#020 カレル東湖畔の廃墟4

星歴1229年 10月16日 午前7時00分

カレル東湖畔 アリエラ王国跡


 翌朝早く、雨の中、湖を越えて折り紙の鳥で返信が届いた。

 ミヌエットさんからだった。

 基本的な連絡事項が主な内容だった。建設地の天幕村はみんな元気らしい。アリエラ王国跡での作業が延びても問題はないみたいね。

 それから、呪詛魔法については、直接の回答はないけど…… いつくかヒントになりそうなことが書き添えられていたの。


『十年も呪詛が継続していることから、天候など環境変化を受けにくい屋内か地中などに、呪詛の源となる物が秘匿されている可能性も考えられます』

 なるほど、そこは気づいてなかった。

 ミヌエットさんの魔法に関する見識の高さは、さすがと思った。


 カルフィナにお手紙を見せた。

「屋内は…… ないかな? いま、施設大隊で調査中だから」

「じゃあ、地面に埋められているの?」

「可能性はあるわ。ミヌエットさんに感謝ね。今日は地面も考慮して探すわ」

 カルフィナは骸骨兵団に、槍や鎌の代わりにスコップを配った。


 ◇  ◇


 手紙に添えられていた天象局からの資料だと、寒冷前線がカレル湖に差し掛かっていた。雨は止みそうにない。

 解体作業は延期。施設大隊や小人族の子たちには、天幕内でお休みを取ってもらった。スケッチと写真撮影は、建物の内部の記録に作業を振り替えてもらった。


 私もふらっと、建物内の記録作業を覗いてみた。

「ここは……?」

 エルマーさんが、スケッチ帳に走らせていた鉛筆を休めて、答えてくれた。

「図書博物館だった施設です。

 王国の歴史に関する史料や、当時のアリエラで行われていた魔法研究の資料が納められています。また、書庫についても、蔵書の多くも比較的保存状態が良く残されています」

「呪詛魔法のせい? でしょうか……」

 私の言葉に、エルマーさんがうなずいた。呪詛汚染された土地は、人類は怖がって立ち入りを躊躇する。結果、盗賊などに荒らされずに済んだ。

「これらの書籍も貴重なものです。ぜひ建物ごとの移築をご検討ください」

 訴えは理解できた。試しに本棚に手を伸ばして、絵本のひとつを開いて見たけど、きれいな挿絵に目を奪われた。

 

 そこへカルフィナが呼びに来たの。

「もう、こんなところにいた。システィーナってば、探したよ。判断を仰ぎたいモノを見つけたから、ちょっと、こっち、来て……」

 えっ? ちょっと…… カルフィナは強引に私を引っ張り出した。そのまま螺旋階段を降りて、図書博物館の中庭に連れて行かれた。


 かしゃかしゃかしゃ


 私とカルフィナの前に、骸骨兵が数体、集まってきた。恭しく虚ろな胸元に白い骨の手を当て、最敬礼をしてくれた。軽く会釈を返した。


「呪詛の源を見つけたの?」

 カルフィナがうなずく。 

「例の王子様の骸骨、見つけたの」

 カルフィナが指さす先は、花壇の一部が掘り返されていた。その遺骸は王族とひとめでわかる金糸刺繍のコートを羽織っている。白い骨の指が握っていたレイピアは、細い刀身に、ベルメル王家の紋章が刻印されていた。


「この王子の心臓が呪詛の源だったの―― もう、腐り落ちて残ってないけど」

 それで私に判断を求めたのか。呪詛を解こうにも、肝心の呪詛の源、王子の心臓がもう存在しないから。この場合、ちょっとメンドクサイことになる。


「ベルメル王国側の仕業で間違いないと思うけど……

 高い魔法資質を持つ王子の心臓を、たぶん、呪術魔導を刻印された剣で、ぐさり。

 刺された心臓を生贄に、この城都を覆うほどに強力な呪詛を仕掛けたのだと思う」

 カルフィナの視線は、秋桜花畑の黒土に埋もれた白骨を憐れむよう。 

 伝え聞くところによると、ベルメル王国のクルス第1王子は、アリエラ王国リフィア第1王女と恋に落ちた。軍事拡張主義の父王や重臣たちに対して、最後まで和平を訴え続けていたという。


「確か…… 最期となったアリエラ訪問は、自らが和平交渉の使者として?」

 私の記憶はあやふやだった。異国の死んだ王子のことなんて、実はあんまり関心なかった。だって、私、遠征軍に参加した大勢のスタッフのことを考えなきゃいけない立場だもの。

「そうよ。和平交渉のテーブルは、この図書博物館に設けられたの。だけど……」

 こういうことは、死霊術師のカルフィナは得意だった。死せる魂を弔うための役職だから。死者たちの生前の生い立ちに思いを馳せることもあるの。


「物的証拠はないけど―― ベルメル側に謀殺されたの。しかも、自国の王子の命を呪詛魔法の生贄にしたの。王家の血が呪術具だったの。道理で見つからないわけね。酷いよね」

 しとしと降る冷たい晩秋の雨が、虚ろな頭蓋骨を濡らしている。平和の使者のはずが、呪詛爆撃の源となり果てた王子は、愚かな道化なのだろうか?


「呪詛を解く方法はふたつ……かな?

 ひとつは、この図書博物館ごと結界して城都から切り離す。残りの市街地は安全になるわ」

 それはダメかな。この図書博物館は価値のあるものだから。それにね、結界は破られる可能性もあるし、そうしたら呪詛が蘇ることになる。

 私が賛同しないことを見越しているから、カルフィナは続けた。


「ふたつめは、クルス王子の魂も遺骸も煉獄魔法で焼いて完全消滅させる。後腐れないけど、呪詛汚染された魂は転生すらできないけど、仕方ないよね?

 でも、この王子の魂ときたら、いまだにこの世に未練たらたらだけど……」

 この案も却下した。

「まだ、あるでしょ。カルフィナ死霊術師さま……」

 微笑んで見せた。


 カルフィナがしゃがんで、黒土に濡れた骸骨へ手を伸ばした。

「うん。そういってくれると思った。この悲恋の王子を、あたしの骸骨兵団に迎え入れます。ちょっと時間はかかるけど、呪詛を解けると思う」

 呪われた非業すぎた王子も、カルフィナの許で弔われることになったの。


 翌日は再び晴天になり、建物移築作業も始まった。

 また、小人族の召喚術師たちへ魔法符を配った。

 今度は、アリエラ王国の街並みを、一度、石材としてゴーレムに変えて、船に載せる。カレル湖を渡り、魔王城下町建設地で元に戻す作業になる。

 こうして、魔王城下町では、雪が降るより前を目指して、東街区の概成を急ぐことになった。


 アリエラの港から、次々と積み出されるストーンゴーレムの群れを眺めながら、考えた。 

 この街の運命は痛ましいものだった。十年前までは、賢明な国王の下、善政が行われ人々は幸せに暮らしていたの。

 それが、戦争、呪詛攻撃により王家と貴族は死に絶え、市民の多くは奴隷としてベルメル王国へ連れ去らわれた。いま、廃墟と化した街並みさえも、私たち魔王軍のものになった。もう、空っぽで何も残っていない。



 でもね――

 さあ、次の段階へ進まなきゃ。

 人類の城都との接触をどんな形で始めるか? 最も近いベルメル王国が最初の候補になるのだけど……


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