37話目
花火大会が終わった帰り道。一人じゃ危ないんで、俺は沙奈を送っていた。
沙奈と帰る方向が同じ俺は、よくこの道を一緒に帰ったもんだ。
高校に入ってからは部活がっあったりして、一緒に帰る回数は減ったけど。
一緒に帰れる日は、今も一緒に帰ってる
学校から帰る時も、今みたいに二人で帰っていたが、今は沙奈が女の子になっちまって。
今と昔じゃ何するにも意味が変わってくる。
はぐれるからって、前は簡単に手をつないだもんだが。
今じゃ、理由なしには手をつなぎにくいもんだ。
何せ顔を見るのも恥ずかしくて、今だって沙奈のほうを向けない。
それに、おいそれと女の子に触れるのはダメだって思ってるからこそつなげない。
花火を見てるときに沙奈が、指を絡ませて恋人つなぎしてきたが、あれは俺からじゃないから大丈夫なはずだ。
でも沙奈は、確実に変わってきている。
流星群を見た次の日から確実に。
時折見せるしぐさが、恋伽よりも女の子しててこっちまでドキドキしてくる。
恋伽の仕草にドキドキしないのかと言えば、なんかもう慣れちまってしない。
それに俺だって恋愛経験が全くないわけじゃない。告白だって何回もされた。
でもここまでドキドキしたことがなかったから、この感情をなんて説明すればいいか分からない。
恋だとしたら、俺は沙奈が好きなのか。いや沙奈を好きなっていいのか俺は。
今の沙奈は変わっていってる最中で、精神的に不安定だといえる。
紗奈が女の子になってから、一体何回紗奈の涙を見たことか。
俺が好きだと言ったら、俺は沙奈の不安定な心に付け込んでいることにならないか。
俺はそれが不安で仕方がない。俺は、
「沙奈」
「夜玻」
気が付いたら俺は、名前を呼んでいた。沙奈も俺の名前を呼んでた。
偶然にしてはできすぎているが、偶然以外の何者でもなかった。
「夜玻、手つないでいい?」
沙奈の申し出は、今の俺には願ってもないことだった。
俺は適当な理由をこじつけてでも、沙奈と手をつなぎたかった。
この気持ちがなんなのか知るためにも。
「ああ、夜道は危ないからな」
つないだ沙奈の手は柔らかかった。
昔も柔らかかったが、今のほうが柔らかくてドキドキして顔まで赤くなってくる。
こうして手をつなぐと、奈の歩く速さが分かって合わせやすかった。
そうやって歩いていると、沙奈が俺に寄り掛かった来た。
そして、少し震えていた。沙奈が立ち止まって、俺も止まった。
「沙奈、疲れたのか?」
「うん、少しでいいからこうさせて」
今の沙奈は、弱弱しくて放ってなんかいられなかった。
そしてぽつりぽつりと沙奈は話し始めた。
「ねぇ夜玻、僕ね」
「ああ」
「女の子になって、初めは怖いとも何とも思わなかった」
「ああ……」
「でも、だんだん女の子になったって理解していって怖かった」
「っ……」
つい沙奈の手を握る手に力が入って、すぐ力を抜いた。
「もう、男の子だった僕じゃなくて。女の子になった僕がいて。だんだん僕が僕じゃなくなっていく気がして。すごく怖かった。でも、でも夜玻がいて、恋伽がいて、姉さんがいて。僕が僕じゃなくなって私になっても、変わらないでいてくれるってわかって。すごく安心したんだ」
「沙奈……」
沙奈はこんなにも悩んでるのに俺はっ! 俺は沙奈の気持ちに付け入ろうとしてたなんて俺は最低な奴だ! 俺は……
「夜玻、僕はもう前の僕じゃないかもしれない。少しずつでも僕が私になってるのが分かるんだ。今だって夜玻と手をつないでるとさ、ドキドキするんだ。前までこんなことなかったのにさ」
俺はこんな最低な自分に嫌気がさして、つないでた手を離した。
「お願い、手つないでちょうだい」
「でも!」
でも俺は、こんなに弱ってる沙奈のことを
「お願い」
俺を見る沙奈の眼は、今まで見たことがないくらい、真剣で涙目で潤んでいた。
こんなの、こんなの反則じゃないか。俺は最低なんだ! 最低な奴なのに。
なのに沙奈は、俺にもう一回手を握れっていうのかよ……
「わかった……」
俺は沙奈の訴えかけてくる目に負けて、もう一度手を握った。
「正直、僕にだってなんでかわからないんだ。どうしてこんなにドキドキしてるか。でも、こうしてると安心するんだ。近くにいてくれるってわかるから」
俺の傍にいて安心してくれるのかよ。俺は何を考えてたんだよ!
俺は、沙奈を守んなくちゃならねえんだ!
そう、たとえ俺が沙奈に恋をしていたとしても、それだけは変わらないんだ!
それだけは変えちゃいけないんだ!
恋だろうが何だろうが関係ねぇ、俺は俺の意思で沙奈を守りたいんだ。
「たぶん、ううん……絶対僕は変わっちゃうと思うんだ。どんなに嫌でも絶対。でもそんなときに誰も近くにいないのは嫌なんだ。誰かに近くにいてほしいし、それは夜玻と恋伽と姉さんじゃなきゃ嫌だ。だから、お願い僕の手を離さないで……」
言われなくたって俺は傍にいるさ。
「わかった! 俺だけじゃない恋伽だって綾音さんだってずっとそばにいる。どこかに居なくなったりしない。だからよ、そんなにつらそうな顔で泣くなよ」
さっきまで涙目だった沙奈の目から、大粒の涙が流れていた。
「泣きたいときはいつだって泣いていいんだ。皆そばにいるんだからよ」
沙奈が俺に抱き着いてきて、俺は沙奈を抱きしめた。安心させるために。
そうして抱きしめてると、力が抜けたのか俺に体を預けてきた。
そしてすうすうと寝息も聞こえてきた。
沙奈の家まで、まだ少し距離があるんだがっどうやって連れて行ったものか。
おんぶはこの体制からじゃむずかしいし。
このままひざ下に手を入れて抱き上げるのが楽か。
沙奈の家について、インターフォンを鳴らすと綾音さんが出てきた。
「沙奈連れてきました」
「ありがとう、沙奈寝ちゃったのね。それで……」
綾音さんは沙奈を横抱きにする俺をまじまじと見ていた。
「えっと、なんです?」
「夜玻君の服、濡れてるわね。沙奈の目元も腫れてるし。何よりどうして姫様抱っこしてるのかしら」
言われてから気が付いた。この体制お姫様抱っこじゃねえか。どうやって説明すりゃいいんだ。
「とりあえず中に入って、話は中で聞くから」
「はい」
こんな時に、気持ちよさそうな寝顔しやがって。眩しくて綺麗でで可愛いんだからよ。
俺は沙奈が女の子になったから、好きになったんじゃないんだからな。沙奈だから好きになったんだぜ。
口が裂けても誰かに言うつもりは無いけどな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます