54 ──実は子供の頃は〝宇宙海賊〟になりたかったんだ

登場人物

・タカユキ・ツナミ:HMSカシハラ勅任艦長、22歳、男

・ユウ・ミシマ:同副長兼船務長、22歳、男

・イツキ・ハヤミ:同航宙長、23歳、男


・コトミ・シンジョウ:同船務科主管制士、23歳、女、ツナミの幼馴染み

・シホ・アマハ:同主計長兼皇女殿下付アドバイザ、26歳、女、姐御肌



・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:

 ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女


・ビダル・クストディオ・ララ=ゴドィ:

 扯旗山の私掠組合の首領、35歳、男、通称〝不死の百頭竜ラドゥーン

・ベッテ・ウルリーカ・セーデルブラード:

 ララ=ゴドィの〝従卒〟、自称〝愛人〟、14歳、女、元ミュローン貴族らしい


・キョウ・ミシマ:

 『ミシマ商会』副社長、30歳、男、ユウ・ミシマの次兄

・フレデリック・クレーク:

 シング=ポラス選出の帝政連合議会の議員。40歳、男


・カール=ヨーアン・イェールオース:

 戦艦ベーオゥ艦長、代将大佐、31歳、男、ベイアトリス貴族

・ガブリエル・キールストラ:

 巡航戦艦トリスタ艦長、大佐、32歳、男、イェールオースの腹心の友

・アーディ・アルセ:

 装甲艦アスグラム艦長、大佐、39歳、男


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 〝皇女殿下の艦H.M.S.〟カシハラは、シホ・アマハらの計画の通りにアステロイド資源運搬船サードラコーセット号と『宙賊航路』で接近ランデブーし、アステロイド運搬船の巨大な船腹に抱え込まれ曳航された鉱床小惑星アステロイドの影で、密かに反応剤・推進剤他、武器弾薬等の物資の補給を受けることができた。


 これによりカシハラは、先の装甲艦アスグラムとの戦闘で消費された反応剤・推進剤・冷却剤を再び満載することができ、武器弾薬についても補充──『練習航宙』でなく有事ヽヽにおける最大見積での積載──を完了している。


 また戦闘によって損壊した探知機器類等の再艤装にも着手していた。

 カシハラの戦闘艦艇としての能力は、〝宙賊〟の手を借りつつ着々と再整備されつつある。




 カシハラへの物資の搬入、補給作業については〝扯旗山ちぇきさん〟の支援を受けることができたので、艦長のツナミは、この作業中の2日間を女子に限ってヽヽヽヽヽヽ扯旗山ちぇきさんへの『半舷上陸』に充てている。これにはちょっとした経緯いきさつがあった──。


 艦内最大の女子派閥である船務科および航宙科からなる第2分隊の諸姉しょしが、〝事実上〟の『船務長』と誰からも目されているコトミ・シンジョウ宙尉を押し立てて、強力な〝意見具申〟に及んだからだ。


 ──『艦長はコトミに頭が上がらない』という艦内女子の共通認識のもとに矢面やおもてに立たされることになった当のコトミは、最初〝気乗りが薄い〟様子だった……。が、ツナミがにべ無くあしらおうとするのに俄然反発。書類をまとめ数字を示し激しく口論、さらには艦医ドクターのラシッド・シラやユキオ・オダ機関長ら年長者を引っ張り出してきて援護に廻ってもらうなど硬軟織り交ぜての説得の末、ついにこれを了承させたのである。



「ま、こういうことはかみさんヽヽヽヽには勝てないもんだな」──としたり顔ヽヽヽヽのイツキ・ハヤミ航宙長は、「そーいう言い方、マジやめて」とニコリともせずに言うコトミに黙らされ、ツナミからも険呑な目で睨まれる、と自業自得ながらたいへんに居心地の悪い思いをしている。


 対象が女子に限られたのは、全乗組員の半数を下艦させてしまっては、現実問題として作業人員が足りないからで、当然上がった男子乗組員クルーの不満は『レディファーストだ』のただ一言であっさり退けたのは、ツナミらしいといえばツナミらしい。




 そんな〝皇女殿下の艦H.M.S.〟カシハラを、再び〝不死の百頭竜ラドゥーン〟ビダル・ララ=ゴドィが訪れたのは、補給と応急修理の作業の最中、というタイミングである。


 皇女殿下への見送りの挨拶に再び姿を表したララ=ゴドィは、酒を抜いたヽヽヽヽヽ『正装』の──やはり時代掛かった──ギジェルモ・デル・オルモと共に、今度こそは宙兵による舷門堵列員と士官の敬礼による舷門での送迎を受けた。


 皇女エリンとの謁見を恙無つつがなく終え、型通りに退出しようというときに、それヽヽは起こった。




6月23日 1430時

【H.M.S.カシハラ/ 特別公室】


「──ビダル! この薄情者っ」


 その鋭い声に、当のララ=ゴドィだけでなく室内の全ての人間の目線が、入口に立つ少女の蒼白な顔に向いた。


「わたしをこのままこのふねに残すと聞いた! ──ほんとなの⁉」


 ベッテ・ウルリーカ・セーデルブラードは、そのセリフの勢いのままララ=ゴドィに近付くと、その身長差に大きく面を上げてララ=ゴドィの目を睨んだ。その目に否定の色がないことをって、女性オンナとして未だ成熟していないがゆえに中性的なその整った貌の頬が、怒りに朱く染まる。次の瞬間、手近の卓の大花瓶に目を遣ると、大股でそこまで近付いていき、そこに挿された切り花に手を伸ばす──。


 その瞬間、次に起こることを予想した主計長シホ・アマハ宙尉の目線が宙を泳ぐ。──ああ、それは造花なんかじゃなくて〝良い品本物〟なんだけどな……。



 ベッテはまったく構わずに切り花を引き抜くと、あらためてララ=ゴドィに向き直った。そばのギジェルモがやれやれというふうにこめかみを掻く。



「それは厄介払いということ? 〝人質〟の役が終わればもうわたしに用はないと ──しっかり応えろっ」


 切り花の束を掴んだ手を大きく後ろ手に引き、ベッテはララ=ゴドィの横っ面に力任せに打ち付けた。ララ=ゴドィは真面マトモにそれを受けた。──花の束の中に薔薇があれば、数条の掻き傷が付いてもおかしくない、そんな打ち付け方だった。


「…………」 ベッテは激昂した目で、ララ=ゴドィのまず端正な顔を見る。



「──気が済んだか?」


 そのララ=ゴドィの素気無い言い様に、ベッテはいよいよ声を詰まらせ、それでも何とか振り絞るようにして叫んだ。


「──〝こども〟と思って侮るのか⁉」


 その細い肩を震わせ悔し涙を堪えるミュローンの少女に、皆の同情の視線の集まる中──、〝不死の百頭竜ラドゥーン〟ララ=ゴドィは膝をついて目線を少女に合わせると、静かに語り出した。



「……聞け、聞くんだベッテ── 聞いてくれ、ウルリーカ……」

 頑なな少女に、宙賊は辛抱強く語り掛ける。「──俺はお前を侮ってなんかいない。俺はお前に大事な役目を託すんだ」


 少女は、その真剣な眼差しに見上げられることになり、少しだけ表情を和らげた。

 ララ=ゴドィは続ける。


「俺たちは早晩、皇女殿下の側に付くことになる。そこでは俺たちは新参者だ。古参の貴族どもからは侮られる…… 何せ根が〝宙賊〟だからな」


 〝不死の百頭竜ラドゥーン〟と畏れられる宙賊は、少女の小さな手を取った。


「──だがお前は貴族の娘ミュローンだ…… そういうお前がいることで、俺たちも資格を手に入れられる ──名を成し、顔を上げて生きていける資格だ。誰に笑われることもなくなる」


「…………」


「エリン殿下の元へ行け……行ってくれ。それでお前は誰からも侮られることのない、本物の『貴婦人レディ』になる ──つまりこれは修行だ」


「……修行?」 ララ=ゴドィの言を見極めようとする、ベッテの瞳が揺れる。



 そんなベッテの手を引き寄せたララ=ゴドィは、膝をついたその姿勢のまま、その手にそっと口を寄せてみせた。うやうやしくその手をかえすときに言う。


「そして修行を終えたら俺の許へ返ってこい」


 周囲で男子候補生らの視線が宙を泳ぐ……。


 それで生気の戻ったベッテの目元が潤み、整った容貌の頬が赤らんだ。


 一つ息を吐くとそれでもうすっかり落ち着いたベッテは、起き上がったララ=ゴドィの脇から皇女殿下の前に進み出た。



「──非礼をお詫び申し上げます。皇 女 殿 下Your Highness.」 非の打ちどころのない言いようでおもてを伏す。「……見苦しい振舞いをいたしました」


 脇に侍すララ=ゴドィの長身も、わずかに低頭して謝意を表した。エリンはそんな二人を笑うことなく小さく頷くことで赦した。


「ベッテ・ウルリーカ嬢は大切な友人としてお預かりします──〝船長キャプテン〟」


 そう言って、恐縮する二人に微笑みかける。


「ああ……それから──」

 それからふと気づいたふうに付け加えて言った。「先の言葉ですが、決してたがえることの無きように」


 皇女のその言葉に、ビダル・クストディオ・ララ=ゴドィは胸に手を当てると、小さくもう一度低頭してみせた。




6月23日 2110時

【H.M.S.カシハラ/ 艦橋】


 第3配備の艦橋には、当直として詰めているミシマ副長の他に、直明けでまだ残っているイツキ・ハヤミ航宙長、それに艦長のツナミの姿があった。

 ツナミは艦長であり、決まった当直を持たない立場だったが、暇を持て余すとやはり艦橋ココに足が向くのだった。


 〝半舷上陸〟の右舷の女子乗組員クルーがまだ扯旗山ちぇきさんから戻らないこともあり、カシハラの艦内には男子候補生ヤローどもの姿ばかりが目立っている。停泊中の艦橋ブリッジにもいまは女性の姿おんなっけがなく、つい先日までそうだったように男子学生が寮の一室でたむろしているような、そんな平和な1コマを三人はひさしぶりに満喫している。



