36話目
辺りは街灯の明かりで少し明るいけど、街灯のない場所は真っ暗で見えない何かがいるんじゃないかって怖くなる。
学校から帰るときも通る、慣れた帰り道。
だけど日が落ちて暗くなるだけで、こんなにも変わるものだとは思わなかった。
こんなに暗くなる前に、家に帰るのもあるんだけど。
一番は夜玻と一緒にいることが、一緒にいてドキドキする心がいつもと違う。
女の子になってから、夜玻と二人で歩くことは何回もあった。
はぐれるからって、手をつないだことも何回もあったけど。
こんなにもドキドキして、恥ずかしくて、夜玻の顔を見れなくなることはなかった。
なかなか、夜玻に声を掛けれなくてずっと前を向いて歩いてて。
「沙奈」
「夜玻」
お互いの名前を同時に呼んだのは偶然だった。
「夜玻、手つないでいい?」
「ああ、夜道は危ないからな」
周りにある家には明かりがついていて、近くには交番があって、不審者の噂もないこの道に、危ないことは少ないかもしれないけど。
何か理由がないと手をつなぎにくくて、夜玻の答えに助けられた気がした
花火を見ているときは気が付かなかったけど、夜玻の手ちょっとごつごつしてて硬い。
それにくらべて僕の手は小さくて、やわらかくて。
僕の歩幅は小さくて、夜玻は僕に合わせてくれて。
夜玻とは違うんだって、そう感じさせられる。
こうして、手を握っているだけであったかくて。
手をつないで近くなった距離感だからか、夜玻がいつもより近く感じれて。
大きく感じられて、あったかくて。
僕はそのまま夜玻にそっと寄り掛かった。
「沙奈、疲れたのか?」
「うん、少しでいいからこうさせて」
疲れていたからなのか、それとも夜玻にもっと触れたかったのかわからないけど。
でも、あったかくて何より安心するんだ。
「ねぇ夜玻、僕ね」
「ああ」
「女の子になって、初めは怖いとも何とも思わなかった」
「ああ……」
「でも、だんだん女の子になったって理解していって怖かった」
「っ……」
少しだけ握っていた手に力が入った。
「もう、男の子だった僕じゃなくて。女の子になった僕がいて。だんだん僕が僕じゃなくなっていく気がして。すごく怖かった。でも、でも夜玻がいて、恋伽がいて、姉さんがいて。僕が僕じゃなくなって私になっても、変わらないでいてくれるってわかって。すごく安心したんだ」
「沙奈……」
「夜玻、僕はもう前の僕じゃないかもしれない。少しずつでも僕が私になってるのが分かるんだ。今だって夜玻と手をつないでるとさ、ドキドキするんだ。前までこんなことなかったのにさ」
夜玻が、すっと手を離したのが分かって。
「お願い、手つないでちょうだい」
「でも!」
「お願い!」
「わかった……」
「正直、僕にだってなんでかわからないんだ。どうしてこんなにドキドキしてるか。でも、こうしてると安心するんだ。近くにいてくれるってわかるから」
いつの間にか、僕たちは街灯の下で立ち止まってった。
「たぶん、ううん……絶対僕は変わっちゃうと思うんだ。どんなに嫌でも絶対。でもそんなときに誰も近くにいないのは嫌なんだ。誰かに近くにいてほしいし、それは夜玻と恋伽と姉さんじゃなきゃ嫌だ。だから、お願い僕の手を離さないで……」
「わかった! 俺だけじゃない恋伽だって綾音さんだってずっとそばにいる。どこかに居なくなったりしない。だからよ、そんなにつらそうな顔で泣くなよ」
僕は、僕な泣いてた。いつからだろう。そんなのわからなくて、わからなくなって。僕は泣くことしかできなくて、泣いてばかりで。
「泣きたいときはいつだって泣いていいんだ。皆そばにいるんだからよ」
嬉しくて、うれしくて、僕は夜玻に抱きついた。夜玻は、何も言わないで、僕を抱きしめてくれて。そのまま僕は夜玻に抱き着きながら寝てしまった。
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