第7話 黒剣登場
その、飛び込んできた何かが先生の首を掴んでいた。
人間の右腕。
そして褐色の肌の色。
見覚えがあった。それは、僕の部屋で見せてもらった黒剣の右腕だった。
「くっ。放せこの」
そう言いながら槙田先生は右掌を外へ向ける。
掌が眩く光ったかと思った瞬間に、火球が外へと飛び出していった。
ドゴーン!
窓の外で火球が弾け、炎が燃え上がる。
「何処にいる。今度は逃がさない」
黒剣の右腕を放り投げ、先生は窓から外へと出て行った。
コトリ。
また、石膏像から音がした。
石膏像?
これは警察の人じゃないか。僕はなんて勘違いをしていたんだ。
この人生きているのか?
そう思った瞬間に空間が歪んで見えたその奥から黒剣が姿を現した。
「ふふ。良い格好をしているじゃないか。おお。これは眼福という奴だな。ははは」
黒剣はケラケラと笑いながら右腕を拾い、肘に装着する。そして掌を握ったり開いたりして感触を確かめていた。
「黒剣」
「何だ?」
「どうしてここが分かったの?」
「どうしてもこうしても、最初からここにいたのさ」
「え?」
「だから、貴様と一緒にいた時に姿を消した。アレは見えなくなっただけでその場にいたんだ。そしてトラックの荷台に乗ってここまでついて来たって訳さ」
「まさか、ずっと見てたの」
「ああ、裸に剥かれる時の貴様の表情は傑作だったぞ」
僕は途端に恥ずかしくなった。
今さらながら、自分が素っ裸であったことを自覚したからだ。
黒剣はごついナイフを取り出して、僕の両手足を縛ってあったヒモを切ってくれた。ベッドから起き上がってみたものの、寒いし股間を隠すので精一杯で、とにかく恥ずかしかった。
「ほら。これでも着てろ」
黒剣は上着を脱いで僕に差し出してくれた。そして、周囲に散乱している服の切れ端を漁りながらつぶやいた。
「こりゃあ再利用できそうなのは無いね。裁縫道具は無いし時間もない。残念だがそれで我慢しろ」
黒剣はクククっと笑っている。下半身素っ裸の僕の姿がそんなに可笑しいのだろうか。
「じゃあ退散しようか」
黒剣に手を引かれ外に出て行く。そしてピックアップのドアを開く。
「乗りな」
「コレ、先生の車じゃないですか」
「ちょっと借りるだけだからいいんだよ」
「でも……」
僕が渋っているとお尻を蹴飛ばされた。そして、腰から拳銃を抜いて、建物の方へ向かって構えた。
「早く乗れ」
パンパン!
黒剣の持っていた自動拳銃から乾いた破裂音が響く。そして彼女は手りゅう弾のピンを引き抜いて投擲した。
バン!
向こうで手りゅう弾が爆発する。
僕は車に飛び乗った。黒剣は運転席に乗り込む。
「運転できるの?」
「簡単だ。オートマだからな」
まだ高2なんだから免許なんて持ってないだろうに、黒剣にとっては関係ない事のようだ。
パーキングブレーキを解除した瞬間に猛ダッシュする。そして、車が停車していた場所に火球が放たれたのが見えた。火球は弾け、大きな炎が吹き上がった。
「ははは。奪還成功」
「成功って……何だかゲームみたいな言い方だね」
「そう思うか」
「うん」
「ある意味そういう事なんだ」
「え?」
「貴様の争奪戦って事さ」
「そういえば、槙田先生が僕の事が貴重だって言ってたんだけど」
「その通り。貴様は貴重品だ」
「物みたいに言わないでくれる?」
「ふふ。ん? 不味い。もう追いついて来た」
バックミラーを見ながら黒剣が言う。この車に追いつくなんて、空でも飛んでるのだろうか。
前方の崖に火球が弾けるのが見えた。
落石が起こって道路を塞いでしまった。黒剣は急ブレーキをかけて停止する。
「あの火球は何なのさ。先生、変だよ」
「そうだな。魔法使いは変だな」
「あれは魔法なの?」
「他にないだろう」
先生が魔法使い?
これはもう、どんな設定なんだと叫びたくなる。自分の脳内ではもうついていけなくなっていた。
「昌彦。車から降りて隠れていろ。槙田は私が相手をする」
「分かったよ」
僕と黒剣は車から降りた。そこへ、本当に空を飛んできた槙田先生がゆるりと着地をした。
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