「いや、ま── いきなり痴話喧嘩が始まったときには、いたいどうなるかと思ったね」


 イツキはそう言って〝思い出し笑い〟ににやけた顔を二人に向けた。向けられたうちツナミの方はあからさまにコメントを差し控える、といった感じに手元の個人情報端末パーコムに視線を落とし、ミシマの方は丁重な無視を決め込んでいる。が、ここで黙りはしないのがイツキだった。


「あの大時代ななりのゴドィの旦那が、年端もいかない娘に、あんなに真剣なんだもんな」


「…………」「…………」 しかし二人は乗ってこない……。


 それでもイツキは続けるのだった。



「でも、ま、たいした芝居ヽヽだったよな、ゴドィの旦那……」


「──芝居?」


 さすがに無視し続けるのが難しくなったツナミが、個人情報端末パーコムから視線を上げる。彼には『芝居』の意味が解らない。


「おぅ」 イツキは待ってましたとばかりに応じ、ミシマの方を見遣る。「──〝芝居〟だろ、アレは?」


「まぁね」 ミシマは息を吐いて応じた。


 まだ解らん、という面持ちのツナミに、イツキはちょっとだけ優越感に浸った表情を向けて言う。


「わっかんねぇの?」 イツキは大袈裟に肩を竦めて見せる。「──だーからオマエは…… 〝ぼく、にんじん朴念仁〟……なんだよ」


 いよいよ顔が曇ったツナミに、ミシマは助け舟を寄越す。


「あれでベッテ・ウルリーカの体面は保たれた」


 ──ああ…… それでようやく得心がいった、という表情かおになった。


 確かにあのララ=ゴドィの対応でミュローンの少女の振る舞いは、ただの子供っぽい癇癪ではないものとして居合わせた者の心に残ったように思う……。



「そーいうこと。まーどっかの誰かさんヽヽヽヽヽヽヽヽとはえらい違いだ、な?」


「──悪かったな……」

 半舷上陸の件でコトミとやり合ったことを揶揄されたことに気付き、仏頂面になるツナミ。恨みがましい目でミシマを見た。「……しかし、な──」


「なんだい? ……僕の責任だって?」

 その目線を受け流しつつ、ミシマは笑って応えた。


「──でも、ま…… 『第2分隊』を預かる身としては不徳の至り──」

 言って、あの日の〝不死の百頭竜ラドゥーン〟よろしく Bow and scrape をしてみせる。「──だったか……」


 そういう芝居じみた所作を、照れもせずに行うことのできるミシマを、ツナミは羨望の目で見、そんなツナミとミシマを背に、イツキは笑い声を漏らして言った。


「まーともかく……」

 イツキは三人の中で一番少年らしい顔に笑顔を浮かべる。「──アレはアレでカッコいいじゃんか…… ン」


 それには他の二人も異論はなかった。口に出して言うには恥ずかしいが、そういう〝存在〟に憧れたかつての自分を、三人ともが知っていたし、いまでもどこかにまだいるらしいと思っている。



「──実は子供の頃は〝宇宙海賊〟になりたかったんだ」


 おもむろに銀時計を取り出して、その螺子を巻き始めたミシマが言った。


「ホントか? それ」 もう一度イツキが振り返る。


「本当さ」 ミシマは大真面目に応じた。その目が笑っている。


「俺もだよ……」 今度はツナミも素直に乗ってきた。



「……俺もさ」


 イツキが白い歯を見せ、それで三人は子供の頃の憧れの存在ヒーローを一人ずつ開陳してしていった。


 『宙賊航路』での最後の夜は、そんな感じで過ぎていったのだった──。





 その少し後──。〝扯旗山ちぇきさん〟での折衝に当たっていたフレデリック・クレークは、最後の便でカシハラに戻った。

 彼はこの日にミシマ本家の次兄──キョウ・ミシマと直接会っていたことを、誰にも言っていない。




 同日──。

 シング=ポラス星系第一軌道宇宙港テルマセクに辿り着いた帝国軍艦HMSアスグラムは、先に此の地を進発してから入れ違う形で入港していたカール=ヨーアン・イェールオース代将麾下のベイアトリス王国小艦隊と合流している。


 これに先立って小艦隊は、片舷の推力を失った装甲艦アスグラムを曳航するため2隻のフリゲートを派遣したのだが、アスグラム艦長アーディ・アルセ大佐から緊急に〝詳細な報告〟を受けたイェールオース代将大佐は、その2隻をそのままカシハラ探索の任に充てることとし、さらに腹心のガブリエル・キールストラ大佐指揮する新鋭巡航戦艦トリスタを分派して、その指揮を任せた。──それが6日前のことである。


 巡航戦艦1、大型フリゲート2からなるキールストラ分艦隊は、エリン第四皇女殿下の座乗する巡航艦カシハラの姿を求め、自由回廊内に繰り出されることとなった。


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