第9話

ヒラ村を出発したウィルバルトは、村の少女ミリの案内でムストルの沼地にある大洞窟へと向かい森の中を進んでいた。




 「それにしてもこの辺りは本当に色んな生き物がいるんだね。」




 「そうなんです! ムストルの沼地一体は王国の中でも有数の生き物の宝庫。私達も村の周りで採れる薬草や動物の肉、毛皮を売って暮らしているんです。」


 「でも魔巨人トロールが大洞窟を住処にしてからは動物達も魔巨人トロールを恐れて少なくなったみたいで、以前よりも捕れなくなって村の人達も生活が苦しくなってきてるんです・・。」




 そうだったのか・・。


 どうりで村人達に元気がなかったわけだ。




 ウィルバルトはそれでも目の前を行きかう多くの動物達に視線を向けながらミリの話に耳を傾けていた。


 少なくなったとはいえ、これだけ多くの動物が生息しているこの森は、ヒラ村にとっては切っても切れない場所なのだろう。






 「・・・だが、以前からも魔巨人トロールはいたのでは? 魔巨人トロールは人間にとっては脅威な魔族だろうが、特別珍しい魔族ではないからな。」


 ミリの話を聞いていたヴェストニアが口を開くと、ミリはこちらに振り返らずに話を続けた。




 「確かに魔巨人トロールは以前からこの辺りにも生息していました。でも人間が被害にあうことは殆ど無かったんです。」


 「それはこの湿地帯には餌となる他の動物がたくさんいたので、人間を襲う必要がなかったからです。」




 「ではどうしてこのような事態になっているのだ??」




 「それは大洞窟に住み着いた上位魔巨人ハイ・トロールのせいです。」




 上位魔巨人ハイ・トロール・・。確か魔族の中に現れるという変異種・・。


 奴らは総じて通常の魔族よりも知能も魔力も優れているってアーセム先生が言ってたっけ。




 ウィルバルトは竜騎士学園ナイト・アカデミーで教えられた事をミリの話で思い出す。


 そして、これから初めて目にするであろう上位種に少しの興奮を覚えるのだった。




 「ふむ。上位魔巨人ハイ・トロールか・・。確かに奴らがいると、通常は群れることがない魔巨人トロールが巨大な群れを作ることがあるからな。人間には脅威だろう・・。」




 「へぇ、お前よく知ってるんだな。いつものお前からはそんな真面目な言葉が出てくる何て想像できないぞ。」




 「な、何を!! ウィルバルト、私を誰だと思っているんじゃ!! あまりバカにするとどうなっても知らんぞ??」




 「そうなるって言うんだ??」




 「・・・・それはな、こうなるんじゃ!!」


 ポカポカッ!! ヴェストニアは立ち上がると、ウィルバルトの頭をその小さな腕で何度もたたき始める。


 しかしウィルバルトには少しのダメージも与えられず、ヴェストニアは次第に息を切らし、最後には大きく息を乱しながら頭の上に仰向けに倒れるのだった。




 「フフフフッ・・。お二人は本当に仲が良いですね! 私、竜騎士ドラゴンナイト様ってもっと怖い人たちなのかと思ってました。」




 「仲良いのかな・・・。でも、竜騎士ドラゴンナイトは皆怖い人ではないよ? どうしてそう思ったんだい?」


 ミリは笑みを浮かべながらウィルバルト達を見つめていたが、その質問に途端に表情が暗くなった。




 あれ、俺何かまずいことでも言ったかな??




 「実は、以前にも竜騎士ドラゴンナイト様が村に来たことがあったんです。でもその時の竜騎士ドラゴンナイト様は邪魔だからという理由だけで村の一部を破壊して去っていきました。」


