#044 ばたばたの翌朝
星歴1229年 11月2日 午前9時15分
カレル西湖畔 建設地 東街区外城壁、東2城壁塔2階
〈システィーナ〉
美味しそうな朝ごはんの匂いで目が覚めた。
気がつくと、ゆらゆら揺れるハンモックの中。私は毛布をかぶって眠っていた。
えっと……?
身を起こし、ハンモックに腰かけて、寝乱れた髪を手櫛で直しながら、ぼんやり頭の中の記憶を掻き集めた。
昨日、朝早く、ラーベナの森をアリエラの人たちと一緒に出発した。遠征軍のみんなも合わせて、作りたての街道を大行進した。
午後には、この建設地―― 私たちの新しい街に到着した。
あ、思い出してきた。
昨日は、とにかく大変だった。
ベルメル貴族との抗争は楽勝だった。そこは問題ない。
大変だったのは、この建設地に着いてからだったの。
ソマリちゃんとラグドールさんの診療所は、漆黒馬車で運び入れたアリエラの人々でごった返していた。栄養失調の人、病気の人、無茶な建設工事や、アリエラ狩りでケガを負った人たち…… 完全に野戦病院の有様だった。
施設大隊や獣人騎士団から、看護師の資格を持っている人たちを掻き集めて応援に出した。
それから、お風呂。
アリエラ下層街区の衛生環境は酷いのひとことに尽きた。それに長い距離を歩いたし、やっぱりお風呂に入りたいよね。
建設地で働く眷属たちのために、街には共用のシャワールームも用意していたのだけど…… 一気に4500人も追加だと、追い付かなかった。
急いで魔導タイプライタを打って、魔法符を書いた。小人族の召喚術師たちにお願いして、石材ゴーレムを材料に、街の片隅に公衆浴場を急造した。
カレル湖の水でウォータゴーレムを作り、公衆浴場まで歩いてもらい、私の〈メルディズクの無限業火〉でお湯を沸かした。
沸騰しちゃったので、あわてて、水を足したり、ばたばたした。
次に、夕ご飯。
こっちは市街地中央の空き地に、天幕村を張り直して、かまどを作って、どんどんパスタを茹でた。私たちがてんてこ舞いになってる様子を見かねて、アリエラの人たちも手伝ってくれた。
深夜までかかって、住居棟の部屋割りまで済ませた。
やっと、みんなが寝静まった後、一連の騒動で発生した大量の報告書を決裁した。
決裁で書く私の花押って、桔梗の花と私の名前の組み合わせ。カッコよくデザインしたせいで、画数が多くて、万年筆で書くと…… 疲れた。
あ、そうだ。
昨夜、気絶する直前に決裁したの、確か、今日のご飯の献立表だったはず。
「おはようございます。姫殿下」
すっと、甘い湯気を立てるスープスパの深皿が差し出された。
「カルフィナ、おはよう…… もう、寝不足で……」
さらに、厚切りベーコンとチーズのサラダが、ひょいと突き出される。ついでに、カルフィナがつまみ食いした。
「無敵の魔王帝国の姫殿下も、書類仕事は苦手だったんだ」
「それ、私の朝ごはんっ! もう、お行儀悪いよ」
そういう私も、ハンモックに腰かけて足をぷらぷらしたまま、膝の上に朝ごはんを載せていた。
昨日、バタバタで建設地を新しい街に作り変えた。
困ったのが、市庁舎だった。
本当なら街の中心に巨大な魔王城がどーんとそびえ立っているはず…… なんだけど、魔王城ってコストが大食い。設計、施工ともに恐ろしく手間も予算もかかるの。
いまは、魔王城建設に回せる人手も予算もない。
だから、外城壁に作った城壁塔のひとつを市庁舎に転用した。
そんなわけで、私は、外城壁にある2番目の城壁塔の2階にハンモックを吊るして眠っていた。足元は木箱の山と、未整理の書類の束が積まれている。本当に、足の踏み場もない。
昨夜、書類仕事をしている途中で寝落ちしたはず。着替えてもいない。
「さっさと食べて。今日は、アリエラの人たちに挨拶があるんでしょ」
あ、そうだった。
「それと、後で、アイリッシュにお礼、言っておきなさいな。寝ぼけたあんたをハンモックに寝かしつけたの、アイリッシュだから」
あ、そっか。アイリッシュが…… 私、寝ぼけてるとき大変だから、アイリッシュ、ごめんね。
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