83 モテモテじゃん〝あたしら〟……

 『自由回廊』の北辺、帝国の喉元にあたるヴィスビュー星系の辺縁部──。


 帝国本星系ベイアトリスからの跳躍点ワープポイントから〝動く〟ことを許されない帝国宇宙軍の艦隊駆逐艦〈ヴィーザル〉は、〝叛乱艦〟〈カシハラ〉が〝有効な戦闘航宙管制の傘の中〟から離れていくのを、ただ〝遠巻き〟に監視し続ける、という状況下にある……。


 ──こうしている間にも〈カシハラ〉と〈ヴィーザル〉他の先遣艦は、彼我の相対速度の差異からその距離を刻一刻と広げているのだった。

 

 その状況から半日以上が経った頃である──。




7月16日 0700時

帝国軍艦HMSヴィーザル/ 第一艦橋】


『大型艦の〝重力震〟ワープアウトを確認──数は〝3〟です』


 その報告に第一艦橋内の緊張が高まる。──〝大型艦が跳躍ワープしてくる〟──例えそれが友軍の勢力圏に繋がる重力流路トラムラインから現れ出でるものであったとしても油断はしない。

 万が一ということを考えてしまうのは宇宙軍の軍人であれば正常な反応であった。



 帝国軍艦HMS〈ヴィーザル〉艦長ミカエラ・イッターシュトレーム中佐は、常の用心深さから、〝教則マニュアル通り〟の行動を部下に要求した。


「観測班は艦種と推力軸線ベクトルの同定を急げ ──戦隊司令を艦橋ブリッジに」


 そしてその上で報告された〝重力震〟ワープアウトの「数」に怪訝となっている。



 ──〝3〟? まさか『帝都』上空から主力艦を全て引き連れてきたわけじゃないでしょうね……?


 さすがにそれはないと思ってはいる。それは常識的に考えられない判断だ。

 そう思いつつ、ミカエラは艦橋付きの管制士に定石通りの指示を出す。


「データリンクの準備を──」


 管制士が復唱するよりも早く、第二艦橋に詰める観測班から更なる報告が上がってきた。



『──艦長…… 3隻とも〝航宙識別信号〟を発信しています……それぞれ〈エクトル〉〈キルッフ〉〈オルウェン〉と確認』


 その報告にミカエラは我の耳を疑った──。

 くだんの3隻は紛れもなく『青色艦隊』後備部隊所属の主力艦であり、その上敵味方識別IFFの信号ではなく〝平時〟の航宙管制識別信号をそのまま発信しているという。


 ──平時信号だと⁉ 〝作戦行動中〟だぞ……


 分遣隊主力のそんな信じ難い行動に苛立ちを覚える。


 ……なるほど…──〝鳴り物入り〟というわけだ……


 呆れて溜息の出る思いを何とか堪えた彼女のもとに、再び管制士が報告を上げてくる。


「……〈エクトル〉より通話呼──分遣隊司令部です」


「よろしい── 繋いで頂戴……」


 このさらなる苛立ちを覚える展開に、ミカエラは重い気持ちで通信士官を向いた。

 どうやら『青色艦隊』後備部隊司令官ポントゥス・トール・アルテアン少将の訓示が始まるらしい……。




 * * *



 〝皇女殿下の艦H.M.S.〟〈カシハラ〉の〝電子の眼〟が、帝国本星系ベイアトリスに繋がる跳躍点ワープポイントに複数の大型艦の〝重力震〟ワープアウト反応を観測したのは、銀河標準時七月十六日の〇七一〇時であった。


 その時点において〈カシハラ〉が確認していた同跳躍点に遊弋する艦艇、フリゲート4、駆逐艦1となっており、もうその数だけで〈カシハラ〉1隻を追うのに十分な数であったが、幸いにしてこれらの艦は跳躍点の周辺から動かず、引き続き動静を探っていた〈カシハラ〉は、更なる大型艦の反応を捉えることになった……。


 そしてこのとき、〈カシハラ〉の幹部乗組員クルーは、自らの狙いが〝嵌ったヽヽヽ〟ことを確信したのである。



 〈カシハラ〉は加速を開始し、『回廊北分遣隊』がその追尾に入ってから2日という時間が過ぎようとしている──。


 すでに帝国軍艦HMS〈エクトル〉以下3隻の主力艦のみならず、跳躍点ワープポイントから出現した全艦が〝航宙識別信号〟を発信していた。〈カシハラ〉の観測班はこの2日間で精密観測を実施し、結果を突き合わせることで、その真偽の確認を進めている。




7月18日 1030時

【H.M.S.カシハラ/ 艦橋】


「来たよ、来た… ほんとに来た……」

 艦橋で当直にあったサクラコ・シノノメ宙尉は、まだ半ば信じられないといった面持ちで傍らに立つ〝当直士官〟の砲雷長に言った。「──しかも〝主力艦〟クラスが3隻だって… モテモテヽヽヽヽじゃん〝あたしらカシハラ〟……」


