#021 冒険者ギルドで働いてみました

星歴1229年 10月24日 午前10時00分

ベルメル王国 平民街 冒険者ギルド本部


〈システィーナ〉

 ベルメル王国は、新魔王城下町建設地から、東南へ約二十キロ、離れた場所にある。といっても、私たち魔族にとっては、飛竜なら簡単に通える距離だった。


 アイリッシュが駆る飛竜で送ってもらい、ベルメル王国にこっそり忍び込んでみたの。もちろん、最初は止められたり、呆れられたりもしたけど。


 潜入メンバーは、私、ソマリちゃん、ミヌエットさんと…… やっぱり付いてきたカルフィナの四人。


 人類の城都の内部について、魔王帝国は十分な情報を持ち合わせていなかった。

 征服して奪い支配するのが常道だった。

 だから、建物配置などハードウエア的なことは、占領後の統治を経て知っている。武器や軍馬や騎士団の編成なども、調査されていた。


 でもね、人類の城都の生きた姿や、人々の生活について、魔族は知らなさすぎた。

 侵略戦争の過程で破壊し尽くしてしまうから、人々のありのままの生活風景は謎に包まれていたの。


 だから、調査する必要がある。

 武力による破壊と征服ではなく、魅力的な街づくりによる誘致合戦に勝利するためには、人類の城都について知らなければならない。

 人々が日々の生活で何を想い、どんな物を求めていて、あるいは愚かな王侯貴族に何を奪われ、虐げられているのかを、明らかにする必要があると考えたの。


 ベルメル王国が調査対象の場合、特に気になることがある。そう、旧アリエラ王国から奴隷として連れ去られた人々が、いま、どうしているのか? 文献や事前に得た情報では、下層市街で制約を受けた生活をしているらしい。でも、下層市街なんて誰も近づきたがらないから、正確な情報がなかった。


 廃墟と化したアリエラ王国跡を見てしまった。

 死を押し与えられた街角から建築資材を調達した。

 だから、彼らはぜひ、新しい魔王城下町へ誘致すべきだと思っていた。 


 えっ? 調査活動くらいは、部下の眷属たちに任せればいいって?


 私は、そう、思わなかった。

 これは人類に対する誘致合戦の大切な初戦なの。

 トップセールスが必要だと、私の前世の記憶が告げていた。


 それに、私、魔王皇帝陛下の孫娘だよ。

 警護とかそういう面で心配される筋合いはないし、認識阻害魔法が使えるから、ヒト族に化けての潜入調査には、私自身が適任だと思った。

 

 とりあえず、潜入チーム四人で協議した結果、

 人々が数多く集まる、華やかな場所へ行こう。

 この街のトラブルや困りごとの情報が集まる場所で情報収集しよう。

 それから、よそ者が紛れてても目立ちにくい場所―― って話になって、じゃあ、いっそのこと、冒険者ギルドに勤めてみるのもいいかも、という話になったの。

 冒険者ギルドなら、私たちにもなじみの深い施設だし、話題にも何とか付いていける気がした、というのも潜入先として選んだ理由ね。

 ちょうど、ギルド本部に併設の旅館、カフェレストランのスタッフを募集してたし、ちょうど良かった。


 ◇  ◇


 潜入1日目。

 冒険者ギルトの朝は、早い。早寝早起きは健康の源だから、私としても、素晴らしいと思った。ソマリちゃん、ミヌエットさんは凄く眠そうだったけど。


 旅館棟の四階隅の部屋を四人でひとつ、与えられた。

 まず、衣装。

 貸し与えられたお揃いにお部屋で着替えた。民族衣装風味で、コルセットベルトでウエストを強めに締める、アレンジされたデザインのエプロンドレスだった。


「あなたたち、スタイル良いわね」

「「「はいっ!」」」

 ソマリちゃん、ミヌエットさん、カルフィナの声がハモった。私も一応、「はい」って小さめに答えたけど。

 ギルド長のライムさんは、からからと愉快そうに笑った。


 冒険者ギルドについては、人類の城都内にある施設の中では、例外的に調査が進んでいる場所でもあるの。一応、敵対勢力の戦力供給拠点だから、ね。


 王国の正規兵団は、都市攻略が相当な段階にならないと出てこない。魔王帝国軍が城壁のすぐそこまで押し寄せた段階で、初めて軍旗が国王から将軍へ与えられて、やっと正規軍が組織される。そんなスケジュール感かな?


 だから、序盤は、冒険者ギルドで依頼を受けた、自称「勇者」とかいう非正規の機動戦力と小競り合いをするハメになる。


 そんな事情があるから、ベルメル王国の冒険者ギルドについては、魔王帝国軍の情報部から調査報告があがっていた。


 評価 A+

 

 とくに運営手腕に高評価が付いている。

 冒険者ギルドは、その性質からも、無理な依頼が持ち込まれ、命知らずな無鉄砲が無茶をやらかす危険性を常に秘めている。でも、この冒険者ギルドは損耗率が低く抑えられているの。


 この人が、その運営手腕の正体なのかな?

 私は、からから笑う恰幅の良い女性ギルド長をしげしげと見詰めた。


 あと、私たちの潜入時の設定だけど――

 お忍びで旅をしている貴族家のお姫様と、侍女たちというシナリオを用意した。

 お家が没落して、いまは、旅をしながら、その日暮らししてますみたいな感じね。

 ソマリちゃん、ミヌエットさんが、私のことをうっかり「姫殿下」と呼んでしまう可能性を心配したの。とくに寝起きが危ない。この子たちの寝ぼけ具合は、半端ないから。


 私の認識阻害魔法が強力だといっても、目の前でしゃべりまくったら、さすがに看破される可能性はあるんだ。

 視覚情報はいくらでも取り繕えるけど、言葉とか論理的な情報は、ほころびが出ると偽装は難しいの。

 だから、最初っから、「没落貴族のお姫様」にした。これなら、事実(本当は、魔王帝国の皇女だよ)との差異が小さいから、破綻しにくいはず。



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