第16話 艦内の不穏

65 いまの貴様は、貴様らしくない

登場人物

・タカユキ・ツナミ:HMSカシハラ勅任艦長、22歳、男

・ユウ・ミシマ:同副長兼船務長、22歳、男、『ミシマ家』御曹司

・ヨウ・ミナミハラ:同戦術科、24歳、男

・コトミ・シンジョウ:

 同船務科主管制士、23歳、女、ツナミの幼馴染み、『作戦行動中行方不明M I A


・メイリー・ジェンキンス:

 同看護助手、19歳、女、シング=ポラス自治大学の学生、革命政治家の娘


・ガブリロ・ブラム:

 星系自治獲得運動組織"黒袖組"のシンパ、学生、26歳、男


・ラシッド・シラ:

 開業医、42歳、男、クレーク議員の主治医、元星系同盟航宙軍艦医


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7月1日 0900時

【H.M.S.カシハラ/ 医務室】


 目を開けると、始め薄ぼんやりとしていた視界は、徐々にコントラストを増していき、やがて天井の照明器具の輪郭をハッキリと認識できるようなった。


「ここ……は?」


 〝皇女殿下の艦H.M.S.〟〈カシハラ〉勅任艦長タカユキ・ツナミ宙佐は、まだぼんやりとする頭に浮かんだ言葉を、そのまま口にした。



「──医務室です」


 すぐに答えが返ってきた。いまは艦医の下で看護助手をしている〈クリュセ〉自治政府首相の令嬢、メイリー・ジェンキンスの、きりりと歯切れのよい声音だった。


「医務室?」


 ツナミは疑問形に語尾を上げるようにして鸚鵡返した。


「……艦橋で倒れられたので」



 メイリーがそう説明すると、ようやく頭の中の靄が晴れて記憶が戻ってきたツナミは、ベッドから上体を起こした。


「そう……か……」

 まだ重い頭を左右に振りつつ、メイリーに訊く。「──いったいどのくらい、寝てました?」


 部屋の片隅の丸椅子スツールから、メイリーは応えた。


「8時間くらい……」 ツナミの視線が自分に向いてないことを確かめた上で、じっと彼を見遣る。



「8時間……」 ツナミはベッドから両足を降ろした。


 靴下の踵に穴が開いてることに気付く。それから、ここ一両日〝着た切り雀〟だったことを思い出すと、一瞬だけバツの悪い表情を浮かべた。


 ──〝アイツ〟がこのあり様を見たら、どんな顔するかな……。


 奥二重のしっかり者の顔が、呆れるのを通り越して冷めた表情になって、それから少し怒ったような感じを残した微笑に変わっていく──そんな情景が、しっかりとした既視感と共に思い起こされる。


 ツナミは、自分が泣くべきなのか笑うべきなのか判らなくなってしまった。




「──どうしてあんなふうな無理を?」


 だいぶ経ってから、ようやくメイリーは声を掛けた。


「え……?」 それに反応するツナミ。



 彼の視線がこちらに向くと、壁際で恐る恐るというふうに目線を返していたメイリーだったが、気拙さから逡巡してみせた末に、──結局、言っていた……。


ああいうヽヽヽヽのは…… 無責任だと思います」


 メイリーは目を逸らしてしまいたいのを何とか堪えて彼を見据える。



 ──なオンナなんだろうな……


 そう見えるだろうことを覚悟しつつ、彼が何と応えるのかを注視しているじぶんわたし……。



「…………」

 そんなメイリーに、ツナミは素直に応じてみせた。「──そうですね……」



 覇気のないその言い方に、苛立ちが募った。


 ──それは、なぜ? 


