第8話 残さない

ステーキも終盤戦、太谷と中山は揃って食べ切り、細谷の完食を待つばかりだ。


太谷に、ゆっくりで良いと言われているので、細谷は焦らず味わうことにした。

しかし、1ポンドステーキとハンバーグのセットはやはりボリューミーで細谷にはきつかった。

すでに、第2の満腹に到達寸前だが、細谷はまだ自由に別腹を作る技術を身につけていないので、完食できそうにない。


「ふとし…。今回、食べきれないかもしれない…。」

細谷は弱音を吐いた。

特に、細谷にとって障壁となっているのは付け合わせのブロッコリーだ。細谷はブロッコリーが苦手なのである。


「ほそしは確か、ブロッコリー苦手だったよな?」

細谷は頷いた。

長年、食事を共にしてきているだけあって、太谷は細谷の好みを把握している。

「いつもなら、もらうところだが、デブ道に入門したからにはそうはいかんぞ。」

太谷は首を振った。やはり、デブ道の教えがあるようだ。


「例えば、一緒に食事をしていて、肉をたくさん食べる人が、野菜を根こそぎ残していたらどう思う?」

細谷は想像した。肉をばかすか食べているにもかかわらず、そのお皿の上にまるまると野菜が残っている光景を。

「うーん。なんていうか、食べるのが好きなのに、好き嫌いが多いんだって残念になるかも。」

その答えに、太谷はうなずいた。


人のことまで考えられるデブ道の教えだ。大食いなのに、残しているものがあると、不快とまではいかないが、なんとなく残念な気持ちになる。食べる幸せを提供しきれていないのだ。

それに、食べ物を残すということは、魂を込めて作ってくれた料理人に失礼だ。基本的に、おいしい食事が出来るのは、料理を作ってくれる人がいるおかげだ。常に感謝を忘れてはいけない。


細谷は思った。なんでも好き嫌いなく食べる人の方が、見ていて気持ちが良い。それに、作った人の立場になったら、残さず食べてくれた方が、嬉しいに決まっている。


「ちなみに補足しておくと、アレルギーなどで食べられないのは、仕方ないことだ。その場合は、事前にアレルギーであることを伝えておき、調整してもらうようにするなど、配慮が必要だ。」

太谷は、どんな人への心配りも忘れない。


「量についても、基本的には食べきれない量を頼まないこと。無駄になってしまうから。食べられる量は徐々に増やしていけばいいので、デブ道としては、挑戦的な量を頼まないようにしたい。」

太谷は、話を区切った。


細谷は、深くうなずいた。『残さない』こと1つにおいても、様々な理由が渦巻いているのだと感じた。目の前にあるステーキとハンバーグ、そしてブロッコリーも、食べ切ろうという熱い思いがこみ上げてきた。


自分は、まだやれる。


細谷は、残りの料理を食べきるため、ナイフとフォークを装備した。

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