 「だから、ここまで事態が深刻になるまで村の人達も竜騎士ドラゴンナイト様に依頼するのが遅れたというか・・・。」


 ミリはウィルバルトのを見つめると、少し申し訳なさそうに笑みを浮かべながら答える。




 それはたぶん竜騎士ドラゴンナイト協会を追放された暗黒竜騎士ブラックナイトだろうな・・。


 竜騎士ドラゴンナイトが悪く言われる際の大きな理由は彼らの行いが殆どだ。


 暗黒竜騎士ブラックナイトは王国ではお尋ね者。いづれ対峙することもあるかもしれない・・。




 「でもウィルバルト様もヴェスタ様もお優しい方だったのですごく安心しました!」




 「そうであろう! 私はドラゴン一優しいと評判だからな!!」




 神殺しが何言ってんだか・・・。




 ウィルバルトはミリの言葉に満面の笑顔で答えるヴェストニアにいつものように大きく息を吐くと、森の中をさらに進んでいった。






 「・・・竜騎士ドラゴンナイト様。静かに。」


 「見てください、あそこが大洞窟です。」




 しばらく進み森が開けると、ウィルバルトの前にムストルの沼地が現れ、そのすぐそばに大きく口をあける洞窟が目に入った。


 ウィルバルトがさらに目を凝らすと、その中へと多くの魔巨人トロールが入っていくのが見て取れる。




 あそこが大洞窟か・・。確かにかなりの魔巨人トロールがいるみたいだな。


 10、いや20はいるか?? どっちにしろ大洞窟の入り口を見張る2体の魔巨人トロールを倒さないと中へは入れそうもない。




 「ミリ、大洞窟の入り口はあそこだけかい?」




 「はい。あの大洞窟は奥に巨大な空間が広がっているのですが、そこで行き止まり。入り口も今見えるあそこだけです。」


 ウィルバルトはミリの言葉を聞き考え込むと、肩に移動していたヴェストニアに視線を向けた。




 「ここは正面突破しかないか・・。」




 「うむ。お前の考えている通りそれしか手がないだろうな。洞窟内を燃やせば簡単かもしれぬが、あの中には捕えられている人間がおるかもしれん。」


 「それにいくら他よりも知能があるといっても所詮は魔巨人トロール。罠を張ったりはしておらんだろうからな!」




 おぉ・・、なんか今日はこいつまともな事ばっかり言ってるな。 




 ハハハハハハ! ウィルバルトは笑い声を上げるヴェストニアに小さく笑みを浮かべると、隣にいるミリに視線を移した。




 「それじゃあ俺達はあの大洞窟に向かうよ。君は危険だからここで身を隠していてくれ。夜になっても俺たちが戻ってこなかったときはすぐに村に戻るんだ。分かった?」




 「・・・・・分かりました。」


 「竜騎士ドラゴンナイト様。どうかご無事で!!」




 ウィルバルトはミリに笑みを浮かべると、身を隠しながらさらに大洞窟へと近づいていった。




 「あぁー、俺も中で飯を食いたいなぁー・・。」




 「ああ、俺もだ。早く他の奴らに交代してもらいたいぜ・・。」




 おぉぉ。流石魔巨人トロールと言うだけあってなかなかでかいな・・。


 さっきは気分が悪すぎてちゃんと見てなかったもんな。




 洞窟の近くまで到着したウィルバルトは、目の前の2体の魔巨人トロールの姿に少々的外れな感想が心に浮かぶ。


 ウィルバルト自身は気づいてないが彼はもともと少し抜けたところがあり、屈強な兵士でさえ逃げ出すと言われる魔巨人トロールの醜い姿を目の前にしても緊張をしていないのはむしろ長所ともいえるだろう。




 「・・・ヴェストニア。ここまで来たのはいいけどこれからどうする?」




 「どうするも何も、正面から堂々と入ればいいだろう。」




 「・・・・それもそうか。」




 ウィルバルトとヴェストニアはお互いの顔を見合うと同時に笑みを浮かべ、ゆっくりと大洞窟へと進み始めた。


 当然2人の姿に気づいた見張りの魔巨人トロールは声を上げ、こちらに向かってくる。




 「何だお前は!! どっから来やがったんだ!!!」




 「いや、それよりも人間の子供だ。少しデカいがまだまだ肉は柔らかいはずだぞ。」


 ゲヘへへへ・・・。 2体の魔巨人トロールはウィルバルトの前まで来ると、不気味な笑みを浮かべ始め、その口からはよだれがこぼれ落ちていく。




 うわぁ、気持ち悪っ!!




 「ウィルバルト。さっさと片付けてしまえ。」




 「そ、そうだな。えっと、確か魔巨人トロールは火の魔法に弱かったから・・・。」


 「・・・火弾ファイアーショット。」




 ボシュッ!!!


 ウィルバルトから放たれた火弾ファイアーショットは、魔力検査の時と同様に黒い稲妻を纏いながら一直線に2体の魔巨人トロールに向かっていくと、命中した瞬間、大爆発を起こした。




 「・・・・・・なぁ、これ絶対洞窟の中の奴らにも気づかれたよな?」




 「うむ。そうだろうな。」


 「お前が火弾ファイアーショットなんぞ使うからそうなるんじゃ。もっと他の魔法もあるというのに・・。」




 いやいやいや!! 俺が知ってる魔法の中じゃ最弱の火魔法なんですけど!?


 お前の魔力のせいでこんな高威力魔法になってるんだろ?? 




 シュゥゥゥゥゥゥゥ・・・・。


 はぁ・・。 ウィルバルトは小さくため息を付くと、火弾ファイアーショットによって未だ燃えている無数の肉片となった魔巨人トロールを避けながら、洞窟内へと進んでいくのであった。




























 「た、助け・・・」


 ブシュゥゥゥ!! 大洞窟内では、捕えた人間や動物を魔巨人トロール達が自分達の口の中へと放り込んでいた。


 その中でも中央に座るひと際大きな個体が口を開く。




 「・・・・ところでさっきの音は何だったんだ???」




 「それなら見張りの奴らが暴れてるんじゃ・・、ギャァァァァ!!!」


 ドンッ!! 隣で食事を続けながら答える魔巨人トロールの頭を、上位魔巨人ハイ・トロールが握りつぶすと、周りの魔巨人トロール達は一斉に手を止めた。




 「お前らは本当にバカなのか!? さっきのは魔法の攻撃音だ!!」


 「・・・・とっとと見に行かねぇか!!」




 『へ、へい!!』




 しかし、魔巨人トロール達がその言葉で一斉に立ち上がり洞窟の外へと走り出そうとした瞬間、出口に通じる道からウィルバルトが姿を現した。




 「なんだお前らは!! 見張りの奴らは何をしてるんだ!!」




 「ハハハハハ!! たくさんおるの!!!」


 「全員まとめて私達が蹴散らしてくれるわ!! なぁ、ウィルバルト!!」




 「・・・そ、そうですね。」




 ウィルバルトはヴェストニアの興奮度合いに若干気持ち悪さを感じるも、狼狽える魔巨人トロール達に更に近づいていく。


 こうしてウィルバルトの初任務である魔巨人トロール討伐戦、その激闘?が始まるのであった。

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