 と、そんな自分への問い掛けに、答えが見つかるよりも早く、メイリーは声を挙げていた。


「〝彼女〟のことは…… 不可抗力でした‼」

 その躍起な語調に自分で驚きながら言う。「そんなふうに自分を (……責めるのは)──」



 何かに熱くなったメイリー・ジェンキンスの、その思いの丈を言い募るような言葉尻を、静かにツナミは遮った。


「不可抗力……か……」


「 (あ……)」


 本当に静かな言い様だったが、それはメイリーの顔色を蒼ざめさせるのに十分だった。



「──ごめん…なさい……」 後悔の言葉が口を吐いて出る。


 そんなメイリーに、抑揚は乏しくとも、優しいとすら感じさせる声音でツナミは言った。


「あれは不可抗力なんかじゃない…… 俺の……判断ミス、です」


 それから〝何者か〟にでも問い掛けるよう、呟くように小さく言う。「──これは、いったい何の罰なんだろうな……」




 そんなツナミの呟きに、メイリーは面を伏せるように目線を降ろすと、恐る恐る訊く。


「まさか因果応報だなんて、そんなふうに思っていますか?」


 それで、ツナミの周囲の〝空気〟が変わっていった。


「……そんなわけ……ないだろ……っ‼」 そのツナミの声音に、メイリーは息を飲んだ。


 ツナミは続けた。


「俺の因果で、何で誰かヽヽが〝報い〟を受けなくちゃならないんだ……!」

 その声には、微かに怒気が含まれている。「──俺の過ちミスになら、俺に〝報い〟が下るべきなんだっ」




 メイリーが何も応えられずただ息を飲む中で、時間だけがしばらく進んでいった。

 ツナミはおもむろに立ち上がると、上着を手にとり袖に腕を通して口を開く。



「艦橋へ戻ります……」

 部屋を出しな、片隅で小さくなっているメイリーに申し訳なさげに言う。「──声…… 荒げてしまって、申し訳ない……」


 それでメイリーは、勇気を出して面を上げると、彼の方を向いた。


「いえ! 私の方こそ、もっと言葉 (に気を──)……」


 そんなメイリーが、その言葉を言い終えないうちに、ツナミは部屋を出て行ってしまっていた。



「…………」


 ツナミが出ていった扉から視線を外すと、メイリーは俯いて小さく唇を噛む。

 それから握り拳で眼尻を拭うと、勝気な目になって立ち上がった。





 そんなやり取りを隣の間仕切りパーティションから出るに出れなくなって聞いていた艦医ドクター──ラシッド・シラは、やれやれ首を左右に振ると苦笑を浮かべた。


 それから、おもむろ個人情報端末パーコムを手にし、ゆっくりとメッセージを打ち込んでいく。




 * * *



 艦橋に戻ったツナミだったが、きっかり4時間後には〝見回り〟に訪れたメイリーに席を追われ、食堂へと後退させられている。



 それからその後は、4時間ごとの直交代のたびに彼女が艦橋を訪れ、2直──8時間──連続でツナミの姿を認めるや、食堂なり休憩室なり寝室である艦長私室へと連れ戻すのである。


 次第にツナミは、メイリーの監督の下で規則的な生活リズムを取り戻しつつあった。



 ──しかし、その目に鋭さと力強さが戻るまでには、まだもう少し掛かりそうである。





7月3日 2130時

【H.M.S.カシハラ/ 士官食堂】


 第3配備の非直の乗組員クルーがチラホラと座る食堂のテーブルの中にユウ・ミシマの疲れた表情かおを見かけ、ガブリロ・ブラムは足を向けた。


 向かいの席に辿り着くまでの間に、声を潜めるようにした乗組員クルーの会話が聞こえてくる。


「しかしたまんねぇよな、あの表情かお……」

「──ツナミのことか?」「ああ」

「なんていうか、焦点がさ、普通じゃないだろ、もう……」

「それでいて、言ってることにおかしなところがないとこがヤバい、ってかさ──」



 この3日余り、カシハラ内のどこにいても乗組員らのこんな会話が聞こえてくる。


 ガブリロの見たところでも、艦長ツナミの様子は一見すると上向いているようにも見えるが、たぶんそれは、事々に彼に付いて寄り添っている看護助手──メイリー・ジェンキンス──への同情的な評価だろうと見ている。


 ツナミ自身は──控え目に言って──まだ腑抜けている。


 そう見立てているガブリロは、そのこともあって副長のミシマの向かいに座ると、静かに声を掛けた。



「──タカユキ・ツナミだが、大丈夫か?」


 単刀直入なその物言いに、自身も疲労の色の見えるミシマはゆっくりと視線を上げた。ナプキンで口元を拭い、質問の意を問い返す。


「どういう意味です?」



「……そのままの意味だが?」


 ガブリロは面白くもなさそうに言って、真剣な目で返答を促す。

 ミシマは溜息を吐くと取り澄ました表情かおを作った。


「彼は勅任艦長で、我々補佐役スタッフは彼を支えるヽヽヽのが務めです ……それに、じき立ち直りますよ──」


 ガブリロは、そんなミシマに向けていた顔を横に逸らして言った。


「別に〝解任しろ〟とは言ってない。ただ、このままでつとは思えんし……」

 逸らした顔の先では、メイリー・ジェンキンスが無理な微笑を浮かべるようにして友人とテーブルに着いている。「──あのがかわいそうだ」


「…………」



 ミシマもガブリロの視線を追って彼女を見遣り、それからもう一度視線をガブリロに戻す。

 それからミシマは失笑し、そんな自分に苦笑した。


「──あなたは優しいですね、ガブリロさん……」


 艦長としての機能ツナミに不安を覚えているというのではなく、個人としてのツナミを心配し、その上で、彼を支えようと奮闘している少女の心情をおもんばかっているというのだ……。


 革命家としてはいささか〝風変り〟な男であるが、この男の〝そういう所〟には、理屈抜きで好意を抱ける。──羨ましい、とさえ思うのだ。



「大丈夫……タカユキの方はそろそろ立ち直る頃です」


 静かにそう言い切るミシマの顔に、ガブリロは自分を納得させるように肯いて、自分の手の中のコーヒーに視線を落とした。





 そのツナミは、メイリーに見つかる前に艦橋を逃げ出すと、手持ち無沙汰に艦内をさまよっている所をヨウ・ミナミハラに呼び止められ──「ちょっといいか?」と──人気のない場所を求め右舷の格納庫へと足を向けていた。




