#045 今日から始める新しい街づくり

 星歴1229年 11月2日 午前11時00分

 カレル西湖畔 建設地 東街区 市庁舎前広場


 大勢のアリエラの人たちが、市庁舎前広場に集まてくれた。

 まだ、儀式正装姿のまま、私とティアちゃんが進み出た。

 

 魔法で拡声することも考えたけど、やめにした。肉声の方が想いが伝わると思うし、この広場は外城壁や城門や背の高い建物に囲まれている。頑張れば声が響くと思った。


「みなさまは、私たちを信じてくれました。この新しい街まで来てくれました。深く感謝します。ありがとうございます」

 私とティアちゃんが、アリエラの人たちの真ん中で深く頭を下げた。

 これは本当の気持ち。

 私には、人類を殲滅できる魔法力があるけど、心を操ることはできない。住んでいる場所を捨てて、突然、魔王の城下町に引っ越すなんて、簡単なことじゃない。

 でも、アリエラの人たちからは拍手が起こった。


 食事とお風呂に、棲みかや着替え、遠征軍で用意できたものは、昨夜のうちに全部配った。誰もが爽やかな笑みを含んだ顔で、私たちを見ていた。


 すっと、大きく息を吸い込んだ。

 ここからが本番。この新しい街を回していくために、アリエラの人たちの協力が必要なの。それを伝えなきゃいけない。


「ベルメルを出発するときに申しあげましたとおり、みなさまは魔王帝国の眷属として、正しい法の下、権利を保障されます」

 法典の抜粋を後で市庁舎前に張り出すことにしよう。

 魔王帝国の法典は、異世界にあるまじきレベルで近代的なの。納税、家族の扶養、子供を教育すること、これくらいしか義務はないの。

 それ以外は、魔王軍での軍務も含めてすべて、雇用契約で賄っている。魔王帝国の予算規模は、人類の諸王国の比じゃないもの。


「この街はご覧のとおり建設途上です。賃金をお支払いします。建設工事にご参加ください。

「それから、この新しい街を活気あふれる街にするためには、商店街も、学校も、銀行も、農地も、漁業も…… いろいろなお仕事に就く人たちが必要です」

 両手を広げて見せる。

 急造とはいえ、この新しい街には建物だけなら揃っている。ハコモノは作った。大事なのは、みんなの力でこの街のどう回していくかなの。


「みなさまの希望を優先しますが、10年前までアリエラで着いていた職業をなるべく選んでください。当面、何もないこの街を、みんなの力で回さなきゃいけないんです」

 アリエラの人たちは、誰もが顔を見合わせていた。当惑というよりも、昔を思い出していたの。

 10年前のあの日、突然にアリエラ王国は滅亡した。何の前触れもなく、日常が打ち砕かれ、アリエラの人々はベルメル王国へ囚われた。

 この街は、滅亡したアリエラ王国から建物を移築して作られている。

 だから、アリエラの人たちにとっては、10年前に奪われた日常へ、ふいに里帰りしたような感じなの。

 懐かしい町並みの中で、私に10年前の続きをやり直そうと呼びかけられた。

 ご老人の中には、泣き出している人もいる。


 ティアちゃんを見ると、やっぱり表情を硬くして、瞳を潤ませていた。ティアちゃんは、きっと、幼かったあの日を思い出している。ちっちゃなティアちゃんにだって、幸せな日常があったはず。


 しんみりするのは、苦手だから、にっこり笑って見せた。


「これからは、メイルラント地方に住むすべての困っている人々を、この街に招きたいと思います。

 みんなで一緒に幸せになれる街をつくりましょう」

 市庁舎前、広場はたくさんの拍手に包まれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る