完した映像で見る限り、
画面の隅の目標の運動状態の表示には、〝新たな変化〟──加速度は表れていない。
「機関を〝やった〟かな……?」
面白くないな、という面持ちを顕にしたアルテアン〈青色艦隊〉少将は、スクリーンの中の
ヴィケーンは先ず観測機能を統括する第三艦橋に確認をした。「──〈カシハラ〉に熱などの異常は?」
『──熱量は安定しています……大きな質量体の分離、発光も観測されず』
即座に返ってきたその返答に肯きつつ、ヴィケーン大佐はアルテアン少将に慎重な意見を返す。
「……あるいは加速発揮に支障を来たす何かの故障が生じた、ということも」
「…………」 アルテアンは
ヴィケーン大佐もまた慎重な表情で確認した。
「接舷隊を用意しますか?」
仮にもし〈カシハラ〉が被弾によって重要な制御系──例えば〝慣性制御〟──に機能不全を生じていたのなら、砲戦で撃沈するまでもなくこれを制圧することは
「頼む── が……先ずは様子を見ようか」 そんな旗艦艦長にアルテアン少将は薄く笑って応えた。「──あの
7月23日 0840時
【航宙軍 第1特務艦隊旗艦 タカオ/ 艦橋】
〈カシハラ〉被弾の報告に、第1特務艦隊司令コオロキ提督は首席幕僚を伴うとCICから艦橋へと移動した。席を立って迎えようとする艦長らを制して艦橋内に歩を進める。敬礼で迎える艦橋各員への答礼もそこそこに、コオロキ提督は艦長に訊いた。
「──…〈カシハラ〉は?」
〈タカオ〉艦長は中央に吊られた複合スクリーンを指して応える。
「〝動き〟が止まりました── 軌道要素に変化、ありません」
モガミ型に連なるその機能的な艦型に、目に見える損傷はないように思えた。
「被弾したのは上部構造体だったか? 機関に被弾はしてないのだな?」
主管制士が答えた。
「ハッ 左舷の
──…〝
「〝小破〟ですな。しかしこの程度で〝加速できなくなる〟ことがあるでしょうか?」
首席幕僚のナガヤ1佐の独り言ちるようなその問いに応えるでもなく、コオロキ提督は艦長に訊いた。
「──通信は?」
「依然、呼び掛けておりますが〝返答なし〟です」
「…………」 もう一度深く頷くと、提督は決断の表情になって口を開いた。「──艦長。もう一度〝通話呼〟を頼む ──今度の〈発信者〉は〝コオロキ
艦長は肯くと、艦橋に控えていた通信長に向いて指示を伝えた。
7月23日 0845時
【H.M.S.カシハラ/
戦場の真ん中で加速することすら
被弾した左舷観測室に居たタツカの無事の報告を
通信管制卓の通信長ナツミ・シュドウ宙尉も、タツカ無事の一報に心の中で小さく胸を撫で下ろす。
──と、目の前の
その〝通話呼〟がこれまでのものと違うのは、発信者が『第一特務艦隊司令部』ではなく『カイ・コオロキ宙将補』となっていることだった。
シュドウ宙尉は艦長に状況を告げた。
* * *
CICに立つツナミの目の前のメインスクリーン一杯に通話画像が映ると、そこに士官学校で元術科教官であったコオロキ宙将補が現れた。ツナミをはじめ〈カシハラ〉の
手を下ろしたところで、コオロキは静かに口を開いた。
『──…ようやく通話に応じたか、まったく…… 〝引っ張り過ぎる〟ところは貴様の悪い所だ』
「…………」
ツナミは術科教官による評点を受けているようなそんな気分になりそうな自分に喝を入れ、しっかりと面を上げて言った。「──…確かに否定できないところは、多々ありますが…… こうまで引っ張ったことに意味がありました」
コオロキはその視線を正面から受け、しばらくしてから言った。
『聞こうか』
