8 力のある者が力を恃む……迂闊なことですね


登場人物

・ユウ・ミシマ:宙兵78期 卒業席次1番、船務科船務長補、22歳、男

・イツキ・ハヤミ:同席次4番、航宙科航宙長補、23歳、男

・ユウイチ・マシバ:同席次8番、技術科技術長補、21歳、男、ハッカー


・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:

 ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女、エリナス・ブラムの偽名を名乗る

・ガブリロ・ブラム:

 星系自治獲得運動組織"黒袖組"のシンパ、学生、26歳、男


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6月6日 1000時

第一軌道宇宙港テルマセク/ 住居エリアトーラス外郭部救命設備】


 ミシマ達はその後3時間程の時間をかけ、紆余曲折の末に住居エリアトーラスの外壁に通じる救命設備内に辿り着いていた。


 騒乱状態で身動きが取れなくなったトーラスの内殻地上に見切りをつけ、緊急脱出口を降りてここまで来ている。

 途中の隔壁に施されていた平常時の封印シールは、〝ハッカー〟マシバが裏口コードで解除した。


「お前さ…… 何でこんなコトできるんだ?」


 接続した個人情報端末パーコムを外すマシバに、イツキが呆れ顔して問うた。事も無げな顔でマシバが応じる。


「──何でって……そりゃオモシロいからじゃないですか」


 これにはさすがのイツキも肩をすくめるばかりだった。

 ミシマも非常事態だったのでこれ以上何も言うつもりはないようだ。

 実際、これで緊急時脱出用の救命艇ボートを使ってカシハラに帰艦するという発想アイデアも実現可能となったわけだが……。



 同行者となったエリナスは眉を顰めるでもなく、冷静に事態の推移を窺っている。兄だというガブリロの神経質な視線の動きとは対照的だ。


「この救命艇ボート……本当ホント手動操縦マニュアルで動かせるのか?」


 そう言ってイツキは、一番最後からついてくるミシマを振り見やった。

 ミシマは思案気な表情をしてエリナスの後ろ姿を追っていたが、そう問われると視線をイツキに戻した。


「規格上、港湾に準ずる設備に設置される救命艇ボートは手動で操縦できる必要があるんだ」


「なら操縦は任せてくれりゃいいけどさ」 航宙科ですでに航宙船舶操縦の資格を取得済みのイツキが言う。「──ほんとにロック、解除しちゃうの?」


 それにはマシバが割って答えた。


「そちらの方はご心配なく。一切形跡を残さず解除できると思いますよ」


 イツキは苦笑し、それから同行の大学生の二人を見た。

 兄の方は心配そうな表情になった視線を外し、妹の方は困ったような微笑みを浮かべて返して来た。



 この少女──エリナス・ブラムといったか──は、一体何者だろう……。


 星系同盟市民と言っているが本当のところはわからない。兄と紹介されたこの男だって、果たして本当にそうなんだかわかったものじゃあない……。


 ミシマは、今朝方に出会ってから行動を共にする事になった学生二人──ブラム兄妹に一抹の疑念を含む視線を向けてしまう。兄の方は政治思想家だというが、まあ、それにウソはなさそうだ。線の細さは活動家向きではなさそうだし、終始おどおどとして何が出来るとも思えない。


 むしろ妹を名乗るこの少女の方が、余程に肝が座っていて得体が知れない。兄よりもずっと運動家と言っていいように感じられるし、時折耳に付くミュローン訛りも腑に落ちなかった。



 離床前点検プリデタッチチェックと起動ロックの解除のためにイツキとマシバを操舵室に残してキャビンに戻ったミシマは、エリナス・ブラムが一人になったタイミングを見計らって声を掛けた。


「ちょっと乱暴なやり方になってしまって申し訳ないけど、とにかくもう少しの辛抱ですから」

「航宙軍の士官学校には、いろいろな人がいるのですね」


 エリナスはミシマを向くと、心から驚きました、というような表情をしてみせた。

 ミシマは決まりの悪い表情になって応えた。


「──78期卒はおかしいんです……」


 彼女が小さく笑う。そんな笑い方一つにミシマは所作の綺麗な女性ひとだなと思った。

 それから何でもないことのように訊いてみる。


帝国宇宙軍ミュローンは治安出動の名目で動いているそうです。まるでステーション全域を制圧する勢いですよ、彼ら……」


「──力のある者が力を恃む……迂闊なことですね」


 そう呟くように言って視線を落とす彼女の横顔は、何か高貴さのようなものを漂わせている。ミシマは、穏やかな口調で言ってみた。


「しかし連合ミュローンが情勢を利用するならこのタイミングしかなかった……帝国当局ミュローンは貴女を捜してもいるのでしょう? ──エリン殿下」


 少女はハッとして再度ミシマを向いた。探るような声になって訊く。


「いつから、気付いていたのですか……」



 ミシマは真っ直ぐ見返した。


「シング=ポラスに留学中の皇族が居られることは存じておりました

 ……貴女にはミュローンの訛りが微かにあるし、言い回しが少々仰々しい。

 ですが本当にそうなんじゃないかと思ったのはいまさっきです。


 ──『力なき者弱者が力を頼るははかなきこと。力ある者強者が力をたのむは卒爾そつじなこと』──


 300年前のミュローンの実力者、アトレイ・フレトリクスの言葉ですね?」



 彼女の頬に微かに朱が差していた。

 するとようやく年齢相応の表情となった彼女が、一つ息を吐いて、観念したように苦笑を浮かべた小首を傾げてみせる。


「もともとこういう事演技は得意ではないのです ……それで、わたしはどうなります? 当局ミュローンに突き出しますか?」


 最後に敢えてそんな言い様をしたのは、ミシマを信用してくれているからだろうか。

 それで今度は、ミシマの方が困った顔になってしまった。


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