7月3日 2150時

【H.M.S.カシハラ/ 右舷格納庫 管制補助室】


「──で、なんだ?」


 格納庫ハンガー奥の管制補助室に入ると、ツナミはミナミハラに訊いた。


 いまは艦長と部下ではなく、同期として──〝貴様〟と〝俺〟の関係で──言葉を交わしている。そういう性質の話であることは、二人ともはなから諒解している。


 ミナミハラは、ツナミの顔を見た。

 まとまった睡眠を取れているからだろうか、その血色はだいぶよくなっていたが、それでも相変らず目には力が無い──。


 そんなツナミにミナミハラは、どう切り出したものかと逡巡はしたが、切り出さないという選択肢はないことを自覚している者の表情かおで口を開いた。



「──オレは〝優等組〟じゃないが…… 貴様との付き合いは長いよな……」


「ああ」 何を今更、とツナミが肯いて返す。



 ミナミハラとは士官学校入校前──高等予科学校からの付き合いだった。ミナミハラは、コトミ同様に諸々の事情で2年ほどを棒に振った末に予科学校を選んでいる。



「だから言わせてもらう」


 ──いまはオレが言うのが順当だろうから……。


 ミナミハラは、真っ直ぐに年下のツナミを見遣った。


「もし…… 気に障ったら……殴ってくれればいい」

 ゆっくりと言葉を選ぶように話し出す。「──シンジョウのコトな……」


 ツナミの右手が、ぴく、と動いた。



「ミナミハラ……」


 そんなツナミに動ずることなく、ミナミハラは手を挙げて制すと、言葉を続けた。


「引きずるな、なんて言うのは酷なコトだと解ってるつもりだ。だが敢えて言うぜ……

 辛い気持ちをこれ見よがしにおもてに出すな」


「…………‼」



 ハッキリと言われてしまった。 ──その自覚は確かにあったから、ツナミは黙るより他になかった。


 そんなツナミにミナミハラは、自分の素直な思いを、そして彼女コトミがいたら絶対言ったろう言葉を口にした。


「いまの貴様は、貴様らしくない」



「…………」 ツナミは息を止めた。



 そのときツナミは、確かに〝その声〟を聞いた気がした。


〝──いまのタカちゃんは、タカちゃんらしくない……〟



 ミナミハラは士官学校の席次という〝上着〟をはぎ取ったの年長の男子として言葉を続ける。


艦内カシハラに動揺が広がってる ──航宙長も副長も、砲雷長だってみんな一皮剥けばボロボロだ…… 姐御一人に支えさせる気か?」


 容赦のない言葉になるのを自覚し、ミナミハラは普段と違った表情になる。


「──みんな貴様のその表情にあてられてるからだよ…… 〝カラ元気〟を演じるんなら、もっと上手くれ」



 二人の周囲で時間が止まったようになった。


「…………」

 やがてツナミが、留めていた息を深く吐き出しながら言った。「──わかった」



 ──ったく……


 ツナミは内心で、溜息とともに顔を片手で覆いたくなっている。

 そんなツナミに、気づかわし気な視線でミナミハラが訊く。


「……大丈夫か?」


「ああ──」 ツナミの口許は自然に綻んだ。



 ──どいつもこいつも……。



 視線を外し、その顔にようやく浮かんだ笑みを左右に振ってみせる。


 そんなツナミに一先ず安心したふうに、ミナミハラも視線を外す。それから声だけで謝った。


「すまん…… 他に言い方は考えつかなかった」


「いや……」

 ツナミの方は、だいぶサバサバとした感じになって返した。「──な役をやらしちまったな」


 それで先にミナミハラが、それからツナミが、肩から力を抜くことができた。



「──まぁ…… それはオレなんかより〝お嬢〟に言ってやってくれよ……」

 ミナミハラは照れ笑い一つ浮かべると言った。「──オレならサイアク、貴様に一発殴らせてやれば済むコトだが、〝お嬢〟にはそれができないわけだから」


「……〝お嬢〟?」 ツナミが怪訝な表情かおを返した。


 それにミナミハラは、ふ、と笑う。──コイツは、本当に天然ヽヽか? ──。



「メイリー・ジェンキンス──」


 たぶん、いまのオマエの苦しさの本当のところを、幾らかでも理解できるわかってやれるんだろうな……。


 そんな思惑は言わずにおき、ミナミハラは簡単な言葉を探して言った。


「──それは健気だったぜ、あの……」 いまのツナミにはこれで十分だろう。



 一方ツナミは、名前を聞くと、これまでの彼女への自分の振舞いを反省してか顔を顰めた。


 それでミナミハラは、その場を去る頃合いとみて扉へと歩き出す。

 ついて来たツナミを揶揄うように言った。



「──オマエな、もう少し〝女心〟知れよ ……いろいろな意味で心配になるから」


「余計なお世話だ……」

 言われてツナミが少しむっとして返す。「──でも…… 彼女には後でちゃんと謝っておくよ」



 ようやくいつものタカユキ・ツナミが、少しヽヽ戻ってきたようだった。


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