#020.5 Intermission(カレル西湖畔の新しい街)
〈ナレーション〉
星歴1229年 10月25日 午後14時20分
カレル西湖畔 建設地
アリエラ王国跡地から、水路、カレル湖を横断してほとんどの建物が移築された。
魔王皇帝の孫娘、システィーナ姫殿下の魔法力は、ほぼ無尽蔵である。
小人族たちは、システィーナ姫殿下から配布された魔法符を用いて、二千五百棟を超える大小さまざまな建物を、石材ゴーレムに変えて、運び出した。
さらに、ゴーレムの活用は、都市建設にちょっとした技術革新をもたらした。
当初、返納魔法を使う土質改良というアイディアで始まったゴーレム活用だったが、エトルリア設計技巧官は、さらに効率的な運用法を編み出していた。
巨大なゴーレムは、巨大な質量により地面を踏み固めること。器用な両手を用いて、建設資材の運搬、城壁や建物の建設、さらに運河開削作業など、その用途は多岐にわたる。
一例をあげると、
新しい魔王城下町の周囲には、カレル湖から水を引き入れた外周運河が掘られた。
外周運河は、舟運による物流を支えるとともに、豊かな都市景観の創出、有事の際には防衛施設としても機能する。
この運河開削にも、ゴーレムが用いられた。
都市建設地を囲む、延長二十四キロメートルの環状に、五万体を超える巨大ソイルゴーレムを作り出したのだ。すると、ゴーレムの材料として大量の土砂が採取された地面には、外周運河の形に深い溝が掘られていた。
次に、この溝へ、多数のストーンゴーレムを並べた。ストーンゴーレムは分解され、運河の内張り石材になった。
運河に架けられた橋も、ストーンゴーレムが用いられた。運河の両端にストーンゴーレムを向かい合わせに立たせ、制御に用いる魔法符を差し替えた。人型に石材を構築する法符プログラムを、橋梁の形に構成する法符プログラムに変更するだけで、花崗岩製のアーチ橋が作られた。
このとき、運河に架けられたアーチ橋は、三か所。以後、すべてシスティーナ姫殿下の魔法力で二十四時間、維持されている。
魔王皇帝の血筋にあるシスティナ姫殿下の魔法力は、ほぼ無尽蔵である。
人類の魔導師であれば、一体のゴーレムを数時間維持するのが限界であろう。人類の魔導師では、たとえレベル90を超える高位魔導師といえども、魔法貯留量はたかだか1500ポイント程度であるからだ。
このように巨大ゴーレムを数万体、同時運用する建設方法が採用可能だったのは、ひとえにシスティナ姫殿下の魔力プール量が莫大であるからだった。
その魔法貯留量は―― 人類の魔導師基準に換算して、22兆5800億ポイントに達する。
「う~ん、いいお天気。でも、お魚、釣れないね?」
真新しいアーチ橋の欄干に座り、澄んだ運河へ釣り糸を垂れていたシスティナ姫殿下は、陽光の中で背伸びをした。
「釣れないですね。缶詰の豆スープには飽きました。新鮮なお魚、食べたいです」
ソマリ医務官も欄干に腰かけて伸びをした。何となしに、システィーナ姫殿下の魚釣りに付き添っていた。ネコ族獣人騎士にして、上級医務官の少女は、小さなしっぽを振った。
「街を囲む運河ができたら、窓から釣り糸を垂らすだけで、お魚が獲れるって、エトルリアさんがいってたのに……」
ソマリ医務官はぷいっと頬を膨らませた。女学生のようなブラウスとスカート姿の上から、白衣を羽織っていた。
システィナ姫殿下も、亜麻布のチュニックブラウスにロングスカート姿。とても人類を殲滅し得る魔力を宿す、魔王皇帝の血筋にある者とは見えない。秋晴れの日差しの中で、のんきにあくびを繰り返していた。
「あ~っ! システィーナってば、こんなところで、あぶら売ってた!」
「姫殿下、ソマリさん、探しましたよ。もう」
ふいに黄色い声を浴びせられた。欄干に座って釣竿を持ち余していた二人の少女が、振り返った。
「あれ、カルフィナ、どうかしたの?」
システィーナ姫殿下が、また、あくびをした。
「ミヌエットさん、お魚、全然釣れないんですよぉ」
ソマリ医務官が空っぽの桶を見せた。
「「もう、ふたりとも、打合せの時間、忘れてるでしょ!?」」
ふたりを探しに来たのは、カルフィナ死霊術師と、ミヌエット法符師。呆れた声をそろえた。
「「ああっ!!」」
システィナ姫殿下とソマリ医務官がそろって、声をあげた。
二人とも同じタイミングで、欄干から飛び降りた。
「いま、何時?」
「午後2時半過ぎてる」
「うわぁ、やっちゃいました。確か、今日って……」
ソマリ医務官がふんわりと黄色い声をあげる。
「確か…… この街の名前を決める会合が2時からあるんだった!」
システィナ姫殿下は、スカートのポケットからメモ用紙と、懐中時計をひっばり出して、見比べて気づいた。完璧に遅刻だった。
アリエラ王国跡地から、多数の建物を移築した結果、新魔王城下町の工事は大きく進捗していた。現在は、全体計画の四分の一にあたる東街区を建設中だ。
旧アリエラ王国から運び入れた建物のうち、百二十棟ほどが再構築を完了していた。ゴーレムを活用した急速施工の成果だった。
もちろん、巨大な新魔王城下町の完成には、はるかに果てしない工程が必要だった。しかし、遠征軍の参加者が、天幕から移り住むには充分だった。
入居を始めるにあたり、新しい魔王城下町の名前を、主要スタッフ全員会合で決めることにしていた。
システィーナ姫殿下は、その命名会合を失念していた。
「もお、街の名前を決める会合は、全員参加だっていったの、システィーナだよ」
「い、急いで、戻りますっ!」
「もう、遅いってば。15時から、施設大隊と都市計画道路について詰める会議があるでしょ。走って戻っても、街の名前を決める会合にはもう時間取れないよ」
システィーナ姫殿下が、ぺたんと座り込んだ。まだ、未練がましく釣竿を握っている。
「ソマリさんも、姫殿下がお忘れならば、側近のあなたがご注進を差しあげなければ、いけないでしょ?」
「ミヌエットさん、それ、厳しいです。わたし、医務官ですよぉ。みんなの健康管理が担当であって、スケジュール管理は管轄外ですよ」
ソマリ医務官もやっぱり釣竿を持ったままだ。
「ところで、それ、なに?」
カルフィナ死霊術師が、ふたりの握っている釣竿を見遣って呆れ声を出した。
「運河ができたらお魚釣れると思って……」
「それなのに、一匹も釣れないんだよぉ」
カルフィナ死霊術師が、わざとらしく、ため息をついた。
「ゴーレム軍団でどかどか踏み荒らして掘った運河だよ。魚なんて、怖がって当分は近づかないってば」
「「それ、早くいってよ」」
カレル西湖畔に作られた新しい魔王城下町には、このとき、まだ、名前がなかった。
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