第3話 満腹の世界-①

しゃぶしゃぶの食べ放題にやってきた2人。

気合いを入れて朝ごはんを抜いてきた細谷だったが、デブ道の格の違いを見せつけられる結果となった。


食べ放題開始から1時間、細谷の食べるペースは明らかに落ちていた。

「ふぅ…。お腹いっぱいになってきたなぁ。」

細谷は思わず言葉を漏らし、箸を置いた。


太谷は相変わらずのペースで食べ続けている。細谷は、これまでの食べ方を思い返してみる。

まず、太谷の注文のタイミングはまさに完璧で、開始からこのテーブル上に肉が無くなった事はない。

届き次第、肉の皿はテーブル積まれ、同時に肉はしゃぶしゃぶの鍋の中へと放り込まれていく。

太谷は、タイミングを見計らって入れているのか、鍋の中には常においしい状態の肉があり、食べる手を止めるタイミングが無い。

つまり、食べ放題の時間内で、最高の効率で肉を食べるために、待ち時間を無くしているのだ。


思い返してみれば、細谷が太谷と食べ放題に行くときは、いつも太谷が奉行をしていたように思う。改めて見ると、効率を上げるための様々な技が使われているようだ。


「ほそし、お腹いっぱいになった?」

手が止まっている細谷を見て、太谷が聞いた。

「ちょっとね…。少し休むよ。」

細谷はお腹をさすって、満腹をアピールした。

「じゃあ、満腹の話をしよう。食べながらで良い?」

太谷は、食べる手を止める事なく、デブ道の話をしてくれるらしい。

「あ、うん、もちろん。」

細谷は頷いた。


「ほそしにとって、満腹って何かな?」

満腹とは何か。突然の問いに、細谷はたじろいだ。

「満腹…?」

空を見つめ、細谷は考えたが、1つの答えを見つけた。

「お腹がいっぱいの状態かなぁ。」

そう言いながら、膨らんだお腹をさすった。

「そうだね、半分正解で、半分不正解だ。満腹というのは…。」


満腹というのは、脳にある満腹中枢という器官が、胃にものが入ってきたり、血糖値が上がったり、咀嚼する事で刺激されて、『お腹いっぱいだよ』という合図を送ることで、満腹だと感じる。

これがいわゆる満腹だが、まだ食事を終わらせるのはもったいない。


「満腹になったら終わりじゃないの?」

太谷の説明に、細谷は首を傾げた。

「そうだ、まだ終わりじゃない。満腹中枢が合図を出している状態だからと言って、胃袋が満タンになっているかと言えば、そうではない。まだ、食べる余地は残っているんだ。」


なるほど、と細谷は思った。満腹感があるからと言って、もう食べられないかと言えばそうではない。胃袋にまだ隙間があるなら詰めてしまえ、という事らしい。

確かに、そこまでして食べたことはなかったなと、細谷は思った。


「この、満腹中枢が合図を出している状態を、『第1の満腹』と呼ぶ。」

太谷は、相変わらず食べ続けながら言った。

「つまり、満腹を超えた世界って事か…。よし、踏み込んでみよう。」

細谷は、決死の覚悟で箸を持ち、戦いの場へと赴いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る