22 それはツナミやミシマの勝手でしょ⁉


登場人物

・【僕】ユウイチ・マシバ:

  宙兵78期 卒業席次8番、技術科技術長補、21歳、男、ハッカー


・タカユキ・ツナミ:同席次2番、戦術科戦術長補、22歳、男

・シホ・アマハ:同席次3番、主計長補、26歳、女、姐御肌

・シオリ・イセ:同士官候補生准尉、船務科、22歳、女

・コトミ・シンジョウ:同席次6番、船務科、23歳、女、ツナミの幼馴染み

・イツキ・ハヤミ:同席次4番、航宙科航宙長補、23歳、男

・ユウ・ミシマ:同席次1番、船務科船務長補、22歳、男


・フレデリック・クレーク:

 シング=ポラス選出の帝政連合議会の議員。40歳、男、自意識過剰


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6月6日 1420時

【カシハラ /士官室】 ──ユウイチ・マシバ──

 (ミシマ船務長補がエリン皇女殿下の許を訪れた同じ頃──)


「お前、話したのか⁉ ──あの議員に……」


 第3配備にまで下がった艦内で、情報分析室配置の縛りから解放された僕──ユウイチ・マシバ (准尉/技術科)は、幹部生が集められた士官室の長テーブルで、現在いまは『艦長代理』に祭り上げられたツナミさんのいかにも面倒そうなその声を聴いた。

 見れば船務科のシオリさん──シオリ・イセ(准尉)とやり合っているところだ。



「──それは話したよ! だって隠す必要コトなんて何もないじゃん……‼」


 同期の中で多分一番幼く見える顔立ちのシオリさんは、ツナミさんに〝オマエ〟呼ばわりされて自尊心が傷付いたのか、逆ギレ気味に声音トーンを上げていた。──実際、行動も幼い。


 それから士官室の面々に、問い掛けるような視線を投げ掛けてくる。

 ──第1配備と正規乗組員不在での緊急発進はかなりのストレスだったようだ。

 目が合ってしまった僕は、慌てて視線を逸らす。


「──あたし何かおかしかったですか? だって訊かれたから答えたんだよ。このふねにVIPは他にいるかって。だから皇女殿下が居られます、って……」


 シオリさんが少し顔をくしゃっとさせる。

 ──相当ストレスを溜め込んでるらしい彼女に、士官室この場の誰もが微妙な表情かおになった。

 シオリさんが悪いわけでなく、ただ間が悪いだけだ……。


 ──いま部屋の外にはテルマセクからの避難民の代表を名乗る一団が押しかけていた。先頭に立つクレーク邦議会議員の他は彼の取り巻きが数名という代表を、部屋まで取り次いだのがシオリさんだった、という、ただそれだけのことだ……。



「別におかしかないが……。それ今なのかよ、ってだけで……」


 今艦内カシハラはまとまっているとは言えなかった。

 全候補生の心中はおろか幹部格による基本方針すら固まっていないような状況で、〝あの〟目立ちたがりで体裁ばかり気にするような年嵩の邦議会議員と話をするのは、この場の誰もが嫌だったのは事実だ。

 ──僕なら議員のあの言葉尻に言いがかりの1つ2つくらいはしてしまう気がする……。


 そういう訳でツナミさんにしたって、別にシオリさんに含む所なんてあるわけじゃないんだけど、ツナミさんはつい苛々とした口調になってしまったようだ。

 ──可哀そうに。ツナミさんには普段の言動からどこか突き放すような所があって、ともすれば高飛車とも取られるのが常だったから、シオリさん、過剰な反応になったね、やっぱり……。



「それはツナミやミシマの都合かってでしょ⁉」


 その言葉にツナミさん寄りの面々も皆一様に押し黙ってしまった。

 ──ツナミさんの言いたいことは理解できるわかるが、やっぱ言い方がなぁ……。


 見た目幼い顔立ちのシオリさんが一生懸命に言い募っているのと、仏頂面が常のツナミさんとじゃ、こんなときはこうなるよ、そりゃ。


 ──こんな時には、士官室ココにコトミさんかイツキさんでも居てくれたらよかったのに、と誰もが思う。


 そんな中に、救世主アマハさんは現れた──。



「何──? どうしたの?」


 入室して戻ってきてすぐに士官室内の微妙な雰囲気を察したアマハさんの視線が、泣きそうな表情のシオリさんと困った表情かおからいよいよ面白くないといった表情かおになりつつあったツナミさんとを行き来する。

 どちらかといえば現金なシオリさんは、そんなアマハさんの顔を見た途端、ぱっと顔を輝かせた。


「アマハネェさん! 聞いてくださいよぉ── ツナミが非道いんです」


 ──やっぱりね……。


「何だい何だいどうしたのさ? セクハラかい?パワハラの方? ──ツナミはいったいどっちのハラスメントしたんだい?」


 兎にも角にも場の雰囲気を和らげようと、アマハさんはわざとあざとくそう切り出したかな?


