#042 シチューを食べたいけど、その前にお仕事しなきゃ

 そこへむっつり顔のソマリちゃんが現れた。

「ラグドールさん、私たちの本来任務は―― 何ですか?」

 ソマリちゃんが、ジト目で、エプロン姿のラグドールさんを見据えていた。

「わたしが医務官で、ラグドールさんが魔法薬師でしょ!? お仕事、いっぱいありますよ」


 アリエラ狩りが夕方にあった。そこから逃れてきた人たちは、少なからずケガを負っていた。ソマリちゃんは、さっさと儀式正装から白衣を羽織るいつもの姿に着替えていた。

「だって、医食同源ですよ。管理栄養学的にも、美味しい食事は大切ですわ」

 ラグトールさんは、まだうっとりしている。アリエラの人たちの喜ぶ姿が、まぶしいみたい。

 ソマリちゃんとラグドールさんはペアでよくお仕事しているけど、仲がいいのに、よく口論になってる。というか、傍目にはじゃれ合ってるように見えるけどね。


 次に、ティアちゃんをお姫様抱っこにしたアイリッシュが現れた。

「姫殿下、ティア女王が過労でダウンです。さすがに、無理させすぎですよ」

 白亜の儀式正装に包まれて眠るティアちゃんは、まるで天使のよう。


 カルフィナもやって来た。

「全員、ラーベナの森へ移動を完了したよ。貴族どもは骸骨兵団で脅かしたら、逃げ帰ったけど…… 夜が明けたら、また、追いかけてくると思う」

 カルフィナは、ぐっすり眠るティアちゃんの髪を撫でた。私とアイリッシュの顔を交互に見た。

「アイリッシュの飛竜で飛ぶ? あたしの漆黒馬車でも運べるけど」

 カルフィナは、骸骨兵団とともに最後尾を固めていた。骸骨兵たちを漆黒に還して、私の所へ報告に来たところだった。


 一瞬、考えた。

 もうすぐ朝が来る。

 カルフィナのいうとおり、夜が明けたら貴族たちは追い駆けてくる。骸骨兵団の恐怖が効果的なのは、真っ暗闇の夜。朝日が昇れば、驚かし効果は半減する。骸骨兵団の戦闘力が、ハッタリでブラフなのは、朝昼晩いつでも同じなんだけどね。

 カルフィナには、別のことをお願いしよう。

 あと、ラグドールさんも、診療所のお仕事に戻さなきゃ。


「アイリッシュ、ティアちゃんとラグドールさんを建設地の診療所まで運んで。お願い」

「あいよ」

 

「ラグドールさんは、一足先にアイリッシュの飛竜で帰って。建設地の診療所で受け入れ準備をしてほしいの。あと、任せっきりにして、ごめんなさい」

 最後は私の気持ち。ベルメルに潜入していた間、建設地はお留守番のみんなに任せっきりだった。

「ええ。ティアさんはわたくしが預かりますわ。それと、お任せくださるのは、嬉しいですわ」


 次に、ソマリちゃんとカルフィナに向き直った。

「ソマリちゃんは、ラグドールさんから救護テントを引き継いで。応急処置のあと、ケガをした人を優先して建設地へ運びます」

「はい。了解です」


「カルフィナ、ソマリちゃんが応急処置を終えたら、ケガをした人たちとソマリちゃんを漆黒馬車で建設地へ運んで」

「はいな」

 ソマリちゃんとカルフィナは、救護テントへ走っていった。



 あ、いい匂いする。

 でも、指揮命令権者としての私のお仕事はまだ終わりじゃない。



「ビックホーン男爵、どこに、お見えですかぁ?」

 姿が見えないので、すっと息を吸ってから、声を張りあげた。

「ここだ! ここにおる」

 男爵がシチューのお皿を持ったまま、数名の魔族の騎士を伴い駆け寄ってきた。


「お疲れ様です。お食事が済んだら、また、お仕事をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「なんなりと…… ラグドール殿の手料理と聞いて、つい、食べたくなってしまったら、これが、美味いのなんの。少々、驚かされたわ」

 ビックホーン男爵が、さぞ、嬉しそうに話す。悔しいけど、お料理の腕前はラグドールさんの方が上だった。それに、私、まだ、シチュー食べてないのだけど。


 少しだけ目を閉じて、心を研ぎ澄ます。私の領域魔法の外縁で、ベルメル貴族たちがざわついている。やっぱり、まだ、凝りてないらしい。

「ビックホーン男爵及び突撃騎士団に命令をいたします。ベルメル貴族に追撃の気配があります。これを、ボコボコに撃破してください」

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