第2話 殺人事件

 しかし、校門の前には人だかりができていて、中には入れなかった。


「おはよう」


 突然、後ろから声を掛けられた。振り向くとそこには黒剣がいた。


「殺人事件だ。今日は休校だな」


 ビックリした。止まっていたにもかかわらず、転倒しそうになった。殺人事件だなんて信じられない。


「黒剣。本当か?」


 僕の言葉に黒剣が頷く。


「本当だ」


 教頭先生が出てきて大声で帰宅を促した。理由は言ってなかったけど、休校になっていたのは本当だった。


 殺人事件。学校で誰かが殺された。

 何で黒剣は知っているんだ。


 彼女は薄ら笑いを浮かべていた。

 人が死んだって言うのに笑っている。この少女は何を考えているのだろうか。そして、僕はどうして彼女を好きになったのだろう。


 僕の心は恐怖と恋慕が渦巻いていた。


「休校になったな。サイクリングでもしよう」

「サイクリングって?」


 黒剣はニヤニヤしながら僕の自転車を指さしている。

 まさか、二人乗りする気なのか?


 僕は自転車に跨った。

 自転車の荷台に横座りする黒剣。彼女は僕の腰に手を回した。


「早く出せよ。二人乗り出来ないのか?」

「違法なんだけど」

「気にするな」


 僕は黒剣の考えていることが分からなかった。何でこんなみたいな事をしたがるのか。


 僕は自転車をこぎ始めた。


「どこに行くの?」

「人気のない場所」


 黒剣の言葉に頷いて自転車を走らせる。僕は河原の公園へと向かった。平日の午前中なので人はまばらだ。


 自転車を止めた僕に黒険が話しかけてくる。


「ここで良いのか?」

「とりあえずは」

「不純な動機があれば、もっと人目につかない場所を選ぶはずだが」


「不純な事なんて考えてないよ」

「ふん。信じてやろう」


 自転車を降りた黒剣は、ニヤニヤと笑いながら僕を見つめていた。

 二人でベンチに座った。こんな所で二人っきりになるなんて信じられなかった。もう、爆発するんじゃないかって位に心臓がドキドキしていた。


 僕は多分真っ赤になっていただろう。でも、黒剣は何もなかったかのように平静を保っていた。


「聞きたいことがあるんじゃないのか?」


 そう。沢山ある。

 昨日、何故倒れたのか。

 そして、その後何故消えたのか。

 休校になった理由が殺人事件だって、知ってたのか。


 一番気になるのは、黒剣が僕の事をどう思っているのかなんだけど、実際聞いたのは一番当たり障りがない事だった。


「どうして殺人があった事知ってたの?」

「監視カメラに映ってた」

「そんな事できるの?」

「簡単さ」


 黒剣はスマホを取り出し、映像を見せてくれた。

 そこには、警察関係者が現場検証をしている様子が映し出されていた。その中心には、男性の遺体らしきものが見える。


「あまり見ない方がいい。トラウマになるからな」

「それって、殺人事件の現場って事?」

「ああ、理科室だな」


 理科室に遺体があった。

 それは物凄くショッキングな映像だった。一番当たり障りがないなんて勘違いしていた。倒れていたのは、多分、自分の知っている人だ。


「それ、誰かな?」

「用務員の佐倉さんだよ」


 元々建築関係の仕事をしていて、何でも修理する器用な人だと聞いたことがある。仕事熱心で親切で人懐こかった。笑顔が素敵なおじさんだった。そんな良い人が何故死んでいたんだろう。黒剣は殺人だと言っていた。誰かに殺されたんだ。


「何で殺されたのかな?」

「私が知っている筈ないだろう」

「それもそうだね」

 

 僕は引きつった愛想笑いをしていた。佐倉さんが死んだっていう事実を受け入れられなかったんだろう。


 でも、黒剣は冷静に見えた。事件の真相を知っている、そんな自信にあふれているようだった。


「学校で殺人事件があるなんてビックリするよね」

「まあな」

「学校がないと何していいか分かんないよ」

「そうか?」


 黒剣は僕の方を向き顔を近づけてぼそりと言った。


「ちょっと冒険してみたくはないか?」

「冒険って何さ」

「不純な事」


 黒剣の言葉にドギマギしてしまう。

 何だ、誘われているのか?

 いやこれは、からかわれているに違いない。きっと、この公園の監視カメラの映像を録画しているに決まっている。


「からかわないでくれ」

「意気地なし」


 蔑まれたと思った。僕は俯いて、両手を握りしめて震えていた。


「冗談だよ。事件の方さ」

「事件って?」

「ああ、今朝の事件さ」


 僕なんかに何かできるはずがない。そう思っていた。

 でも、黒剣は違うみたいだった。


「事件をどうするの?」

「犯人を捕まえるんだ」


 僕たち高校生にそんなことができるわけがない。そう反論しようとした僕の唇は、黒剣の人差し指で押さえられた。


「今回の犯人は警察では捕まえられない。だから私がやる」


 自信満々だった。


 自分はどうするべきなのか、全く判断できない。僕は頭を左右に振っていた。


「犯人が分かっているのか?」

「大体な」


 まさかそんなことが……しかし、黒剣は監視カメラの画像を簡単に入手していた。しかし、そんなものは警察だって入手している筈。


「この先に興味はないか?」


 僕を見つめる黒剣。

 興味がないはずがないじゃないか。


 僕は黒剣の目を見ながら即答していた。


「ある。真相を確かめたい」

「いい返事だ。よろしく頼むよ」


 黒剣が差し出した右手を握った。


 黒剣と仲間になって事件を追う。このシチュエーションに心が躍っていた。

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