#022 朝のお仕事と、朝食の雑談と


 朝の朝礼の際に、私たち四人の新入りさんは、ギルドのスタッフたちに紹介された。旅館棟にレストランを併設しているためか、女性スタッフが多め。少数の男性スタッフも、私たち新人の女の子に親切だった。

 何気に雰囲気がよさそうな仕事場と感じた。


 とりあえず、簡単なお手伝いをやってみることになった。


 朝のお仕事の始まりは―― 

 掲示板に、昨日、受け付けた依頼案件を張り出した。それをお手伝いしたのだけど、思わず吹きそうになっちゃった。


『 依頼ナンバー 023

  魔王王国軍の獣人騎士、サモエド。

  南の森林地区に出現。目的不明。装備、真銀の大剣。

  レベル15以上推奨。

  報酬 750ギル。

  依頼主 ベルメル王国騎士団 』


 王国騎士団が、うちの副騎士団長の討伐を、外注に出してる。

 えっと、サモエド副騎士団長には、子犬の子たちを連れての、陽動作戦を指示してある。

 魔王城下町は、いま、大量の石材の運搬に、運河の開削にと、大規模な工事を全面展開している。少しでも発見される危険を下げるために、建設地とは逆の方向、ベルメル王国の南の森で、ちょっと騒ぎを起こすように指示した。

 他の人類の王国に対しても、同様に建設地から注意をそらす目的で、陽動を仕掛けている。どれも、獣人騎士団が手弁当で、もぞもぞ始めたお芝居だけどね。


 王国騎士団ってば、その対応をアウトソーシングしちゃったの?


 あと、うちのサモエド副騎士団長に、この依頼用紙、見せたいと思った。まじめにお芝居を演じてるはずの彼が、どんな顔で呆れるのか見てみたい。


◇  ◇


 そして、潜入2日目。

 さっそく、面白そうな話題が転がり込んできた。

 何でも、魔王帝国の皇女が、このベルメル王国を狙っているという情報が流れてるらしい。ベルメル王国は、城壁の補修や拡張をするために、作業者を集めていたの。


「聞いたか、魔王帝国の遠征軍のうわさ」

「ああ、魔族兵団三千、眷属兵団九千七百、竜騎兵三百だとか……」

「すげぇな、ベルメル王国の悪運も、ついに尽きたか」

 初期の作戦案が話題になってた。

 そりゃあ、「大軍団襲来、この後すぐ!」っていう方が話題にのぼりやすいと思うけど、それ、私、キャンセルしたよ。


 あとで情報を整理してわかったんだけど、魔王帝国のヒト族たちから、情報が洩れてた。

 と、いってもヒト族だって、私たちの大切な眷属で仲間だもの。

 帝国情報部にもヒト族のスタッフが在籍している。彼らは、私たち遠征軍を支援するため、情報攪乱をやってくれたの。

 大軍団が来てるぞって不確定な情報が流れたら、とりあえず、人類側は外出を控えて城都の守りを固める方向に動くでしょ。おかげでカレル西湖畔で大規模工事をしても、人類にはバレなかったの。



 依頼掲示板の整理が済んだら、宿泊客への朝食の提供のお手伝い。私たち四人も担当テーブルの割り当てをもらった。

 私が担当したテーブルには、数日前から宿泊している屈強な男たちのグループが、ドカッと陣取った。身なりからして、土木系作業員らしい。おそらく城壁工事関係かなと思った。


 がやがやと話しながら、朝食をとる男たちのテーブルへお皿を運んだ。たくさん注文するから、何度も往復しないと運びきれない。

 大盛りのパスタや、ひよこ豆のスープ、サーモンのスモーク乗せサラダ、あとライ麦のバケット…… やっとお皿を並べ終えてから、ふらっと話しかけた。

「たくさん召しあがるんですね、みなさんは石工職人の方ですか?」

 男たちが振り向いた。より正確には、隣のテーブルで給仕をしてるカルフィナに見惚れてる優男を除いて、だけど。


「ああ、何でも魔王帝国の皇女が大軍団で攻めてくるっていうから、王国が慌てて城壁の工事を始めたんだ」

「はあ?」

 お芝居するをつもりが、意外と自然に変な声が出た。配膳で使ったお盆を胸元に抱いて、わかってないふりをして、小首をかしげて見せた。


 実は――

 さっき、張り出した依頼の中に、土木工事がたくさん混じっていた。城壁の積み直し工事も複数の依頼があったから、男たちの筋肉質な見た目で判断して、こんな風に声をかけたの。


「お嬢ちゃんにはわからないかなあ? 俺たち石工は、庭造りから城壁工事まで何でもできるんだぜ」

「すごいんですね」

「ああ、まあな。でもさ、酷いもんだぜ。メンテナンスさぼってた城壁をいますぐ積み直せだの、拡張工事を図面もなしにやれだの……」

 赤銅色に日焼けした大男が、ベーコンやトマトを挟んだライ麦バケットをかじりながら、大袈裟に肩をすくめて見せた。

「それは、大変ですね」


「ああ、めちゃくちゃだ。現場監督の俺としては、正直にいって、魔族よりも事故の方が怖い」

 隣のテーブルから声がした。振り向くと、ソマリちゃんが給仕を担当していた。ソーセージとキャベツのトマト煮込みのお皿を届けたところだった。

 そこに、ブラックコーヒー片手に、観音折にした図面を半分広げて、赤鉛筆を走らせている現場監督の男がいた。

「まったく、王国の連中ときたら図面の更新もしてない。これ、五十年前の図面だぜ。こんなんじゃ、絶対、うちの馬鹿どもが事故るぞ」

 つまり、この五十年間に城壁に加えられた改修は、図面に載っていない。実際の城壁と図面の間に深刻な差異があるらしいの。それダメなヤツだよ。


「まったく、だれが馬鹿だよ?」

 男たちが茶化して笑う。

「おまえだ、リゼル。どこ見てやがる。良い女でもいたのか?」

 現場監督に突っ込まれて、カルフィナに見惚れていた若い男が、慌てた。

「な…… 俺は、別に……」


 リゼルと名前を呼ばれた男は、カルフィナにまでジト目で見据えられて、泡を喰っている。他の男たちと違い、土木系職人にしては色白だし、優男っぽい。何か、違和感を感じた。でも、このときはこれ以上は詮索する材料がなかった。


 最初の大袈裟男が、ソーセージの刺さったフォークを片手に、ふざけた。

「魔王帝国の皇女様ってのも、こういう感じて、良い女なんだろうなぁ? 会ってみたいぜ」

 こういう感じって…… 大袈裟男の両手が宙に描いたラインが、やけにボリューミーなのは、ちょっと、しゃくに障った。

 

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