 常のかしましさにも勢いが感じられず、彼女にしては少しばかり空回り気味ではある。


 無理もない。──主力艦3隻という数字は、練習巡航艦1隻を追い回すのには、明らかに過剰な戦力である。

 彼我の戦力比は、例えば〈軌道爆雷〉の投射質量比だけをとっても軽く200対1を超える。まともに立ち合える相手ではないのだから……。



 そんな〝言葉が上滑り〟しているシノノメとは対照的に、隣に立つ砲雷長のトウコ・クリハラの表情は、普段と変わらぬそれであった。


「航宙識別信号と熱紋は一致したんだよね?」


 これまでの観測の結果を確認する砲雷長クリハラに、電測管制の卓からジュンヤ・タカハシ宙尉が応える。


「一致したよ── 戦艦〈エクトル〉、巡航戦艦〈キルッフ〉〈オルウェン〉……確度は94~97%… ほぼ間違いない…ね……」



 それにシノノメは、素直な感想を口にした。


「うっわ…──まさに〝鳴り物入り〟だよ……」


 航宙識別信号を停波せず、むしろ発信していることに相手の自信 (または過信)を感じ取って〝どうしましょQue Sera, Sera!〟という表情かおで当直士官のクリハラを見る。


 〝氷姫〟の綽名の通り、感情の起伏を感じさせない表情で、クリハラは淡々として言った。


「〈エクトル〉と〈キルッフ〉と〈オルウェン〉 ──帝国本星ベイアトリスの『青色艦隊』所属のふねに間違いないんだ……」



 視線の先の艦橋の複合スクリーンにはミュローン艦の各諸元スペックが映し出されている。横からシノノメが同じ画面を覗き込んできた。


 先にもたらされた〈トリスタ〉艦長キールストラ宙佐の情報──帝国宇宙軍の戦力配置──によれば、これらのふね帝国本星系ベイアトリスに配備された『青色艦隊』の所属艦である。その三艦ともが現れたというのならば、兎にも角にも帝都上空から主力艦の全てを引っ張り出したことになる。これでエリン皇女の帝都入り成功の〝公算〟は大分上がったことだろう。


 そんな砲雷長の横で、シノノメは思ったことをそのまま言っていた。


「これで〝『帝都』の上空そら〟はガ~ラガラ ──どうやら〝姫さまのお役に〟立てたみたいね、あたしら」


 さすがにそれには、砲雷長クリハラは無表情に応じた。


「──サクラ…… ウルサイ」


 言われてシノノメは、ちろっと小さく舌を出してみせた。



 拡声器スピーカが鳴った──。


『艦橋-観測室──』

 左舷の観測室ウィングからタツカ・ジングウジ宙尉だった。『──跳躍点フォックストロットに〝新たな〟重力震ワープアウト反応を観測』


 これは想定の中では最も〝外側〟の展開だった。

 〝回廊の南寄り〟からの接敵──〝…後門の狼〟がこんなに早い時期にタイミングで現れるとは……。


「……数は?」


 クリハラの確認にタツカの声が答える。『──5……乃至ないし、7』


 その数はかなりの数である……。


「艦型の照合と相対速度を──」

 それでもクリハラは冷静な当直士官として観測室ウィングに対し指示をして、その後にタカハシに指揮官を呼び出させる。「──艦長と副長を艦橋に」


「──新手……?」 シノノメが、普段は航宙長の座る統括制御卓に取り付きながら砲雷長に訊く。



 クリハラが何と応えるべきかと考えを巡らしていると、タカハシの昂ぶった声が耳に飛び込んできた。


敵味方識別装置IFFに照合確認 ──友軍! ……(じゃなかった…!) ──『航宙軍』の所属艦だ!」


 それにはタカハシのみならず、クリハラもシノノメも顔を見合せる。次の言葉が中々出てこなかった。


「航宙軍……?」 慎重な面差しをタカハシに向けるクリハラ。


「ふぇ……⁉ こっちも着たよ!」 シノノメも目を白黒とさせながら、画面上スクリーンの状況を追い始めた。



 * * *



 言うまでもなくそれIFFの信号は、『航宙軍』の〝任務部隊タスクフォース〟──『第1特務艦隊』から〈カシハラ〉に対しての、星系ヴィスビューへの到着を告げる符牒シグナルである。


 カイ・コオロキ航宙軍宙将補もまた、麾下の全艦艇に輻射管制ステルスを実施することをせずに星系へと侵入することを選択したのだ。



 いま星系にヴィスビューは、〈カシハラ〉を挟み帝国軍アルテアン少将の『回廊北分遣隊』と航宙軍コオロキ宙将補率いる『第1特務艦隊』が睨み合う、という構図が完成しつつある。



 ──〝舞台ヴィスビュー〟にようやく〝役者〟が揃ったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る