#024 ベルメル王国城都を散策します
星歴1229年 10月25日 午後14時30分
ベルメル王国 商業街区
翌日、昼食の提供が済み、厨房での洗い物も片付けたあと――
よいしょっと、お手紙の束を詰めたトートバッグを預かった。
私とカルフィナで、ギルド本部から各地の依頼主宛ての郵便物の束を、王国郵便局へ届けに行ったの。
昨日の夕暮れに見た子供たちのことが、気になっていた。夕闇の路地に消えたあの子たち。きっと、その路地の向こうに、旧アリエラ市民が住む下層市街があるはずと思った。
だから、お出かけの雑用を申し付かって、この街を散策することにしたの。
私は、身の回りのことは、全部自分でする癖がついているせいか、雑用とか全然気にしないけど…… カルフィナはジト目でこっちを見てる。
「偉大なる魔王皇帝陛下の血筋にある者が、うれしそうに雑用を引き受けるなんて……」
カルフィナは、わざとらしく、肩をすくめて見せた。
「あら、ちょうどいいと思うよ。ベルメル王国の中を色々と見て回りたいし、食べ歩きもしたいな」
「あ~あ、もう、この娘は……」
呆れ声を無視して、乗合馬車に乗る。
ベルメル王国は、下層市民やアリエラ地区が標高の低い低地に、大商人や貴族家、王宮は丘陵地帯の上にある。乗合馬車が通っているから、意外と便利だった。
郵便局は、ちょうど中間層にあたる商業街区にあった。華やかなマーケットや、落ち着いた雰囲気の専門店街が並んでいる。そして、中流以上の平民や商人が住む街でもある。
乗合馬車を降りて、敷石舗装の銀杏並木路を歩いた。馬車通り沿いの喫茶店の中には、銀杏並木にオープンテラスを出しているお店もある。お天気のよい昼下がり、オープンテラスで商談を進める宝石商までいた。
そんな歩道をすり抜けて、郵便局へ着いた。
郵便局の窓口へ、トートバッグに詰め込んだ郵便物を出した。料金別納のスタンプを使っているから、窓口に出す必要があるの。
郵便に関しては、条約があるから、世界中どの地域でも手続きは同じだった。不思議なことに、魔王帝国も郵便条約に加盟しているから、いざとなったら、ここからでも魔王皇帝陛下宛てにだって、お手紙が出せる。
そのあと、貴族の邸宅が並ぶ上層住宅地を散策した。ギルドのメイド服っぽいエプロンスカートって、こんなとき便利だった。貴族家で奉仕しているメイドたちも街角を歩いているから、お仕事中の雰囲気さえ出していれば、問題ないみたい。
王宮も見てきた。
さすがに中には入れないから、正門前まで行った。それでも、白亜の大理石で作られた豪奢な王城が、緑豊かな庭園越しに見えた。怪しまれないように気を付けながら、ぐるりと王城を一周した。
「チュロス食べ歩きって、もう、はしたない」
「そういうカルフィナだって、ワッフルかじってる」
いいの。深刻な顔して王城の傍にいたら衛兵に怪しまれるもの。
食べ歩きして、お仕事さぼってるみたいな、緩い雰囲気を出してた方が良いと思った。もちろん、異国の城都をカルフィナと散策するのは楽しかった。
アリエラ王国を滅ぼした軍事国家とは、にわかには信じられないほど、ベルメル王宮と貴族たちの住む丘陵地区は美しかった。どのお屋敷も庭が広くて、緑が豊かなの。裕福な貴族家になら、お屋敷の中に小さな森を持っている。それに、緑に手入れが行き届いていた。
生垣の緑が、どのお屋敷も刈り揃えられている。メイドだけでなく、家僕の質も良いらしい。
道ですれ違う貴族家の人々も、美しい身なりをしている。少し華美な気はするけど、少なくとも、貴族家の子女は何不自由のない生活をしていると感じた。
次は、乗合馬車で少し戻って、中流市民の住まう丘陵のふもとの街角を歩いてみた。辻ごとに小さな花壇があって、秋桜花が揺れている。ベランダに花籠を吊るしている通りもあった。ガーベラやダリアみたいな色合いの暖かい花が、この街の人々に好まれているようだった。
敷石舗装された馬車道に出ると、色鮮やかな商店街が広がっていた。ショーウインドウでは、金糸銀糸に飾られた絹織りの衣装をまとい、大粒の宝石に飾られたマネキンが、艶めかしく
「きれいな街だよね」と話しかけると、
「ちょっと、悪趣味……」
カルフィナが苦笑いした。
最後に、下町を抜けた。 商店街が発展していて、果物の籠盛りが店先いっぱいに並べられていた。ジャガイモに、魚介類、焼き立てのクロワッサンが雑多に積まれている。
丘陵地の街と比べると、ごちゃごちゃな感じだけど、街角に売り物があふれている。ここも豊かな生活感があるの。
それと、小春日和のせいか、辻角でカードゲームに興じるおじさんたちを見かけた。私は、どっちかというと、こんな雑多な下町の方が好きかな。お行儀よく生きていくなんてつまらないでしょ。
「また、買い食いするの?」
カルフィナの呆れた声が背中からした。カリカリした香ばしい匂いがしたから、通りに出てたワゴンを覗いてみたの。
「お嬢ちゃん、コロッケ食べてみるかい?」
ワゴン屋台のおじさんが、揚げたてを突き出してくる。金色の油から引き揚げた作り立ては、絶妙にキツネ色の衣をまとっている。
「うちは、芋も牛肉も特別製だが、80ギルだ。お買い得だぜ」
うわ、安い。思わずみんなの分も含めて、四つ買っちゃった。
カルフィナにも揚げたてコロッケを差し出した。
「もう、システィーナは買い食いばっかり…… でも、美味しいわね」
文句は言うけど、まだ湯気を立ててる揚げたてコロッケを目の前にしたら、食べるよね。あつあつをはふはふしながら、ふたりで食べる。毎日、あわただしかったから、こういうののんびりは大事な時間だよ。カルフィナが一緒に来てくれて、本当によかった。
最後に、下町を抜けた先で、さらに下層にある灰色の街並みへと降りる階段の前で、カルフィナを振り返った。
「アリエラ下層街区は、見ておく必要があると思う」
カルフィナはあからさまに嫌そうな顔をしていた。
「本当に行くの? システィーナ自身がわざわざ出向かなくっても、誰か他の者を調査に派遣すれば……」
私が静かに首を振って応えると、カルフィナは諦めた表情になった。
「時間を止められたアリエラの街から、建物まるごと、生活のすべてを魔王城下町建設地に移築したんだもの。下層市街にいるアリエラの人たちは、お迎えする必要があると思うの」
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