#040 北城門を開けてくださいな 

 「開けてくださいな」

 私がすいっと前に歩み出て、笑い声をかけた。


「なんだと……っ!」


「扉を開けてくださいな」

 もういちど、悪戯っぽく笑ってみせる。


「悪魔め、おまえが下民どもをたぶらかしたのかっ!」

 貴族が、私めがけて、サーベルを投げた。でも、サーベルは私の胸元寸前で水あめ状にぐにゃぐにゃに折れ曲がる。私の領域魔法は硬いんだ。


「死ねっ! 消え失せろっ!」

 今度は、魔法具らしい指輪を使った。デカくて赤い魔法石の指輪が輝く。私めがけて放たれた光の矢が、あっけなく反射された。バカ貴族は、次々と魔法具らしいモノを試した。私が常時展開している領域魔法は、自動的に対象物を判定して、弾き返している。


「開けてくださいな」

 すっと右手を向けた。一瞬だけ、微かに音がする。バカ貴族に聞こえたのかは、ちょっと、わからないけど。

 バカ貴族が、身に着けていた魔法具の類がすべて破砕して、地面に金属くずになって転がった。


 ちょっと虐め過ぎかなと、微かに気がとがめたけど、このあとの安全な移動のためにも、力の差を多少なりとも理解させた方が良いよね?


「そこにいるなら、城門を開けてくださいな」

 バカ貴族は、私の言葉の意味を都合よく間違えて理解している。魔法具を失っても、まだ勝てると信じている。

 そう、彼が施した簡易戸締り魔法〈アルツーブの閂〉を、魔王帝国の皇女である私が、突破できないと勘違いしているの。

 ごめんね。そうじゃないの。

 私は、このバカ貴族のメンタルを犠牲にして、ベルメル王国に敗北感を植え付けたいの。


 シナリオどおりに踊らされていることに、バカ貴族は気づいていない。

「あはははははっ!」

 すでにマントも破れたズタボロの姿でも、肥大したプライドは高貴なままだ。

「愚かな、弓矢は防げても、大砲はそうはいくまい」

 バカ貴族が手を振り下ろす。城門や城壁上に配置された大砲が火を噴いた。

 でも、それだけ……


「なっ!?」

 砲弾が空中停止した。


 私の領域魔法は、ベルメル王国の城都よりも範囲が広いの。私の領域内では、距離なんて関係ない。何か遮蔽物があるとか、真後ろだとか、建物の陰で見えないとか、一切、意味を持たない。領域魔法は、その内側を支配するの。

 バカ貴族も、さすがに目を剝いた。やっと力の差を理解してくれたみたい。


 このバカ貴族ときたら、自分たちの城都の中なのに、本当に大砲を撃った。それも、北城門広場が撃てる周囲、約4キロに配置されていた大砲の全部を同時に……

 射線上には、赤煉瓦の街並みが続いている。きっと、この騒動で眠れぬ夜を怯えている市民たちが住んでいる街ごと、考えなしに撃ったの。


「こら、自分たちの街の中で大砲をぶっ放すなんて、常識ないの?」

 バカ貴族を叱りつけた。


 煤けた鋳鉄製のかぼちゃ大の砲弾を、バカ貴族の目の前に降ろした。ふわふわと鋼鉄の球体が宙を舞い、目の前にずんっと降ろされるありさまを、バカ貴族は呆けた様子で見ていた。まぁ、大砲が彼の切り札らしいから、無理もないか。


 それから、周囲を見回す。

 城門前から撃った砲弾は目の前にあるから片付けたけど、残りは街並みの向こう側、数キロ先の空中に浮いている。誰かに間違えてぶつけるといけないから、ひとつづつ気を付けて地面に降ろした。


 すべての攻撃手段を失ったバカ貴族は、北城門前で腰を抜かしていた。そのすぐ前には、まだ湯気を立てている砲弾が転がっている。ただの鋳鉄の球だから、もちろん爆発しないので安全だよ。


 う~んと、伸びをした。

「アイリッシュ、お願い。こいつ、どかして」

「はっ! 姫殿下」

 アイリッシュが、バカ貴族に駆け寄る。腰を抜かして魂が抜けたバカ貴族を引きずりだして、城門前からどかした。

 

「えっと、開けてくれないから、ぶち抜きます。修理費用は後でご請求くださいな。

 ―― 〈テトラテトラの鉄音叉〉」

 

 高い鈴の音。続いて城門が振動破砕した轟音が響いた。

 風・月混合虚数魔法〈テトラテトラの鉄音叉〉は、振動破砕魔法。

 金属や岩石のような結晶格子で作られている物体なら、固有共振周波数を探り当てて、分子結晶ごと破砕するの。


 実は、さっき、バカ貴族が全身に身に着けていた魔法具や指輪を粉砕したのも、この〈テトラテトラの鉄音叉〉だったの。一瞬だけ、共鳴音韻を浴びせたのだけど、バカ貴族は何をされたのかすら、気づけなかった。

 そして、共鳴音韻を浴びせる時間を長くとれば、大きな鉄扉も粉々にできるってわけね。


 轟音と煙が収まったとき、城門の鉄扉は、ただの砂鉄の山になり果てていた。

「さぁ、行きましょうか」

 アリエラの人たちの列から、驚きや喚声があがった。彼らを長い間、閉じ込めていた鉄扉が粉みじんになっちゃったのだから、ね。 

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