#023 秘密の夕暮れ

 夕暮れまで、しっかり働いた。お掃除からゴミ出しに書類整理。雑用なら何でもこなした。魔王皇帝陛下の孫娘としては、人類ごときに雑用といえど負けるわけにはいかない。というか、整理整頓がくせなもので、つい、お掃除したくなるの。


 それから、怪しまれないように気遣いながら、ギルド本部のスタッフや、ギルドを訪れた旅行者たちに、話しかけて回った。


 私たち魔王帝国の遠征軍にたいして、人類がどう対応しているのか?

 アリエラ王国から連れ去られた人々はいまどうしているのか?

 ベルメル王国の貴族たちを、どう評価すべきか?


 ベルメル王国や貴族、騎士団については、今朝から集めた噂だけでも、残念なクオリティーが香ってきた。少なくともこの城都から外に出て、積極的に対応するつもりはなさそう。

 魔王帝国軍は、現在、ベルメル王国からそんなに遠くないカレル西湖畔で、大規模建設工事を鋭意施工中なの。本音でいうと、いま、ベルメル騎士団がやる気に目覚めて、平原を探し回り、未完成の魔王城下町を発見されるのは、さすがにまずい。

 でも、その心配はなさそう。ちょっと安心した。


 そして、失われたアリエラの人々については、夕暮れになって、彼らの生活苦を垣間見る機会があったの。


  閉店間際にギルド長のライムさんが、ふと、厨房へやってきた。そして、丁寧に、残り物のパンやパスタ、ハムやチーズの切れ端を、油紙に包み始めた。

「あの、ライムギルド長、何を始めたんですか?」

 不思議になって尋ねた。

「あ、あなたたちは気にしなくってもいいよ。私の趣味みたいなものだから……」

 不思議な横顔だった。優しいような悲しいような…… 昼間、威勢よく客裁きをしているのとは、まるで違う。


 その時――


 こんこんこん……


 どこかでドアを叩く音がした。

 ライムギルド長は、包んだ残り物を抱えて、裏口へ歩いて行った。気になって、私も付いて行った。   


 ギルド本部の裏口が開いていた。そこで見たのは、ライムギルド長を取り囲む、粗末な姿の子供たちだったの。


 私の姿を見つけた小さな男の子が、剣呑な視線を私に向けた。

「だいじょうぶだよ、彼女はシスティーナさん。うちで働いてる子だから……」

 私は、ライムギルド長の言葉に合わせて、子供たちに小さく会釈した。


 ライムギルド長が、小さな男の子の頭を撫でた。

 それから、食べ物を包んだ油紙を手渡す。

 子供たちは、残り物の包みを大事そうに受け取ると、一斉にペコリとお辞儀をして、それからすぐに夕闇の裏路地に駆けて行った。


 ライムギルド長は、子供たちが消えていった路地裏を、まだ、見詰めていた。

「あの……?」

「このことは、内緒だよ。見なかったことにしておくれ」

「はい……」

 このときは、私は大人しく引き下がった。


 あの子たちが、そうなんだ。

 薄汚れた粗末な衣服に、素足の子もいた。髪も洗っていないし、手足は擦り傷だらけだった。そして、可哀想にやせ細っていた。

 私は、心の中であの子たちを、私の新しい街へ迎え入れようと決めた。



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