皇女と候補生と航宙軍艦 カシハラ号

第１幕

第１話 はじまり

プロローグ あり得んだろう‼ 納得いかんっ！

登場人物

・【俺】タカユキ・ツナミ：

　　宙兵７８期 卒業席次２番、戦術科戦術長補、２２歳、男

・コトミ・シンジョウ：同席次６番、船務科、２３歳、女、ツナミの幼馴染み

・トウコ・クリハラ：同席次５番、戦術科砲雷長役、２２歳、女、通称『氷姫』

・ヨウ・ミナミハラ：同席次１７番、戦術科、２４歳、男

・ジュンヤ・タカハシ：同士官候補生准尉、船務科、２２歳、男

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６月６日　１１００時

【カシハラ／　ＣＩＣ】　──タカユキ･ツナミ──

　──冗談じゃないぞ！

　練習巡航艦カシハラの戦闘指揮所（ＣＩＣ）。ようやく周辺宙域の状況が刻々と映し出されるようになった複合モニタを見た俺──航宙軍士官候補生准尉、タカユキ･ツナミ──は、そう心中で叫んでいた。

　モニタ上に連なる光点は明確に本艦への衝突（コリジョン）コース──この場合は攻撃コースをとっており、しかも敵味方識別装置（ＩＦＦ）は停波されている。

　そのことが示す実際の状況（シチュエーション）は、ＣＩＣの納まっている船殻の外部（そと）、現実の宇宙空間を帝国宇宙軍（ミュローン）の接舷攻撃支援機がきれいな三角編隊を組み、トーラス型スペースコロニーの港湾（ベイ）エリア──宙港中央回転軸に伸びる『大桟橋』に停泊中の本艦に向って、宙港を外周しているトーラス（住居エリア）を掠めるように加速、接近中。つまりこれは、本当の戦闘機動（コンバットマニューバ）ということだ。

　──なんでこんなことに……　友軍の戦術機動機の攻撃を受けることになんてなるんだよ⁉

　練習艦とはいえ航宙軍艦籍を有する４等級艦の正規乗組員（クルー）が一人残らず艦を離れ、候補生だけで帝国軍（ミュローン）から突然の襲撃を受けるなんて異常事態（シチュエーション）……ふつーに考えて、あり得ないだろうっ‼　──今時の安っぽい立体（ホロ）ビデオの連続ドラマでだってもっとマシな考証するハズだ‼

　俺はこの事態に納得が行かなかった。教育本部や艦隊の幹部たちは皆大馬鹿ヤローなのか⁉　この上、さる高貴な生まれの姫君なんか乗艦してきたりはしないだろうな……。

　俺の脳内に、とりとめのない思考が渦巻く──。

「距離、４０００──　さらに加速……！　突っ込んでくるよっ！」

　そんな俺の思考を電測管制員の声が遮った。ハッと我に返るが、電測員の裏返ったその声に、制御卓（コンソール）についているのも同期の士官候補生ジュンヤ・タカハシ准尉だと再認識させられ、ついイラっとしてしまう。

「こちらからの呼びかけには──」

　主任管制員に確認する声も震えてしまいそうになった。

　──くそ、コイツにだけはみっともない姿を晒したくない……。俺は意志の力でねじ伏せて訊いた。「──応えないんだな⁉」

　帝国軍（ミュローン）は先の動力停止と艦の明渡しの勧告の後、此方（こちら）からの通信を一切無視していた。──回答は動力の停止のみ、ということらしい。航宙軍の艦船は問答無用で接収できるものと決めて掛かっているようだ……。

「通信は依然途絶……　──現在、周辺空域に強力な電波干渉を確認……」

　主管制の制御卓（コンソール）に座る候補生准尉コトミ・シンジョウ──士官学校入校前からの腐れ縁、幼馴染なのだ──が、通信支援室からの報告を繰り返す。コイツの不安そうな視線を感じはしたが、いまはモニタから目が離せない。

「戦術長、近接防御火器（ＣＩＷＳ）の起動を……」　近距離防御管制の卓についたミナミハラ准尉──コイツも同期の候補生だ──が割って入ってくる。

「──ダメだ‼　港内でＣＩＷＳは使えない！」

　戦術長役としての俺と、近距離防御管制卓のミナミハラとの間の面白くも何ともない不毛な掛け合いの最中に、ＣＩＣ内の幾つかのモニタの中の外部の光学映像が真っ白になった。

「な、何だよ…何がどうなった？」　

　狼狽えるミナミハラ──いちいち狼狽えるな！──に、コトミが状況を伝えた。

「──識別不明機からの誘導弾　……数は６、艦体の至近で炸裂！」

　敵機──クソ！　『不明機』じゃない！　これは演習じゃなくて本当に『敵機』だ！　はモニター上のプロット表示によれば、トーラス（住居エリア）の外壁を再び回り込んで同じ攻撃コースに載ろうとしていた。

「いまので威嚇は終わり、ってことだ！　ヤツ等、次は当てに来るぞ‼　──砲雷長、対空戦闘用意！」

　俺は広くはないＣＩＣ中に響くような声になって射撃管制砲雷長の役割で制御卓（コンソール）につくトウコ・クリハラ准尉の、『氷姫（クールビューティ）』の綽名の由来となった沈着冷静な横顔に言う──と言うより叫んでいた。

「──パルスレーザ‼　光学画像解析による予測照準指示のもと、撃ち方、用意！」

「対空戦闘用意──　パルスレーザー、光学画像解析による予測照準指示のもとー、撃ちー方よーい」

　クリハラは俺の声よりもずっと冷静な声で復唱してみせた。

　俺はモニタを確認する。思った通りだ。ミュローンの接舷攻撃支援機３機は、こちらの防御が機能していないと見て取り、先程と全く同じ侵入コースを採った。完全に舐めてかかっている……。

　ならこっちは照準用レーダを作動させずに照準させてもらうまでだ。能動的な電磁波の発信（アクティブセンシング）がないため、向こうはこちらの照準作業を知りえない。

　果たしてミュローン機は先程と全く同じ侵入コースを辿り、本艦の左舷（ひだりげん）４基の連装パルスレーザ砲塔が指向する未来位置の想定範囲の中に飛び込んできた。俺は胃がむかつくのを抑えて命令する。

「撃ち方、はじめ！」

「撃ちー方はじめ」　クリハラは復唱し、タイミングを計って引き金を引いた。

　その砲撃は敵にとっては全くの不意打ちとなった。パルスレーザの８門の光束がミュローンの３機編隊を捉え続け、次の瞬間には編隊を爆散させていた。ＣＩＣに小さく歓声が上がる。

　だが俺は歓声なんか上げれなかった……。逆に背筋の凍る思いに捉われる。

　なんで『国軍』が武力介入してきた……。これはもう侵攻だぞ。まして航宙軍と帝国宇宙軍（ミュローン）との武力衝突なんて……。こんなコト、なんで起こる⁉　あり得るか？

　それに……　それにさ！

　──人が死んだぞ！　……いまので‼

　俺は気分が悪くなるのを必死に堪えた。