#038 大丈夫、みんなを守り切れるはず

星歴1229年 11月1日 午前2時45分

ベルメル王国北城門


 地面が揺れている。城門の向こうで、私の魔法符で作られた巨大ストーンゴーレムが、二列縦隊でゆっくりゆっくり歩んでいる。大質量で平原を締め固めながら、カレル西湖畔へ続く街道を作りながら、ベルメル城都北門を目指しているの。


 星空の中で、いくつもの燭光信号が飛び交っている。


「貴族の一部が、貴族街区裏側の森を迂回して、王宮へ参集しようと動いてます。阻止を願います」


「城壁上、大砲へ配置された兵士がいます。排除をお願いします」


「貴族の一部が私兵を率いて、北城門へ向かっています。注意されたい」


 若い獣人騎士たちで構成した飛竜騎士団の報告は、必要な情報を短文でちゃんと伝えている。空の上から地上にいる敵兵の動きを観察して、要点をまとめて私に報告するのって、実は意外と難しい。

 アイリッシュが、若い彼らを育てているの。

 アイリッシュの勘の良さが、若い獣人騎士たちにも受け継がれている。うん。問題ない。

 

 ブリアード参謀長も空を見上げて、同じことを報告してくれる。

 私は周囲を一緒に歩むみんなに伝えた。


「カルフィナ、骸骨兵団を貴族街区裏の森へも回して」

「はいな。でも、貴族様は、いざとなったら、斬ってもいいよね? 馬は驚かして動けなくしたけど、貴族たちは冷静さを取り戻し始めているよ」


 うん。骸骨兵団、実はあんまり強くない。なにせ骨だけしかない。呪詛魔法とセットで運用したら最強なんだけど、ベルメル城都内に一般市民が多数住んでいる現状では、それは禁じ手だった。


「バカ貴族だけだよ。従者とか、家令とか、侍女とか、下僕の人たちには絶対、攻撃は禁止。いいね」

「はいな。厳命了解。グサッとやっていいのは、バカ貴族さまだけね」

 カルフィナは、錫杖を振って舞い、新たな骸骨兵の群れを貴族街区へ呼び出した。  

 次に、ソマリちゃん、続いてティアちゃんを見た。

 ティアちゃんの目線は、アリエラの人たちの群れの中から誰かを探している。集まった人たちの中に、ラーダの姿はなかったの。

 アリエラの人々に歩調を合わせて、ゆっくり歩いていたけど、北城門前広場はもうすぐ。一瞬だけ迷ったけど、


「ティアちゃん……」


 と、呼び寄せた。白亜の儀式衣装姿のティアちゃんが、私に駆け寄ってきた。


 ティアちゃんを、私とブリアード参謀長の間に招き入れた。

 ブリアード参謀長が、ティアちゃんへささやくように伝えた。


「上空監視の飛竜騎士隊より情報です。北城門前広場に貴族が私兵を集めています」

 ティアちゃんの表情がとたんに硬くなる。

「北城門広場を囲む建物の上に、弓兵やマスケット兵を配置しています。推定、200名です。我々が広間に入った直後に、全方位からの飽和攻撃を意図していると判断します」


 私の中では複数の対応案があった。簡単なのは、私の領域魔法で対応しちゃうこと。やろうと思えば、ここから遠隔攻撃で建物ごと大火球に変えて吹っ飛ばすこともできるけど……


 私は、新しい街を作らなきゃいけない。

 そのために、人材を育てなきゃいけないの。

 だからね、状況を伝えて、判断はティアちゃんに任せた。


 一瞬、下を向いたティアちゃんが、キッと私を見あげた。

「私がひとりで広間に走ります。彼らの狙いは、わたしですから」

 さきほど、アリエラ女王と名乗り出て、貴族たちを撃退した。バカ貴族が、私兵を繰り出してきたのは、たぶん、私怨。ティアちゃんは、さすがに理解している。


 ますますティアちゃんが愛おしくなった。

 私の想定案の中でも、最もアグレッシブ寄りな対応案を、ティアちゃんが言葉にしたの。ティアちゃんが囮になって、ひとりで魔法防御で貴族たちの集中攻撃に耐えるつもりなの。その間に、私たちが貴族を潰す、そんな段取りになるのだけど……


 ひとりで戦うのは違う。それは、裁可できない。


「それだと、アリエラの人たちの守りはどうするの? 気持ちはわかるけど、あなたはアリエラの人たちに寄り添って」

「でも……っ」

「大丈夫、みんなを守り切れるはず。自分を信じて」

 魔法符を2枚、ティアちゃんに手渡した。

「多重掛け、できるよね?」


 ティアちゃんが驚きに、薄緑色の両眼を見開いた。

 〈カトレの水晶壁〉と〈ドラスの鉄籠目〉の魔法符を手渡す。両方とも、私の魔法力を込めてあるから、ティアちゃんはコントロールだけに集中すればいい。

「これで、アリエラの人たちを守り切ってみせて」


 ティアちゃんは、手渡された2枚の魔法符に魅入られたみたい。中央帝都の技巧官たちに作ってもらった魔法符は、きれいな絵が描かれている。遠征軍に付き従う大勢の人たちに、お仕事をしてもらうために、私はいつもそれなりの枚数を持ち歩いているの。

 よく使う常備魔法は、魔法符の様式紙も既製品をまとめ買いして使っていた。魔法力の方は、有り余っているから、そこは問題にない。 


「合図したら、2枚とも詠唱省略で展開、いいよね?」

「はい。頑張ります」

 ティアちゃんが魔法符を胸元に抱いてうなずいた。

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