──ツナミはコオロキ提督と通話回線を繋ぐに先立って、10分ほどミシマら幹部
それは実際には〝確認〟であったが、そこでミシマが口にした〝この辺りが潮時だろう〟が、この時点での全員の一致した見解であった。
そして事前に策定した『基本行動計画』で所期の目的を達成できなくなった場合に備えておいた〝
7月23日 0900時
【航宙軍 第1特務艦隊旗艦 タカオ/ 艦橋】
その〝
『そうまでして〈アカシ〉の領宙にこだわる必要があるのか?』
「…………」
候補生──〈カシハラ〉の
ツナミのその目を見て、コオロキ提督は駄目を承知で諭すように言った。
『貴様たちはよくやった ──エリン殿下を王党派の艦に預けベイアトリス向かわせた
「──……〈アカシ〉には…──」
ツナミはそんな恩師に言葉を探すようにした末に、ようやく見つけたらしい言葉の連なりを果たして口にしてもよいのかと逡巡をする。
そうしたところで艦橋からミシマが割り込んで、引き取ってしまった。『──…〈
それが〝〈カシハラ〉の総意〟と自明ででもあるかのような、そんな言い様だった。そして、それは恐らく事実なのだろう。
『
コオロキのその溜息ともつかない苦笑交じりの問いには、ツナミが応えた。
「……はい」
しかしまぁ、少年のような瞳でものを言う……。コオロキはそう思いつつ、教え子を見返す。自然とその口元が緩んだ。
そうか……
──ツナミは自分の想い以外のそれを受け容れることの怖さと覚悟を学び、ミシマはそんな漢の心中を代弁してやれる余裕を得たか……。
『いいだろう──』 ついにコオロキは〝折れる〟ことにした。航宙軍の
その言葉にツナミは表情を引き締めて応える。
「ありがとうございます」
そんなツナミに、コオロキは〝釘を刺す〟のも忘れなかった。
『その代わり一つ〝約束〟をしてみせろ』 術科教官の厳しい表情だった。『──ここまで来たのだ。この先、誰一人死なすな』
「……──はい…!」
その言葉の重みに、ツナミはあらためて表情を引き締めて頷いた。
7月23日 1000時
【航宙軍 第1特務艦隊旗艦 タカオ/
「──…どうだ?」
戦術マップを見ながら首席幕僚のナガヤ1佐が作戦分析主任幕僚に訊いた。作戦分析主任幕僚の冷静な声が応じる。
「は── 我が艦隊の放った爆雷の第1群は7分後に〈カシハラ〉と〈エクトル〉の中間点に達します」
「
念を押すように訊く首席幕僚に作戦分析主任幕僚は即答した。
「それは大丈夫です。全弾、
「……よし」
第1特務艦隊の全艦は〝
大量投射された3群の爆雷並びに迎撃
またもう一つ、第1特務艦隊は〝
元々艦隊の〝戦闘航宙管制の傘〟を補完する〝電子の眼〟として放出された物であるが、特務艦隊司令部はうち1基を戦術データリンクから〝故障した〟として切り離すことで、〈カシハラ〉へと提供したのである。
「……ハッ── 〝コウモリ〟は既に〈カシハラ〉とのデータリンク接続を完了」
ナガヤ首席幕僚のその事実確認の声に、指揮通信主任幕僚もまた即座に返す。この辺り、首席幕僚は司令部を実に手堅く、機能的にまとめていると言えよう。
指揮通信主任幕僚は続けた。
「──本隊統合戦術情報系からは切り離されていますが、〝モード121〟で稼働しています」
ナガヤ1佐はもう一度頷いた。
〝モード121〟は個艦の処理系単独での運用を指す。
これで
最後にコオロキ提督を見遣り、ナガヤ1佐は言った。
「──準備よし、です……」
「よし」
……と、コオロキ宙将補は、静かに頷いて返した。
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