 ツナミさんもそんなアマハさんの心組みは何とはなしに理解してわかってるんだろうけど……、セクハラだパワハラだと言われて気分が良いハズがない。


 それでこの憎めないこの年上の女性おねえさまに仏頂面を返している。

 アマハさんに纏わり着いたシオリさんの、鬼の首でも取ったかのような表情かお──。

 そりゃ釈然としないよな……。



 そんなツナミさんにアマハさんは言った。


「──それはそうとさ、艦長代理……。いったいいつまで議員を待たせとくんだい? マズイよ、アレは」


 さすがに邦議会議員をこれ以上待たすのは失礼だろ、ということらしい……。


 そのくらい構わないだろう……と思う僕なんかと違って、アマハさんなんかは──その表情から押してみるに──ツナミさんにも、もう少しそこいら辺のことを理解してもらう必要があるな、くらい思ってるのかも知れない。



  ****  ****  ****  ****



 結局、ツナミは士官室この場にいた候補生全員でクレーク議員に会うことを避け、主計長補のアマハと航宙長補のイツキ、それに船務科主管制員のコトミを加えた4人で議員を出迎えることにした。


 本当は同期席次1番クラスヘッドのミシマも同席して欲しい所だったが、皇女殿下への対応中ということでは仕方がない。



  ****  ****  ****  ****



6月6日 1430時

【カシハラ /士官室】 ──イツキ・ハヤミ──


 当直で艦橋に詰めていた俺──イツキ・ハヤミ (准尉/航宙科)は、ツナミに呼び出され士官室の長テーブルに着いていた。


 いずれ幹部生が集められるだろうと思っていたが、その前に例のヽヽ議員さん対応で俺に声が掛かったのには意外だった。

 むしろ一緒に召集を掛けられたコトミの姿を見て、ツナミのヤツがこの状況シチュを相当嫌がってるのが理解できわかり、ミーティングの前から俺もゲンナリさせられる。



「──それでこの宇宙船ふねにはエリン皇女殿下をお迎えしていると聞いたが……」


 邦議会議員──フレデリック・クレークは航宙軍艦の質実な長テーブルに着くと、挨拶もそこそこに本題に入ってきた。議員の横には議員の友人の実業家と主治医が座っている。


 ──そらきた。俺は内心で身構えた。……ツナミのやつもそうだろう。


 テーブルの向かいの議員の顔は、自らの音頭でミュローン筆頭ベイアトリス王家の姫君を送り届けて耳目を集めようという魂胆がもう見え見えで、溜息を吐きたくなる。


 ご丁寧にジャーナリストを名乗る男まで連れてきていた……。


 この状況で一つ救いだったのは、あの与圧室エアロックからツナミを詰問してきた少女──確かクリュセの首相令嬢だと聞いた──の姿がなかったことくらいだ。

 ……結構キツイことを言われたからな。たぶんツナミのやつ、今は冷静に対応できないだろう。──真面目なやつだから……。



 議員は俺ら幹部生を値踏みでもするように見回してから続けた。


「なぜ皇女殿下を速やかに連合ミュローンへお送りしないのかね? このような学生ばかりの、とても正常な状態とは言えない宇宙船ふねにあって殿下はさぞ不安を感じていよう。それに失礼でもある」


 おいおい……、何を言ってるんだ、こいつは──。

 俺はゲンナリとツナミの横顔を見遣る。

 そしてふと思った。暇つぶしに、引き攣るツナミの顔から、その心理心の声を読んでみよう、と──


〝何言ってんだコイツは──。学生じゃない、士官候補生だよ! こっちにだって送り届けたくとも届けられない事情がある──いまそのミュローンから攻撃を受けてるんだぞ! 正規の乗組員クルーが皆いなくなったのはこっちの責任じゃない。礼節の話ならそっちだってどうなんだ……!〟


 ──まあ、こんなところか……。


 他にも色々とツナミは思ったろうが、最終的にはこうなったはずだ……この議員コイツは『気に入らない』



「……交戦中です」

 と、冷ややかなツナミの返答──〝大当たりビンゴ〟だ。こりゃ相当そーとー癇に障ったらしい。


 ──面白くなりそうだ……。


 素っ気のないこの回答に、議員とその友人だというネイハム・レローが眉を顰める。どうも心証を害したらしい。コトミが目線を泳がせている。


「だいたいなぜ航宙軍の船が連合ミュローンと交戦しているんだねっ? ──星系同盟はミュローンの庇護の下、帝政連合下にあるわけだから彼らは友軍じゃないか」


 レローお友だちがわかったふうなことを言い始めた。こいつは傑作だ……。大丈夫か、こいつ等。──実際に攻撃されたのは航宙軍俺たちの方だぜ。理由はあっちに訊いてくれ。


 ツナミはと言うと、不機嫌そうな表情かおを隠そうともせず言っていた。


「〝友軍〟の定義を見直す必要がありますね」


 コトミがもう一度視線を泳がす。一瞬後れてから、言われたことの意味を解したレローが顔を強張らせた。これには俺も視線が泳いでしまった。



 議員クレークが苛ついた声で詰問する。──考えてみれば、この人も災難だろう。


「──聞けば君らは正規の乗組員を待たずに候補生だけで桟橋を離れてしまったそうじゃないか」


 レローがその言葉尻を引き取って、追及するように高い声を張り上げた。


「そもそも、いったい何の権限で勝手に戦艦を動かしているんだね、キミたちは?」



 ──この素人トーシロが。


 俺は内心で毒づいた。ツナミも同じ思いだったろう。


 ツナミやつは真っ直ぐにレローに、次に議員へと視線を向けた。


 それから大きく息を吸って口を開こうとするツナミより早く、余所行きに改まった声のアマハの姐さんが横から割り込んだ。──女性おんなにはいくつも顔がある。


「航宙軍としては、降伏の命令を受けていない以上、艦の保全を優先する必要がありました──」

 日本人形張りの無表情で二人を見据える。「艦の指揮権も航宙軍の継承序列に則り正しく移譲されており問題ありません」


 将来の若手エリートキャリア官僚を思わせる容姿と冷静さとでそう切り返したアマハ姐さんに議員のお友だちは口を噤んだ。


 少ししてからクレーク議員が再び口を開いた。


「確かこの練習艦ふねにはオオヤシマの『ミシマ家』の御三男も乗っておられたと思ったが……。なぜ彼がここに居ないのかね?」


 ツナミはいよいよ面白くなくなった表情かおを、議員とその取り巻きに向けた。


 ──このミーティングは、もう少し長くなりそうだ……。


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