#037 アリエラ下層市街を出発する準備

星歴1229年 11月1日 午前2時20分

ベルメル王国 アリエラ下層市街階段前


〈システィーナ〉

 かたかたかたかたかたと、地面が小刻みに揺れていた。

「ゴーレム隊、ベルメル城都北門へ予定どおり進行中。のこり1キロを切りました」

 ブリアード参謀長が報告してくれた。


 下層街区から、ギルド本部や北城門のある下町へ繋がる階段前を、集合場所にした。

 私が真ん中に立ち、カンテラを捧げ持つ獣人騎士たちが周囲を固めた。護衛というよりも、集合場所の目印になるために目立つことにした。

 

 アリエラの人たちが、ぱらぱらと集まり始めた。

 下町からも、階段を降りてくる人たちがいた。


 計画の進行状況について、報告は問題なく集まっていた。獣人騎士団の中でも夜目が効くメンバーが、飛竜を駆って、空から状況把握をしていたの。結果は、燭光信号でブリアード参謀長へ逐一、報告されているの。

「姫殿下、ゴーレム隊の先頭がカレーナ川の左岸に到達しました」


 カレーナ川は、カレル湖、唯一の流出河川。結構な水量があり、海にほど近い河口部にあるベルメル城都付近では、川幅は500メートルを超える。

 ベルメル貴族軍は、朝になったら、このカレーナ川を防衛線にするだろう。そう、朝になったら、ね。


「いますぐ一気に渡河しましょう。『魔法符を与えます。取りに来てください』と、伝えてください」

 ブリアード参謀長が、私の指示を、夜空へ明滅信号に変えて打った。


 すぐに、真っ黒な飛竜が私の傍へ降り立った。

「これをゴーレム隊のエルイット長老様へ渡してください。これで一気に渡河して、ベルメル城都北門へ、街道をつないでください。そう、お伝えください」

 私は、この場で即興で手書きした魔法符の束を、伝令役の若い獣人騎士へ手渡した。

「はっ! 姫殿下の仰せのままに」

 


 即興の魔法符は、巨大ゴーレムを橋へ作り変える術式を組み込んだ。やり方は、真魔王城下町建設地で外周運河に橋をかけた時と同じ。

 狙いは明確だった。

 朝になったら、ベルメル王国側が防衛線を引くはずのカレーナ川を、今夜中に渡ってしまうの。

 私たちと、ベルメル王国との行動力には、圧倒的な速度差があることを思い知らせてあげる。彼らの対応力をパンクさせて、戦意を潰してしまおう。 


 カンテラを手に、アリエラの人々がさらに集まってきた。

 誰もが貧しくて、荷物は少ししか持ち合わせていない。手押しの荷車に、やかんやお鍋など多少の家財道具を積んでいるのがせいぜいだった。


 アリエラ狩りの貴族を撃退したせいか、建設現場に連れ去られていた人たちも、うわさを聞きつけて、アリエラ下層市街に帰ってきた。

 他には、ギルド関係者とその家族や、話を聞きつけた下町の住民も少し混じっていた。あのコロッケ屋台のおじさんもいる。


 それから、あの石工職人たちも加わってくれた。

 というか、ギルド本部もお引越しと決まったから、置いてゆくわけにはいかない。あの大げさ男も荷車に乗せて運ぶことにした。


 ただひとり、やはり、あの優男だけは姿がない。

 外城壁工事現場にいたアリエラの人たちも引っ越し荷物を抱えて集まったのに、優男だけはどこにもいない。誰も彼の姿を見ていないらしいの。


「リゼルか? あいつ、怖気づいて、女のところにでも逃げたんじゃないのか?」

 現場監督が笑った。

 確かに、街にはゴーレム隊の足音が響いている。何も知らなければ恐怖を感じても仕方ないか。

 探しに行く時間も人手もないから、これ以上は詮索せんさくしなかった。

 

 それよりも、ギルド本部の店仕舞いのほうが大変だったの。

 だって、ギルド本部はアリエラの人たちの支援も同時進行で行っていた。置き去りになる人が出ないように、家々を回り、声をかけた。私の獣人騎士団も手伝ったけど、地理に詳しいギルド本部スタッフの方が動きがよかった。

 そんなバタバタの中で、ギルド本部からは書類や、業務に必要なタイプライタなどの機械類が荷車で運び出されている。


 ベルメル貴族たちの横暴に、これ以上は付き合いきれない。

 アリエラ下層街区の人々の脱出を支援する以上は、ギルドはもうベルメルには残っていられない。

 ギルド関係者の大半は下町に住んでいたから、家族も含めて、カレル西湖畔へ引っ越してくれることになった。ギルド本部のお引越しは、荷物の運び出しも含めて、家族ぐるみになっていたの。


 うれしいけど、同時に責任も感じた。

 ライムギルド長や、スタッフのみんなやそのご家族は、どんなに酷い場所でもこのベルメル王国が故郷なの。故郷を捨てて私たちの建設地に来てくれるのだから、絶対に、その気持ちに応えなきゃいけない。 

 

 でもね、みんなが、不思議なわくわく感で笑顔になっていた。


「やったな、システィーナ」

 アイリッシュが私の肩をポンと叩いた。

 うん。でも、まだこれからだよ。

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