第5話 満腹の世界-③

満腹を超えた満腹をさらに超えた世界、『別腹』。別腹は実在した。

太谷は、別腹の解説をしていた。


別腹の正体は、満タンの胃の中に少しだけ空間が出来ることだ。

例え胃が満タンだったとしても、美味しそうなものを見た時、人間の脳はそれを『食べたい』と感じ、無意識の範囲で胃に空間を空けるように指示を出す。

そして、胃に隙間ができて無事食べることが出来る。

胃の動きをX線で見てみると、実際に隙間を空ける動きは確認されている。


「そういうことなのか。」

細谷は納得した。人間の神秘である。

「そして、この別腹を作る動きは、訓練によって自在に操る事が出来るようになる。」

太谷はそう言いながら、最後の肉を食べ終えた。

細谷にとって、このしゃぶしゃぶは学びの多い食事となった。

「おれは、全然太るための努力が出来てなかったんだな。なんていうか、上の世界がまだまだ広がってるなんて、考えたこともなかったよ。」

細谷は普段、太谷と食事に行くときは、美味しそうに食べるなと思っていただけだったが、まさかこんな食に対して思考を巡らせていたなんて、新しい発見だった。


「ちなみに。」

太谷はアイスを食べ終えて言った。

「理論上、別腹の上の世界が存在する。まだ習得出来てないが。」

細谷はもう驚く余力がなかった。まだ上の世界があるとは。そして、別腹を作ってまで食べているのに、まだ食べようというのか。

「もう、胃袋に入らないよな?」

太谷は頷いた。

「そうだ。別腹を使って詰め込めるだけ詰め込んでいるから、もう胃袋にものは入らない。そこで考えたのが、入れた食べ物を『胃の先に送る』ことだ。」

細谷は唖然とした。食べた時に最初にものを受け入れるのが胃だ。この胃にものが入らないなら、胃を空にしてしまえば良いという発想。常人には思いつかない。

「どうすれば、意図的に胃の中のものを先送りにできるのか、よく分かっていない。これが習得できれば、さらに食べる事ができる。ある筋の話によると、大食いの世界で生きている人は、この技を使うらしい。」

太谷はそう言うと笑った。


満腹の世界に入門した細谷は、重くなったお腹をさすりながら店を出た。

一言で言うなら、苦しい。非常に苦しい。デブ道はたやすい道ではなかった。

会計を終えて出てきた太谷は、細谷に言った。

「じゃあ、夕飯忘れずに食べるんだぞ。」


細谷は、まだ夕飯のことなんて考えたくなかった。何しろお腹がいっぱいなのだから。

驚きの連続だったが、勉強になったとも思った。しかし…


「太るのって大変なんだな…。」

そう呟いて、細谷は帰路に着いた。

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