23 理由は必要ないのです……


登場人物

・【私】ガブリロ・ブラム:

 星系自治獲得運動組織"黒袖組"のシンパ、学生、26歳、男


・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:

 ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女


・ユウ・ミシマ:宙兵78期 卒業席次1番、船務科船務長補、22歳、男


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6月6日 1445時

【カシハラ /特別公室】 ──ガブリロ・ブラム──


「──では『国軍』の手にエリン殿下が渡れば、殿下は軟禁されるというのですか?」


 航宙軍のミシマ士官候補生に連れてこられたこの部屋で、当のエリン・エストリスセンを前に私──ガブリロ・ブラムは釈然とせぬ想いを口にしていた。

 同時に、ミシマかれの言う状況を頭の中で整理する。



 ミシマの言う状況とはこうだ──。


 嫡出子のない3人の直系皇子のうち、穏健派で知られた皇太子のアルヴィドは『国軍』によって既に逮捕拘束されている──おそらくその嫌疑は『反逆』ということになるだろう。


 残る二人の皇子のうちの一人に何かしらの奇禍が起これば、エリン殿下の皇女としての価値は大きく上昇する。そして既に成人している他の二人の継承権者に比べ、皇女エリン殿下は扱いやすい『駒』といえた。


 先ずもって他の二人の皇子に比べ過度に露出していない。

 そして後見を必要とする未成年であり、庶流の家系と言うことで有力な外戚がない。まさに〝象徴アイドル〟としてうってつけの存在と言える。


 であれば、体制ミュローンはこの『駒』の存在を軽視できないだろう。潜在的な脅威となり得、と同時に体制の補完または維持の〝切り札〟ともなる。早急に確保すべきと言えた。


 またそれを裏付けるように現在のところ、皇帝陛下崩御に続く皇太子殿下の逮捕拘束の一報以後、皇位継承に関する情報が一切報道に漏れ伝えられず、帝国軍の特殊部隊が秘密裏にエリン殿下を追い、ミュローンの装甲艦は本艦カシハラに入ったとみて殿下の身柄の引き渡しを迫っている。


 ──現時点で新皇帝が立たない事実からも、彼女の皇位継承権が最有力である可能性は高い……。



 私からすればこの航宙軍の士官候補の言うことは状況から飛躍していて、そんなことでミュローン当局がエリン殿下を拘束する意味が解らない。

 が、当のエリン殿下は否定せず、むしろ肯定の色合いの表情で、しょうとした微笑みをさえ浮かべていた。 ──この女性ひとはどうして孤独なのだろう?


おおよそのすじ道は、外れていないと思います」



 そう言って目を伏せるエリン殿下の横顔に、私は訊いていた。


「しかし軟禁される理由がどこにあるというのです? 後主がベイアトリスに戻られるというだけでしょう?」



「理由は必要ないのです……」


 皇女エリン殿下はゆっくりと私を見て言った。


「──国にれば、わたしは〝わたしの役割〟を演じなければなりません。それ以外のことに意味があってはむしろ不都合でしょう」


 そんな彼女と目線が合ったとき、私は理解した。

 ──それは我々ヽヽが彼女に期待したことだ……。


「…………」

 私は恥じ入りまともに殿下の顔を見れなくなったが、それでも心中の想いを口にした。

「──しかし、そこに貴女の意思は……」



 そんな私に、むしろエリン殿下の方が優しい表情かおをしてみせた。


「わたしの意思はこの際意味を持たないでしょう──。もし帝国ミュローンの意に沿わぬ意志であれば、〝洗脳〟くらいはされるかも知れません。──その程度のものです」


 常になくどこか投げ遣りな声の響きで、そう言って薄く笑った少女は、それが嫌な言い様だと自覚しているのだろう、恥じ入るように目を伏せた。


 ──私は、いよいよ自分の起こした行動の結果を思い知らされた。



「わたしをミュローンに引き渡してください……」


 少し時間を置いてから皇女は口を開いた。目を伏せた彼女がミシマに言う。


「──あなたのいうことは、たぶん正しいと思います。わたしがここにいることで帝国ミュローンは混乱しているのですね……」


 まだ幼さを残した十代の女子の顔に似つかわしくない疲れた声だったことが、私にやるせなさを覚えさせた。


 そして、ミシマはすぐには応えなかった。


「…………」


 彼女よりも、私の方がその沈黙に耐えられなかった。



「──引き渡すのか⁉ ミュローンに?」


 私は航宙軍の士官候補生ミシマ准尉に向くと責めるような声になって訊いていた。

 彼はそんな私の目を真っ直ぐに射貫くような視線を向け、ふと不思議な微笑を浮かべて頷いて見せた。

 

 そしてミシマは小さく息を吐くと、エリン皇女に向かって言った。


「いえ ……貴女はこのふねに留まるべきです── その上で、我々航宙軍がベイアトリスへお送りします」


 はっきりとそう言ったミシマにエリン皇女が息を飲むのがわかる。

 皇女はミシマに視線を移すと、言葉なくただ彼を凝視していた。


「どういうことだ……? 何を言っている?」 私もまた怪訝な表情かおをミシマに向けた。



 ミシマは真っ直ぐに皇女殿下の顔を向いて言う。


「殿下は『国軍』には渡しません。貴女は自らの意思でベイアトリスに赴き、帝位に就くべきです」


 それほど気負いのある言い様ではなかったが、彼のそのはっきりとした静かな口調にエリンは気圧されたようだった。


「──何を……そんな……」 皇女は何かを言おうとして、しかし結局は言葉を飲んだ。


 ミシマは続けた。


「怖いのですか? ベイアトリスを── エストリスセンの名を継ぐことが ……そうでしょうね」


 エリンはそのミシマの言葉に視線を逸らすことができないでいる。


「でも貴女はいいましたよ …現状いま帝国ミュローンの在り様を是とはできない、と……」


 ──少女が垣間見せる寄る辺のない表情を、敢えてこの男ミシマは無視して続ける。


「貴女の是とする世界とは何です? それは貴女にしかわからない ……そしてそれは貴女自身で切り拓かねば得られない ──それがミュローンというものではないですか?」


 声を昂らせるでもなくそう言い終えたミシマを、エリンは声を押し殺すようにして見つめ返していた。

 ──まるで追い詰められ逃げ場を失った小鹿のようだと、その時の私は思った。



「──そうしてわたしを利用しますか?」


 やがてエリンは頬を上気させると、震えた声でなじるように、彼女の言葉を待っていたミシマに向かって小さく叫んだ。

 怒りからか微かに顔を赤らめた彼女は、ミュローンの乙女のままに美しかったが、どこか常の力強さが欠けていた。そんな彼女に、ミシマの返しは早かった。



「否定はしません」


 そのすげない言い様に、エリンは今度こそ言葉を失った。

 彼女の細い肩の線がわずかに震えたように見えた。私は彼女が泣き出すのではないかと思ったが、ミシマの前で彼女は涙を流さなかった。



「出て行って……」


 ざらついたその声が自分のものであることに驚いたのか、続くエリンの声は小さく遠慮がちなものになった。


「──独りになりたい……」



 ミシマは一礼すると私に目で合図して特別公室を退出した。

 私も彼に続いて部屋を出る。

 後にはただ一人、孤独な皇女を残して──。


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