1 〝歯車は回った〟
登場人物
・アーディ・アルセ:帝国宇宙軍装甲艦アスグラム艦長、大佐、39歳、男
・メルヒオア・バールケ:帝国宇宙軍情報本部付特務中佐、34歳、男
・マッティア:アスグラム第一副長/航行管制、中佐、36歳、男
・ネイ:アスグラム第二副長/戦闘情報管制、少佐、31歳、女
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星域を統治するベイアトリス朝ミュローン帝政連合は、複雑な背景と統治機構を持つ二重帝国であった。
覇権国家であるベイアトリス王国の権威の下、アルファ・ケンタウリ系移民のミュローン連合、地球東欧諸国を起源とするアデイン連邦、そしてそれ以外の惑星国家諸邦=星系同盟が連なるモザイク国家は、
片や後発の入植となった日系植民の惑星オオヤシマを中心とする、経済力を背景に自治権の拡大を求める新興勢力──『
この両者のにらみ合いは、帝国のもう一方の雄、『
もともと軍事偏重の支配階級たるアルファ・ケンタウリ系移民のミュローンと、特権的地位を有する宇宙開発黎明期からの地球本星移民であるアデインとの妥協の産物であった帝政連合は、“良識の国父”と評された皇帝グスタフ22世 (アデイン連邦の国王位も同時に兼ねる)が病床に伏すと、たちまち危機に陥ることとなった。
統治機構の根幹とされていたはずの帝政連合議会が機能不全に陥ったのだ。
帝政連合政府の『第一人者』の地位にあったフォルカー卿は、帝国の国利と繁栄はミュローンのそれと共にあると掲げ膨張政策を推進していたが、折しもの皇帝不在で開催されぬ議会の頭越しに、ミュローンの筆頭国家ベイアトリス王国と
二重帝国の共同軍事組織──通称『国軍』は、その恒星間規模での戦力投射能力の7割までをミュローン連合が供出していた。事実上のミュローン軍閥である。
その『国軍』が、帝政連合政府の『第一人者』の意思を体現することになったのは、銀河標準時で6月6日の朝である──。
6月6日 0500時
【アスグラム/ 第一
「暗号電、届きました──“歯車は回った”…… 状況、動きます」
星系同盟諸邦の有力星系の一つシング=ポラス。そのラグランジェ点の一つL5近方の空域に漂う小惑星群に潜んでいた
「かくて賽は投げられる、か…… よし始めよう」
ミュローン宇宙軍大佐アーディ・アルセは落ち着き払った声で通話機越しに第三艦橋に詰める第一副長マッティア中佐に告げた。すかさずマッティアが航行管制を担当する第三艦橋クルーに号令する。
「抜錨! 輻射管制解除、アスグラム発進する!」
ミュローン装甲艦は、その小振りだが凶暴な外見の艦体を小惑星帯から現すと、するすると離脱を開始した。
L5近傍の安定した軌道に在って
SE四六七年就役のアスグラムは、ミュローンの戦闘艦艇としては船脚は速くなかったが、独行での通商破壊戦を想定して設計された重武装艦であり、いまその重厚な艦体が兵器としての威圧感を存分に発揮し始めていた。
第二艦橋より艦の各種センサーが軌道宇宙港を捉えた旨の報告を受けると、アルセ大佐は戦闘出力での電波妨害を命じ、さらに艦を前進させる。程なく、宇宙港
4時間後──。シング=ポラス
「こちらテルマセク管制室。接近中のミュローン艦、応答願います。ミュローン艦、応答願います」
管制室の扉が開き、管制長の徽章のついた制服の女性が管制長の席へと流れてくる。
「管制長!」
「みんな落ち着いて── あーん誰か…その
管制長は部下を制するようにジェスチャーをして、接近中のミュローン艦に通話回線を開くよう指示を出し、自らは強張った表情ながら努めて冷静な声で呼びかけた。
「接近中のミュローン艦に通告する。貴艦の行動は我が──」 しかし返答はなく、
管制員が蒼ざめた
「強力な電波干渉、ミュローン艦より発信されています。これは…… 明らかに戦闘行為です!」
再び、
「このままステーションごと宙港を押さえる」 アルセ艦長は簡潔に指示すると、第二艦橋の第二副長を呼び出す。「──ネイ少佐、機動機隊発艦準備よいか?」
程なくして手元の通話スクリーンにヘイゼルグリーンの瞳の美女が現れ、キビキビとした口調で答えた。
「準備完了してます ──接舷攻撃支援機、9機が
頷くアルセ艦長の隣に、中佐の階級章をつけた痩身の男が流れてくる。
「機動機を出しますか」 そう言って艦長席の横、アドバイザの予備席に収まる。
艦長は短く答えた。
「暴動の鎮圧だ。港内を制圧する必要がある ──問題でも?」
「治安出動となりますよ」
艦長はふんと鼻先で笑うと、予備席の男──情報本部の制服を纏った中佐の男と薄く笑い合う。それから艦内の各部署へ制圧に必要な指示を次々と下していった。
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